JAPAN-GEOGRAPHIC.TV

坂のアセスメントと景観評価法

初稿 2007年4月 瀧山幸伸

坂を評価する手法については、方法論が確立しているとは言いがたい。そこで、環境アセスメントの方法論を敷衍した坂の評価法に関する試論を提示する。

 坂のアセスメントについて、通常の環境アセスメントと同様の手法を採用すれば、対象物の評価方法が標準化されている。具体的な詳細は、環境アセスメントの学術書、技術書、具体的な案件での評価書などを参考にすれば足りる。ただし、アセスメントの大項目の一つである「坂の景観評価法」については適当な参考資料が見当たらないので、本論において考察提示したい。


「坂並」と「坂の景観」

「山並」、「街並」という言葉と同様の概念の「坂並」という言葉を考えてみよう。
「景観」は、主に「目」、視覚を通じた認知に関連する概念と定義する。
「坂並」は景観を包含する広義の概念であり、「坂の景観」は「坂並」を形成する一要素であると定義する。
「坂の景観」が主に「目」のアセスメント要素を論じるのに対し、「坂並」は、耳、鼻などの五感や文化など、より高度で複合的なアセスメントの対象となるので簡単ではない。
社会的コンセンサスを得るためにも、坂並と景観のアセスメント手法は明確化されていなければならないのだが、広義に坂並を論ずる場合、例えば坂を通行する人や車の色形や騒音などを複合的に評価する必要がある。坂に沿った滝や渓流や水車があり、緑の梢に小鳥のさえずりが聞こえれば、物理的な騒音レベルが高くても「静かな坂並」であり、サイケデリックな色調の看板やネオンの坂並は、視覚要素を扱っているにもかかわらず「騒々しい坂並」と認知されるからである。

「坂並」を構成する最小単位

「坂」には両端が存在する。坂の上端と下端を結ぶ区間を一つの「坂」と定義するが、上端の延長線にある坂頂部や借景、下端の先に広がる市街地や平野や海などの背景を含めて「坂の景観」を評価しなければならないので、評価対象の範囲は相当に広い。
「坂並」を検討するには、共通認識のツールとして、写真、ビデオ、CGなどを利用せざるを得ないため、人の視野で捉えられ、アイデンティティを形成する空間を最小単位とする。
風景写真は通常f=35mm程度の広角レンズで撮影する。その中に収まる坂並をアイデンティティとして認識する最小の長さは、35mmレンズの平面画角54度の、手前から半分程度あれば足りる。広角レンズでは遠近差が大きく、遠方は捨象できるからである。あるいはf=50mmの標準レンズを使用した場合の画角40度で撮影される範囲のほとんどの部分をカバーすれば、アイデンティティある坂並を構成する最小単位となる。
具体例で図示すれば、視点と坂並を形成する建築壁面との垂直距離(D)と、垂直点から坂並の先端部までの距離(L)との比が1:3程度で坂並のアイデンティティが成立する。6mの道路の端に立ち、向い側の坂並を見たとき、四軒間口の建物が三棟連続する範囲の約20m程度が坂並形成の最小単位となる。この範囲をカバーすれば、「坂並」が創造される。

 

20mは絶対条件ではなく、(D)と(L)の比が1:3程度あれば坂並を構成する。当然ながら京都産寧坂のように道幅が狭くなれば坂並の最小単位は20mよりも短くなる。また、建物が無く道路工作物や植栽だけでも坂並を構成する。


坂並景観の評価手法 試案

坂並景観の評価は、学際的アプローチが必要であるため、現代の専門特化した狭隘な学術分野においては難易度が高い。すなわち、地理、歴史、哲学、宗教、心理、生理、統計、認知(記号意味論)、美学、造園、環境、建築、都市計画など、人間の知覚と認知に関わるあらゆる領域の知識と経験が必要な総合科学であり、実務家の主流を占める工学系の守備範囲を超えている。
 都市計画、建築土木分野の学術書にはSD法(Semantic Differential)の利用が紹介されている。これは、景観の意味や情緒を数量的に捉えて分析し、景観評価の一般則を導きだそうという計量心理学的手法だ。
具体的には、対象の景観を、主に形容詞、形容動詞で表現し、プラスマイナス三段階、全体で七段階に数値化し、数量化理論を応用して統計解析する。
例えば、「非常にすっきりしている」から「非常にごてごてしている」まで、あるいは、「人工的」から「自然な」まで。
しかしながら、「好き」「嫌い」などの評価は、「美」と「快」を判断する作業であり、評価者の社会的、文化的背景により大きくぶれることがある。
さらに、評価者、分析者においては、心理学、統計学などの知識が必要となり、現実の評価において手法を忠実に実行し成果を発揮することは難しい。
要するに、理系にとっては文系の、あるいはその逆の、個人の全人的(特に文化的)インテグリティ(統合能力)が問われる難しい手法である。
そこで、過去の成果と限界を踏まえ「景観とは何か」の原点に帰って新たな評価手法の仮説を生み出してみたい。
 坂並景観のみならず人の顔でも同様だが、全体の景観を漫然と「好き」「嫌い」などと評価するだけでは不十分で、評価すべき対象をセグメント化する必要がある。
ケヴィン・リンチは、「都市のイメージ」において、景観の社会的認知要素として、パス(道)、エッジ(境界線)、ディストリクト(区域)、ノード(結節点)、ランドマーク(目印)の五つを挙げ、これらをうまく配置するランドスケーピングが必要だと主張している。
リンチの主張には坂並景観評価の標準化手法として不足している部分があるので、対象を「ポイント(点)」「ライン(線)」「エリア(面)」「クラスター(集団)」に分類し、用語を新しく再定義し、それを基に行動科学的な手法も導入し、景観の評価方法を確立させることを試みる。

「ポイント(点)」の景観要素

「ポイント」は、点として認知される対象物と定義する。「ランドマーク」は、遠くからも認識できる大きなポイントであり、坂のアイデンティティ形成に大きく影響を与える。遠方からも目立つ看板、イルミネーションなどを含む。
ランドマーク以外のポイントは、交差点、ストリートファニチャ、看板、旗幟などの比較的小さな目印と定義する。
ポイントの大きさ、仰角俯角などの計測数値ではなく、質を評価することが望ましい。その意味するもの(メッセージ性)の強さ、すなわち同質感や異質感を評価する。デザインや素材はこの観点から評価する。心理的にストレスを感じるもの、例えば倒れそうな物体、先端恐怖感をあおる鋭角なデザイン、眼に眩しい金属、色彩、光線のように不安定なデザイン、周囲や文化になじまない異質なデザインや素材などを検討する。

京都産寧坂を例に「ポイント」の要素を評価してみよう。


ポイントの異質性例 電柱等

京都、産寧坂 (国重要伝統的建造物群保存地区)
 

坂の途中にある電柱と、黒と黄色の巻きカバー、電柱上の街灯が異質なポイントとなっていることが明瞭である。 京都の坂並に、電柱とそれに付属する支線、ワイヤカバーや巻き看板はそぐわない。
黒と黄色のデザイン模様は、いわゆる「虎縄」と同一のものであり、工事区域、危険区域への張り縄と同様、「危険、接近・立ち入り禁止」を表現するものだ。虎の模様を模したものであり、非常に目立ち、緊張感をもたらす。
虎縄の起源は不明だが、「縄張り」は、このような縄を張り巡らせて自分の領地を主張したことが語源とのこと。正月の「しめ縄」も「家の中を占め(占有し)災厄を家に入れないための縄張りだ。
京都の顔が傷付いているので、電柱地下埋設などの手法により景観改善をしてほしいものだ。

ポイントの異質性例 街灯と標識

街灯は平凡なデザインであり、和風の坂並に似合わない。 美しい日本のアイデンティティを創生し、心豊かな国民を育てるためにも、道路標識や照明など公共のストリートファニチャは、百年単位の視野で、ユニバーサルな機能と日本的なデザインが調和するよう全国規模で見直されなければならない。

ポイントの異質性例 坂並を乱す店舗

例を挙げればきりがない。良い坂並が観光客誘致に貢献するのだから、看板や旗の扱いにも工夫が欲しい。店の看板や旗、ポスターなどは、商店街の合意形成さえあればデザイン統一できるのだから、まずは民間でできる限り坂並デザインを改善すべきであり、街区単位の狭い範囲で景観条例の施行と実施を推進する必要がある。


「ライン(線)」の景観要素

「ライン」は、線として認知される対象物と定義する。パスは道、エッジは道以外の見切り線で、屋根線が空を区切るスカイラインや崖岸などのラインを指す。
ラインも、ポイントと同様に心理的ストレスを評価する。また、静的なラインではなく、歩行など視線の動きに応じて変化するラインの質、すなわち「シーケンス(連続景観)」 を評価する必要がある。この点において、坂道の曲線の質を評価することが非常に重要だ。例えば、直線の坂道のストレスを緩和する曲線を採用した坂道などだ。人間が心地よく感じる川の流れや渦巻きのように、自然界 の複雑系を取り込んだ「1/fゆらぎ」を考慮しているかどうかが重要だ。ガウディのように動物の器官や葉脈などのデザインの根幹を成すフラクタル(自己相似図形)を景観デザインや素材に応用することを真剣に考えなければならない。

京都 嵯峨野 竹のトンネル
 
ラインとして緩やかな坂のパス曲線、柴垣のソフトなエッジ曲線が安らぎを与える。

中山道 茂田井
 

坂に沿って緩やかなカーブを描く街並が美しい。



「エリア(面)」の景観要素 

「エリア」は、面として認知される一定の均質な区域と定義する。数値化できる項目としては、天空率、緑覆率などだが、数値を重視した判断は難しい。これも、異質性、デザイン、素材など景観の「質」を検討すべきである。
坂に沿った大型ビルの壁面、広く無機質な坂道など、大きな「エリア」は坂並景観に対する自己主張が大きなストレスとなるので、積極的な景観緩和策が必要だ。


「クラスター(集団)」の景観要素 

クラスターは、三次元立体の集合体で、影響の大きいものと定義する。点にも線にも面にも含まれないもの、例えば坂を移動する物体や人などを含む。 渋滞する車の列、団体行動する人の集団、天空のカラスや雁の集団などは景観に大きく影響する。

 クラスターとしての人の集団は坂並形成の重要な要素だ。皆が着物で歩けば坂並は変わる。人の立ち居振る舞いが景観を大きく変えていることは、祭りの服装や音楽、花火の浴衣姿を見れば理解できよう。花火大会の浴衣や団扇は街に華やかさを添える。であるならば、和風の坂並を探訪するにはどのような格好をするのが良いのであろうか。海外高級リゾートではあたりまえのドレスコードが、古き良き日本にはあったし、冠婚葬祭では今も根強く残っている。寺社仏閣に参詣する時にカジュアルなドレスコードは似合わない。訪問先の坂並にふさわしいドレスコードがあってしかるべきである。逆に、神戸北野や長崎では洋風の坂並に似合った洋装で楽しみたい。
和風の坂並で、街おこしと称してスタッフが原色蛍光系のジャンパーを着込んでイベントを行っている姿を見かける。都会の街角での流行り物の勧誘や宣伝ならいざ知らず、あまりにもアンビエンスに無頓着だ。せめて伝統的な「ハレ」の衣装デザインにしてほしい。また、観光客が雨降り時に原色のレインジャケットを羽織る姿や、原色の傘が乱立する姿が目立つ。和傘や和服が似合う街で、はたしてそれは坂並景観に調和しているのだろうか。
 となれば、公共サービスの衣装であっても同様で、欧米では公共サービスの要員が観光客に人気の衣装をまとっているように、坂並に合う格好であるべきだろうし、タウンサービスの車なども坂並みとの調和を考慮すべきだ。


神戸北野
 

長崎大浦天主堂前
 


時間によるクラスター変化と坂並

岐阜 馬籠 早朝の坂並と日中の坂並
  

どちらも中山道馬籠の秋の休日、宿場中心部の本陣から少し上流ほぼ同じ地点での景観だが、早朝と日中とでは坂並の印象が大きく異なる。朝は人影がまばらで 店も閉まっているため坂並がよくわかる。道路の微妙な曲がり具合、舗装や植栽や建物の素材感、ストリートファニチャ、道路と建物の均整感などが理解でき る。日中は観光客と商店でにぎやかだが、人のクラスターが坂並を一変させる。さらに快晴時には光線の関係で片方の坂並はシルエットになってしまい、木造建築物の柔らかい質感を楽しむことはできない。

団体のクラスター

観光バスも団体観光客もクラスターとして街の景観要素を構成する。時間に追われた騒々しい団体行動は、ゆっくりと坂を歩く個人客のリズムと合わない。伝統ある坂などの高感度な坂並では、高質な時間を消費するのだから、ゆとりを持った個人旅行を楽しんでほしいものだ。修学旅行も団体旅行の時代ではない。バスは邪魔にならない街はずれに停め、 エンジンやエアコンは完全に停止し、そこからはバッジも旗もメガホンも無しでゆっくりと個人行動を楽しんで欲しい。「旅の恥は掻き捨て」ではなく、「旅の恥は一生の恥」という心構えで、個人客や住民への思いやりや節度も忘れないで欲しい。


参考資料(出版順)

ケヴィン・リンチ 『都市のイメージ』 岩波書店、1968年
井手久登 『景観の概念と計画』 都市計画83号 1975年
中村正男他 『土木工学体系13 景観論』 彰国社 1977年
芦原義信 『街並みの美学』 岩波書店、1979年
篠原修他 『新体系土木工学 59 土木景観計画』 技報堂出版 1982年 
乾正雄他 『新建築学大系11 環境心理』 彰国社、1982年
境孝司・堀繁他 『景観統合設計』 技法堂出版 1998年
芦原義信 『続・街並みの美学』 岩波書店 2001年
西川治 『日本観と自然環境』 暁印書館 2002年
西村幸夫他 『日本の風景計画』 学芸出版社 2003年 
西村幸夫他 『都市美』 学芸出版社 2005年 
川村晃生・浅見和彦 『壊れゆく景観』 慶応大学出版会 2006年
「日本の坂道百選」 /special/saka/saka100.html