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静岡県島田市 川越遺跡(大井川の渡し) 
Kawagoshi,Shimada city,Shizuoka

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Mar.2015 瀧山幸伸


麺屋燕 

朝ラーメン
      



Mar.2012 瀧山幸伸 HD video

A camera
                                   
蓬莱橋
Houraibashi
        

B camera
                                         

    


June 2004 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD(1280x720) Video FAQ

 

大井川川越遺跡

「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」
江戸幕府は防衛上の理由から、東海道の主要河川での架橋を許さなかった。大井川は、道中の橋なし河川のうち最大の難所。水深が四尺5寸を超えると川止となった。
幕府は川の両側に渡し事務を取仕切る川会所、人足番屋を設置し、全て公設の渡し体制「川越制度」を維持していた。
渡し賃は川幅と水深と必要人足で細かく決められており、当時の状況は東海道中膝栗毛に活写されている。

この地区には、川会所と番屋の街並が復元されている。だが、渡しの機能に特化した街並であり、宿場の機能は持っていない。それはここから遠くない島田の宿場が担っているのだ。往時の賑わいは感じられないものの、「渡し」のテーマタウンとしてみれば、整然とした街並は興味深い。

明治3年(1871)には川越制度が廃止され、大量の武士や人足は職を失う事となり、対岸の荒地牧の原で茶栽培に従事することとなる。
明治12年には、彼らの努力により、木造の蓬莱橋が架橋される。これは世界一長い木造橋ということでギネスブックに記載されている。


  

 

  

 

 

  

  
 

人足番屋
  
  
  
  
  


  

  

 

大井川
 

蓬莱橋
  

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