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静岡県伊豆市 湯ヶ島 
Yugashima,Izu city,Shizuoka

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Dec.5,2016  瀧山幸伸 movie

浄蓮の滝
Jorennotaki fall

                                                     

荒原の棚田

                        

湯ヶ島温泉街
   

下ノ段の棚田周辺
                                   

持越鉱山
     



Dec.7,2014 瀧山幸伸

  

Apr.2012 中山辰夫

浄蓮の滝
静岡県伊豆市湯ケ島

伊豆連峰の麓にある、浄蓮の滝は伊豆最大級の名瀑で、玄武岩の岩肌を幅7m、高さ25mに渡り流れ落ち
「日本の滝100選」にもその名を列ねている。
     

滝の名は右岸山中に浄蓮寺があったことに由来する。
滝に降りる道は明治末期、湯ケ島の旅館店主の私費と汗によりはじめて拓かれた。それ以前は断崖と峡谷、深い
自然に阻まれた、人の近づけない神秘の場所だった。約190段の階段を下りる。
    

原生林が醸し出す静寂な雰囲気の中、激しい音を立て流れ落ちる姿はとても迫力がある。
                

滝の周りや滝壺の岩肌には、県指定天然記念物 のジョウレンシダ(別名ハイコモチシダ)が群生している。

わさび田
    

参考

滝には女郎蜘蛛伝説が残る
その昔、湯ヶ島に住む与市という農夫が、野良仕事の帰りに浄蓮の滝の横を通り過ぎようとした時、足に蜘蛛の糸が幾重にも絡みつき、身動きがとれなくなってしまう。その糸を近くにあった切り株に巻きつけ立ち去ろうとすると、切り株が空中に舞い上がり滝壺へと吸い込まれていった。
その時、滝壺から「今日あった出来事は一切他人に話してはならぬ!」と轟音と共に怪しい女性の声が聞こえてきた。
与一はその言葉に従い、その時のことを他人には話さず、真面目に働くことで名主にまで上り詰めた。
さらに滝周辺の樹木の伐採を禁止することで、平穏な暮らしを送ったという。
それから時は経ち、数十代のちの後裔与左衛門の時代、彼は部落の掟を 破り滝上の木を切ろうとした際、手を滑らせ大切な斧を滝壺に落としてしまう。 斧を探そうと滝壺へ飛び込むと、この世の人とは思えないほどの美女が 姿を現し「斧はお返ししますので、今日のことは絶対に他人に話しては なりませぬ!」と言い残し姿を消してしまった。
与左衛門は、その美女は滝の主である女郎蜘蛛にちがいないと恐怖し、 それからというものは、恐怖から逃れるように酒に溺れる人生を送ることになった。
突然雷鳴が轟き白い火柱が家を真二つに引き裂いて、中から目をらんらんと輝かせている不気味な大蜘蛛が姿を現した。
与左衛門は、後日冷たい屍となって滝壺から浮かび上がってしまったと伝えられています。
≪浄蓮の滝入口説明看板≫

伊豆にワサビが伝わった由来
ワサビ栽培発祥の地は、静岡県安倍川沿いにある山間の静かな集落、有東木(ウトウギ)という場所です。 
今から400年程前の慶長年間、有東木沢源流の山葵山に自生していたのを村人が持ち帰り、村内の井戸頭という遊水地で栽培したのが始まりです。
その後、慶長12年7月(1607年)駿府城に滞在していた徳川家康に献上したところ、その珍味の程を天下逸品と賞賛され、有東木からの門外不出のご法度が下されることとなりました。

時は流れ、元文2年(1737年)椎茸栽培を教えに駿河の国へ行った板垣勘四郎が、天城に持ち帰り栽培を始めたことが伊豆ワサビ栽培のきっかけとなった訳ですが門外不出のご法度を下されている有東木のワサビを、板垣勘四郎がなぜ持ち出すことが出来たのでしょうか?
それには、ひとつのエピソードが今も語り継がれています。
当時、有東木の名主庄兵衛家は、本来門外不出のご法度品であるワサビの苗を、椎茸栽培伝授のお礼と板垣勘四郎の伊豆にワサビを伝え人々の繁栄を願いたいという熱意に打たれ、弁当の竹篭の中にワサビの苗を忍ばせてくれたとのことでした。
板垣勘四郎の熱意と有東木の人々の心の優しさが、伊豆をワサビの名産地にまで育てたといえるようです。
≪引用≫



Apr.2012 瀧山幸伸 HD video

浄蓮の滝付近

                   

                      



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