Japan Geographic

看板考 柚原君子


 「川鐵トタン」 

 

所在地:滋賀県愛荘町 愛知川

川鐵は川崎製鉄株式会社の略で1950年に川崎重工業から独立した会社。

ブリキ看板についているマークは川崎の川の字をモチーフにしたリバーマークといわれるもの。鐵の字が旧字でブリキの変色とともにレトロ感漂う看板です。

現在の鉄の字は「金を失う」と書きます。そのことを嫌って国鉄がJRに移行したときに各種看板・印刷物には「金に矢」の字を使ったそうですが、それを見た子どもたちが漢字の書き取りテストに間違って書いてしまうことが多々あり、「金に失う」と正しい字に戻されたエピソードがあるそうです。

それはともかくとして、鉄の字の金は金属を表しているのはもちろんですが、右側の失うと読む字は「うしなう」ではなく更迭(こうてつ)と同じように「てつ」という発音を表している字です。

鉄は1949年の当用漢字で「鐵」から略字の「鉄」になっていますから、看板の鐵は1950年に川崎重工業から独立したときのもののようです。この旧字体の「鐵」の方が趣があって日本語らしい気がしますから残しておいて欲しかった字体です。

さて、その下の「トタン」の文字。これまたなつかしい字です。

語源としては,ポルトガル語のtutanaga(亜鉛と銅の合金を意味する)に由来する説があります。鉄を亜鉛で覆ったものがトタンです。

同じようなものでブリキがありますが、ブリキは鉄をスズで覆ったもの。

覆いものがスズと亜鉛とわかれるのは腐蝕の関係からきています。

スズで覆われたブリキは傷を付けない限りは腐蝕は防げますが、一度傷が付くと一気に腐蝕します。缶詰に使われていますが、缶詰を開けたら容器に入れ替える必要がある理由です。

トタンは傷がついても経年劣化での腐蝕はありますが、すぐに劣化はしません。屋根や壁に使われる理由です

トタンには苦い思い出があります。……昔住んでいた家の2階の窓の下から見えていたのが、隣の家の駐車場のトタン屋根でした。隣家との間はわずか数㎝。

私は当時自宅で保育所をやっていて、行政からの指導で玄関は受託児の安全のために電気施錠が義務づけられていました。鍵を持たずに外に出てドアが閉まると施錠されて家に戻れない、という難点があり気をつけていました。

が、ある日……ガスメータ検診で呼び出されて外に出た瞬間、背後で「ガチャン!」という嫌な音。やっちまったぜ!になり、私は外に放り出されました。幸い保育中ではありませんでしたので、私がなんとか家の中に戻ることができればことは終着します。お隣の家との隙間はわずか数㎝。お隣の車庫の屋根のトタンを這っていって自宅の窓のサッシに取り付けば、自宅の2階の部屋に転がり込むことができます。

若かった私はまだ手足も丈夫で懸垂にも自信があり窓に飛び込む可能性は100%と目論みました。お隣のおじさんに車庫の屋根に上がってもいい、との許可をもらいました。おじさんは言いました。「トタンが所々腐蝕しているから気をつけてね!」。

お隣の家の外階段からトタン屋根に登りました。鉄骨での骨組みの上にトタンが張られていましたが、矢張り腐蝕の跡があちらこちらに。腐蝕を踏めば地面に落ちてしまいます。

ガタガタというトタン屋根を鉄骨枠組みのみに自分の足を置き、這いつくばって自宅の2階の窓に取り付くまで10歩ほどでしたが、あのじっとりとした冷や汗もののトタン屋根の上、自宅の2階に転がり込んで外を見たら、ピースをしてくれた隣のおじさんのうれしそうな姿がありました。

その件以来、トタン屋根を壊されるよりはと思ったのでしょうか、隣のおじさんがサブキーを預かってくれました。その後、私は住んでいた家を子どもとの同居で売却して離れ、隣のおじさんの家はトタン屋根の車庫ごと建て直されて今はビルです。

トタン♪……なつかしい響きだけが残っています。

 


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