Japan Geographic

看板考 柚原君子


  「ミタス」 

大正、昭和の初め頃はちゃぶ台と称される丸いテーブルに、一家全員が正座をして食事を摂っていた。もちろん父親が一番偉い時代で、父親の帰りを待たなければ夕食の箸を取ることは許されなかった。その時代に「味の素」と赤い文字が書かれた小さい透明のガラス瓶が、ちょこんと食卓の上に乗っていた。怖かったような父親が、自分がかけた後にそっと子どもの方に回してくれた「味の素」のガラス瓶。父親の真似をしてシャカシャカと野菜炒めにふりかけた。

味の素は昆布の研究をしていた池田菊苗氏が、昆布のうま味がL-グルタミン酸ナトリュームであることを発見し、「グルタミン酸を主要成分とする調味料製造法」の特許出願をして許可が降りたもので、販売を任された鈴木製薬所が「味の素」と命名。後の「味の素株式会社」へと発展している。

NHKが社名でもある「味の素」を放送できないので「化学調味料」という言葉を電波に乗せたところ、他社もそれぞれのネーミングで「人工甘味料」「うま味調味料」などというフレーズで商品が発売されていった。

看板は長野県の古い家の壁に掛かっていたもので「ミタス」。旭化成が出している

味の素と同じ類の化学調味料。カタカナ表記で「ミタス」とあるが、漢字で書けば「味足す」というところか。今時、ミタスというだけでは何のことか解らない看板で、面白いなぁと思った。

そんなふうに一時期、どこの家にもあった化学調味料だが、1960年から70年にかけてLーグルタミン酸ナトリュームの安全性を巡る論争が起こり、化学調味料、人工調味料などに良い風が吹かなくなった。また調理法の進歩や、食材そのものの良さを引き出せばよけいな調味料は足す必要が無い自然志向が高まって、化学調味料というネーミングは感覚的に遠ざけられた感がある。

……しかし、「シマヤだしのもと」や「ほんだし」などは鰹風味と銘打って発売されているが立派な化学調味料で、多忙なときなどは鰹節の出汁を取る代わりに使用することもある。一見、化学調味料ではないような気がするが、鰹のけずり節は何口、何日間に渡って口に入れ続けてもうま味+骨も丈夫になりそうでお薦めだが、化学調味料と理解しない友人がこの類の顆粒を朝晩かじっていたら気分が悪くなったそうで……やっぱりなぁ、企業の戦略は化学調味料という字を時流に合わずに伏せてあるようで、経済優先の国に暮らす日本人は用心!用心!である。

 


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