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滋賀県豊郷町 岡村本家と遊亀亭
Okamura honke and Yuukitei,Toyosato,Shiga



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Sep. 2010 撮影: 中山辰夫

犬上郡豊郷町吉田

豊会館から歩いて3〜5分ほどの距離にある。
安政元年(1854)彦根藩主井伊家より酒造りを命じられて以来、当時井伊家の領地であった豊郷の地に2年をかけて蔵を新築した。
この地は良質米(近江米)の産地であり、豊富な銘水が湧き、伊吹山からの寒風と、酒造りには恵まれており、150年余こだわりの日本酒造りを続けている。
酒銘「金亀(きんかめ)」は彦根城の別名金亀城に由来している。
古い蔵の様子をそのまま残した空間は、当時からは当時の酒蔵の様子がうかがえる。

また蔵のある町は近江商人の故郷でもあり、多くの屋敷が点在している。
当酒蔵周辺も、江戸蔵から昭和の木造建築が建ち並んでおり昔ながらの仕込み蔵、蔵ギャラリー、蔵ホール、田舎料理の店、学生バー、コミュニテイハウスなど新しい形で様々な蔵が活用されている。
酒蔵見学やお酒の試飲が楽しめる。
遊亀亭では岡村家のお酒は勿論、田舎酒蔵料理が楽しめる。

かつての吉田城跡が岡村家などの酒蔵場である。
吉田城跡は南北130m、東西150mほどの広さが残っており、その周囲は堀を巡らし、ケヤキの大木も多くあったようだ。
近江源氏の祖である、佐々木秀義は、保元・平治の乱に源家の嫡男、悪源太義平16騎のうちの一人として勇名をはせた。
その秀義の6男厳秀が吉田城の祖である。
吉田城の落城は永禄11年(1568)、秀吉・家康連合軍と吉田駿河守重綱、建部源八郎秀明ら兵4千余で戦ったが、激闘8時間ついに刃折れ、矢尽きて五個荘町の東光寺へ逃れ、のち入道、法衣をまとって甲賀へ逃れたと伝わる。

参考資料《パンフレット、豊郷のむかしばなし、他》




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