JAPAN GEOGRAPHIC

持続可能都市(サステイナブルシティ)に関する研究 (モデルタウン「J-town2010」の研究)
Study of Sustainable City


サステイナブルシティのエネルギーEnergy of Sustainable City

瀧山幸伸  初稿 2010


 

1. 研究の目的

サステイナブルシティの理念に基づき、5000人、1500 世帯規模のサステイナブルシティで実装されるインフラのうち、エネルギー分野について、今後数年から数十年の期間で達成されるソリューションの一案を提示する。 具体的に町を建設し運営するには詳細な仕様書と設計図などが必要だが、本稿ではその基盤となる理論と概略の仕様を検討する。 サステイナブルシティの実現はグローバルな課題であるので、先進国向けの高性能ソリューションと開発途上国向けの低コストソリューションを併せて検討する。また、エネルギーの性質が異なるので、電力と熱エネルギーを区分して検討するが、特に電力に注力する。 電力に関する再生可能エネルギーは、風力、水力、バイオマスなども利用できるが、問題点を明確化、単純化するため、電力を全て太陽光発電(PV:Photo Voltaic)で賄うと仮定して議論する。

 

2. 「スタンドアロン仕様」の電力システム

サステイナブルシティの理念の原点は、世帯単位でのサステイナビリティであり、世帯単位でエネルギーの「セルフコンテインド」化を実現するのが「スタンドアロン仕様」である。 まず最初に、開発途上国向けにも適用可能な低コスト仕様について検討する。途上国が現在の先進国のような化石エネルギーに依存したライフスタイルを追及することは全くサステイナブルではなく、地球の将来にとって好ましいことではない。一方現在の先進国においては、途上国向け仕様の原点に立ち戻り従来のライフスタイルを反省し変革する必要がある。

(1) スタンドアロン仕様(低コスト仕様)

この仕様の概念図は下に示すとおり非常にシンプルである。図1 スタンドアロン仕様(低コスト・開発途上国仕様)概念図 (Source 筆者)

世帯単位でのサステイナビリティのアナロジーはノアの方舟であるが、この方舟に発電設備を積むようなイメージである。先進国での身近な例は山小屋であろう。先進国のみならず、アジアアフリカの山中や平原、フィリピンの離島、モンゴルの遊牧民家などに適用可能な仕様である。このような孤立家屋がサステイナブルであるためには、家族が生きていくための収入源と生活資源があれば良い。

例えば J-town2010 が目標とする「知財産業」の一つである IT 産業において考えてみよう。「職住一体」で収入を得る事例の一つとして、自宅 PC を利用したコールセンター業務 が想定される。この場合には PC を動かすための電力があれば最低限足りる。それに加え て、照明その他若干の電力と、炊飯給湯などの生活用熱エネルギーがあれば足りる。熱エネルギーは太陽熱やバイオマス燃料を利用すれば良い。

そのような国の実例として、アフリカで IT 立国を果たしたルワンダが興味深い。ルワンダは農業国であったが、1994 年の民族紛争で二百万人の大虐殺が行われ、多くの人々が国を出て行った。彼らは離散ユダヤ人と同様ディアスポラと呼ばれたが、海外で教 育や知的労働の機会を得ることができた。国情が安定し IT 立国を推進するリーダーが政権を取るに至り、多くのディアスポラが帰国するのと軌を一にして PC を使った初等教育を導入したり無電化地域にインターネット搭載バスを配備するなど、2003 年頃から急激に IT 産業化が推進された。今日のルワンダは「アフリカの奇跡」と呼ばれており、日本の地域活性化にも良いヒントである。このような電力需要には、PVパネル1KWhもあれば足り、それを地上に設置すれば良い。2010 年現在、PV パネルの工場出荷価格は 1 ワットあたり 75 セント、直流を交流に変換するインバータは数千円であるから、現在のコストは 10 万円足らずである。 すなわち、このようなスタンドアロン型太陽光発電システムの導入で、無電化地域に住む人々が IT を利用したサービス産業に携わることが実現可能となる。ビジネスとして 採算が成り立つので住民が設備機器のコストを負担しなくても投資家が現れるのだ。将来 的には、豊富な太陽光発電を利用した「稼働時間限定の小型ハイテク工場」や「稼働時間限定のバックアップデータセンター」などの立地にも最適であろう。

低コストの人の移動と物流には電動バイクと蓄電池搭載リヤカーが活躍する。家庭の電力が余ったり不足したりすることに備え、リヤカーの蓄電池を利用することが可能である。現在、1KWh の容量で、鉛蓄電池ならば 5万円、リチウムイオン電池(LiB)で 20 万円程度(2030年には 5 千円)である。電気自動車(EV;Electric Vehicle )は不要である。さすがに先進国ではリヤカーというイメージに抵抗を示す人もいるだろうが、リヤカーは耐用年数が数十年と大変丈夫であり、耐荷重性能も良く、それをファンシーに艤装すれば立派なコミュニティカーになる。唯一の制限は高速走行に適さないことであるが、コミュニテ ィユースでは必要ない。日本の農村部では人2人と荷物が積める軽トラックが普及してお り、都市部ではガソリン普通車の宅配トラックが普及しているが、いずれも過剰性能だ。これらの代替案として電動リヤカーを改良した 2人乗りのコミュニティカーを導入すればかなりのコストダウンとエネルギー消費の削減に貢献する。ここで言うコミュニティカーとは、日本で「ミニカー(1人乗り)」と「軽自動車(4人乗り)」との間に位置づけられる簡易車両であり、日本国内でも新規規格化が叫ばれるようになってきた。インドで製造さ れているREVA などは良い事例だ。

写真1 インド製電動コミュニティカー REVA (Source wikipedia)

 

(2) スタンドアロン仕様(高性能;先進国向け仕様)

先進国向けには、家庭部門の旺盛な電力需要に対応するため、4KW程度の PVが求めら れる。問題は夜間に必要な電力の蓄電システムである。安定した風力などが利用できれば蓄電池はさほど問題とならないが、太陽光発電の場合には一番の課題である。この場合、蓄電容量が大きいEV を蓄電池として兼用できれば合理的である。今後 10 年間の電気自動車の成長率は年約60%、プラグインハイブリッド車の成長率は年約 100%と猛烈なスピ ードで普及することが予測されており、このシステムの実現可能性は大きい。EVの日産リーフは 24KWh のリチウムイオン蓄電池を持つので、太陽光発電の大容量蓄電用に最適である。ただし、現状のEV充電システム(Chademo 仕様)は、EVへの充電のみの一方通行であり、EV から家への給電は不可能である。また、リチウムイオン電池は充放電に時間を要するので、ガソリン補給並みの短時間で充放電可能なリチウムイオンキャパシタを採用した大電流双方向充放電システムが望まれる。 まだ実用化されていないが、車体のPV外装も視野に入れる必要がある。EVの屋根やボンネットやガラスがPVであれば、多少なりとも発電に貢献する。現在生産されている薄膜型 PVはガラス基板に蒸着 して製造されているので、車の鋼板に絶縁素材を塗装し、その上にPV素材を蒸着すればEV生産ラインでも製造可能と考えられる。窓ガラスも、フロントガラス以外には透過光PV ガラスが利用できるであろう。こちらは既に建築用に実用化されている。PV を車に搭載するとなると、PVの寿命(30 年以上)程度にEVを長期間乗り続けたほうが有利ではあるが、乗用車はデザイン指向性が強く 30年間ワンオーナーの継続利用は現実的ではないので、中古車として開発途上国に輸出するか、廃車してPVパネルとして再利用するのであろう。PV外装は現実的には自家用車よりも業務用車から普及するのではなかろうか。これらの技術を取り入れ、家庭や充電ステーションとEVとの接続を考慮した高性能なス タンドアロン仕様の概念図を下に示す。

図2 スタンドアロン仕様(高性能;先進国向け仕様)概念図 (Source 筆者)

3.「小規模クラスター仕様(低コスト仕様)」の電力システム

スタンドアロンシステムには制約がある。充電は太陽光発電が可能な昼間のみであり、夜間に EV に充電しようと思っても電源が足りなくなる場合がある。逆に、夜間に EV が家と接続されていなければ EV の電力が利用できない。 J-town2010 の基本理念は「セルフコンテインド」であり、世帯単位でセルフコンテインド の電力システムであることは理想ではあるが、スタンドアロン仕様ではこのような問題が生じ現実的ではない。そこで、「小規模クラスター仕様」という、30 世帯程度の小集団が電力を簡易に相互融通するシステムが考えられる。これは発展途上国の集落はもちろん先進国でも利用可能なグローバル仕様である。

システムの最適化策として以下の点に配慮している。

・機材コスト、配線コストが最小であること(汎用・民生用の低コストな機材でシステムが構築できる)

・配線工事もシステムの運用も簡易であること(高度な電気技術者を不要とし、低電圧(100/200V)で安全なシステムが構築できる)

 ・クラスターの拡張が可能であること

DIY 並みの簡単な電気工事の技術があればシステムの構築と運用ができることが重要であ り、大規模かつ高圧の発電配電システムは必要ない。

仕様の要点は、

・各世帯の「余剰/不足」電力は、クラスター内で融通する

・太陽光発電による逆潮流の問題を解決するため、配電の系統と集電の系統を独立させて いる。鉄道システムになぞらえれば、単線と複線にあたる。

・電力貯蔵及び平準化のために、EV あるいはバッテリー付きリヤカーを利用する。

・クラスター間の電力融通も同じシステムを援用する

という仕様である。先進国では例えば一棟の集合住宅内および複数集合住宅を束ねた団地などにも適用可能な仕様である。

 

図3 小規模クラスター仕様(低コスト仕様) (Source 筆者)※複線案はフジクラ鈴木氏発案

具体的な配線と制御機器の系統図を下に示す。

図4 小規模クラスター 配電/集電構成図 (Source TEC 新岡氏)※筆者にて加筆 (配電、集電が分離された系統であるため、実際の施工ではこの図が二重に構成される)

 

4.「中規模クラスター仕様(高性能・先進国仕様)」の電力システム

「中規模クラスター仕様」は、現在の先進国及びBRICS国が従来の系統電力網から移行可能な仕様である。従来の系統電力網との違いは、

・再生可能エネルギーを 100%利用した発電であること

・EV 等による蓄電とコミュニティ内電力融通を行うこと

・J-town2010 の理念に沿った「自律コミュニティ」による「セルフコンテインド」の電力網が統合タウンマネジメントシステムの一部として運用されること

という点である。 このシステムでも、逆潮流の問題を解決するため、配電系統と集電系統を分離している。

 

図5 中規模クラスター仕様(高性能・先進国仕様) (Source 筆者)※複線はフジクラ鈴木氏発案

 

5.電力システムの詳細

(1) 蓄電池の代替となる修景池利用揚水発電システム

夜間等の電力需要に応じ太陽光発電の余剰電力を蓄電池よりも低コストで補完する目的で導入する。高低差 10m以内の低圧小規模揚水発電システムであり、砂漠地帯など水が得られない地域を除き導入可能である。現状の蓄電池コスト(資料)が下がる 2030 年頃までの暫定システムである。上部ダムとして J-town2010 内の修景池を利用する。下部ダムとして洪水調整池を利用する。 発電機は修景を兼ねた上掛け水車あるいは中古のフランシス/カプラン水車(揚水兼用)を利用する。 ヨーロッパでは水車発電の事例が多いが、日本では非常に尐ない。下掛け水車として都留市と NEDO の事例があるが、下掛け水車は発電量が少ない。

 写真2 都留市家中川市民発電所 「元気くん 1 号」(source 都留市役所HP)

 

上掛け水車は低コストでありながら発電効率が高く、混入ゴミ除去の必要もなくメンテナンスが容易である。

写真3 上掛け水車 (Source 木村電工株式会社HP)

水路は解放水路あるいは塩ビなどの低コストパイプを利用する。揚水は農業用低コストポンプと塩ビなどの低コストパイプを利用する。 小規模揚水発電(蓄電)のコストと蓄電池のコストを理論値で比較してみよう。

J-town2010 における小規模揚水発電のコスト

修景池の大きさ 15000m2,深さ 3m(利用可能な貯水容量 43000t)
洪水調整池の大きさ 15000m2,深さ 3m(利用可能な貯水容量 4300t)
高低差 10m,水量 1t/秒

この場合、発電能力は約 60KW。12 時間で 720KWh の発電(蓄電)が可能である(EV30 台分の蓄電池に相当する)

上掛け水車 300 万円
発電機 100 万円
揚水ポンプ 200 万円
送電、変電機器 100 万円
設備工事等 300 万円
=========================
イニシャルコスト合計 1000 万円
ランニングコスト 0 円

比較のため、蓄電池を利用する場合のコスト(EV30 台分;720KWh)を算出する。

イニシャルコスト
リチウムイオン電池の場合 1 億 5000 万円 (20 万円/KWh)
ナトリウム硫黄電池の場合 2000 万円 (2.5 万円/KWh)
ランニングコスト 初期コストの 10%/年 (電池寿命の更新)

 

(2)次世代型 EV 充放電システムの詳細

 

A. 非接触電磁誘導方式

図6 非接触電磁誘導方式概念図 (Source 筆者)

低速走行中の EV との間で充放電するシステムである。一般道の交差点など、一時停止あるいは低速走行する場所に電磁誘導コイルを埋め込む。 この案はイビデン大野氏の発案である。

 

B. アンダーフロアプラグ方式

自宅、パーキングなど、完全停止している EV との間で充放電を行うシステムである。このシステムのメリットは、

・低コストかつレガシーな(枯れた技術の)システムである。非接触電磁誘導方式は先端的ではあるが実証が未熟であるため(Proven Technology となっていないので)確実なシステムである。

・操作に人が介在しないので安全快適である。(プラグ位置情報及び制御は IP と無線で行うので乗車したままで良い)

・トラックやバスなど Heavy Duty 車両も利用可能である。

・コインパーキングマシンの流用なので機器の製造が簡単でパーキング機器等と兹用できる。

 図7・8・9 電気自動車充放電方式模式図 (Source 筆者)

 

6.スマートグリッドインフラの IT システム

・フリーウェアによるグローバル標準化

現在のスマートグリッドに関わる IT は方言の濫造である。マイクロソフト、アップル、 シスコ、オラクル等々。そうしなければ各企業のビジネスモデルは成り立たなかった。こ のような「伽藍モデル」は古臭く、やがて淘汰されることは、レイモンドの『伽藍とバザール』で予言されていた。今日、Google のアンドロイドに見られるようにフリーの OS である Linux を活用してその上のレイヤでビジネスを構築するモデルが立証されている。スマートグリッドでも、方言に閉じこもったビジネスは世界標準のソフトやハード を格安で利用するビジネスに勝てなくなるだろう。まして、スマートグリッドだけで完結 するシステムは運用コストも高く、都市のインフラやセキュリティや行政などを総合したタウンマネジメントサービスに勝てるはずがない。 そこで、世界標準の低コストシステムを垂直統合した J-town2010 型モデルを提唱する。

まず、レイヤ1(物理層)は、基本的に無線システムを充実させる。人や物は本来モバイルであるし、比較的近距離であるので、セキュリティシステムとの統合を勘案すると今後の無線需要は大きい。このレイヤはほとんどフリー技術である。

レイヤ2は、高速かつ格安なフリー技術で世界的に普及しているイーサネットを主体とする。

レイヤ3は、世界中にインターネットが普及した今日、IP(インターネットプロトコル) で問題ない。放送用や音声用など、データ転送の効率化のため新しい拡張がなされており、いずれにせよフリー技術であるので問題はない。昨今の IPV4 アドレス枯渇問題に対処するため、IPV6 を採用する。IPV6 であれば、携帯端末をはじめ全ての機器はもちろん、電源やセンサーなどのパーツにもアドレス(ID)が割り当てられ、全て IP で統合管理できるようになる。

その上でレイヤ4以上のアプリケーションにおいてサービスオリエンテドなシステムを構築すれば良い。マイクロソフトやアップルのOSの代わりに Linux を、シスコの代わりにインターネット標準の GNU のオープンアーキテクチャを、オラクルの代わりに Postgresや Mysql などのフリーのデータベースソフトを利用すれば良い。使い勝手が悪ければ、Google がそうしたように改良して使えば良いのである。

レイヤ3までの階層で標準化がなされていれば、インフラの制御や課金、データの蓄積など、今日言われている「グリッド」や「クラウド」や「セキュリティ(ソフト、ハード とも)」などの実装はそれほど難しくない。データ統合に必要な情報は、IPV6 がもたらす「人とモノの ID」、屋内外対応 GPS がもたらす「人とモノの位置情報と時間情報」であり、このデータベースさえあれば、「人とモノ、場所、時間」のデータが一意に定義され、課金その他有用なアプリケーションの構築が簡単に行えるのである。都市防災や警察消防と密接にかかわるエネルギー管理は重要なライフラインであり、決して「スマートグリッドに閉じたビジネス」という視野狭窄に陥ってはならない。 J-town2010 の理念に沿った統合 IT システムに関しては別途詳細に考察する。

図10  IP システム レイヤ図 (Source 筆者)

 

7.エネルギー利用のあるべき姿

 

(1) 平和への道 ~エネルギー争奪と戦争

ペンタゴンでリサーチに関わっていたダニガンとベイが 1986 年に著した「国際紛争の読 み方」は、世界各地の紛争の原因(主に地理資源的要因と民族宗教的要因)と将来 起きるであろう事象の予測を記述したものであるが、今読み返してみてもその予測の的確性に驚く。ジャーナリズムが日々の事象の表面を報道するのとは異なり、戦略的な調査組織であるから、香港、東西ドイツ、中東などの国際問題の原因分析が徹底しており、将来動向の予測も的確に行えるのだ。

20 世紀初頭から今日まで、戦争の大きな原因は、資源、特にエネルギー資源の争奪であっ た。第二次大戦の日本は石油資源確保のため東南アジアに進出した。近年の湾岸戦争、イ ラク戦争は目的が石油権益そのものだ。アメリカがアフガン内戦やソマリア内戦に介入しなかったのは資源など経済的利益が無いからであり、ロシア・グルジア戦争(南オセチア紛争)やチェチェン紛争は、石油権益を巡る米ロの代理戦争であった。近年の北朝鮮や中国の不穏な動きもエネルギー問題が主要な動機である。

サステイナブルシティの理念で、資源のセルフコンテインド化が重要であることを説明したが、特にエネルギー資源においては CO2 ゼロ化もグローバルな課題となっている。CO2削減には原子力などの非化石燃料の推進も有益ではあるが、国際紛争および重大事故に対する安全度という点では原子力は再生可能エネルギーに大きく劣る。イランの核開発問題なども国際情勢の火種になりかねない。やはり究極の目標は「100%再生可能エネルギー化」である。

 

(2) 原点回帰 ~ライフスタイルに応じた必要最小限のエネルギー

「省エネ」という曖昧な言葉が氾濫しているが、果たして人の生活に必要な最低限のエ ネルギーはどれくらいだろうか。2007 年の日本では、一次エネルギーとして 22813 ぺタジュールが消費されている。これは、 電気エネルギーに換算すれば、144KWh/人/日である。一人あたり一日に日産リーフを 6 回充電するほどの大量のエネルギーである。この中には産業部門のエネルギー消費が含まれている。

図11 一次エネルギー国内供給量(Source 総理府統計局)

産業部門のエネルギー消費は日本で消費される全エネルギーの 45%、65KWh/人/日を占めるが、個人や家庭でコントロールできるものではない。産業部門や運輸部門(全エネルギーの 23.5%,34KWh/人/日)は民生部門と切り離し、グローバルな産業立地最適論の中でセルフコンテインド化すべきものである。電気エネルギーを大量に消費するアルミ精錬産 業が富山の水力発電地帯に立地したのと同様に、今後の大エネルギー消費産業はグローバ ルにエネルギー調達の最適地を選択することとなるであろう。その点、太陽光を利用でき る砂漠地帯や風力を利用できる地域は前にも述べたように工場やデータセンターとして先進国よりも立地アドバンテージを持つと考えられる。

サステイナブルシティの J-town2010 に産業部門や運輸部門のエネルギーを内包させて検討するべきではないので、本論では民生部門を中心に議論を進める。民生部門は業務部門と 家庭部門に区分されるが、サステイナブルシティの理念では家庭と業務を「職住一体」として扱うので、両部門を総合して議論する。 2006 年の日本では、民生部門全体で 32KWh/人/日を消費しており、1965 年に比べ 6 倍のエネルギーを消費している。 そのうち家庭部門だけを見ると、13.5KWh/人/日、日産リーフの約半分の電力に相当するエネルギーを消費しており、同じく 1965 年の 2.3 倍に増加している。家庭部門のエネルギーを全て電気で調達するとなると、一人あたり毎月 1万円となる。

図12 民生部門のエネルギー消費構成 (Source エネルギー白書 2008)

 

図13 世帯当たりのエネルギー消費原単位と用途別エネルギー消費の推移(Source エネルギー白書 2008)

図14 家庭におけるエネルギー源の推移 (Source エネルギー白書 2008)

 

日本人が家庭で消費するエネルギーが 13.5KWh/人/日、すなわち電気料金が1万円/人/月、あるいはオフィスワークや余暇などを含めて 32KWh/人/日、電気料金に換算して 2万4千円/人/月だと仮定して、どの程度のエネルギー消費を目指せば良いのだろう。日本の民生部門で消費されるエネルギーにおいて、大きく改善の余地がある項目は、暖房・給湯・家電と照明、それに交通である。

究極の省エネライフスタイルとは何か。目先の省エネだけを追いかけないで、エネルギ ー消費において究極限界のライフスタイルと現在の自分のライフスタイルとを比べて、自分が許容できる限界を探る必要がありそうだ。 ライフスタイルのアナロジーでエネルギー利用の歴史を振り返ってみよう。

・類人猿ライフスタイル(火を使わない生活)

真偽はさておいて、狼に育てられた人間のライフスタイルである。野生のサルやゴリラは エネルギーを使わない。冷暖房も乗り物も洋服も不要だ。類人猿の延長上に進化した原人も、火の利用法を発見するまではエネルギーを必要としなかった。彼らが必要とするエネルギーは、生命を維持するための食糧代謝エネルギーだけであり、2000Kcal/日(0.13KWh/人/日)のエネルギーで全てが足りていた。

・狩猟採集ライフスタイル(火を使う生活)

日本でいえば縄文のライフスタイルである。山火事が発生すれば逃げ回っていたサルとは異なり、人類は火の利用法を発見してしまった。これを使えば食物のバラエティーも増え、 寒さも凌げる。今日、このようなライフスタイルの典型はキャンプ生活である。だが、今日においても牛糞をエネルギー源として利用する一部の地域を除き世界中で推定 20 億人が薪を利用していると言われており、そのために森林の荒廃をもたらすことになる。かまどを利用しないで直火による炊飯用の薪エネルギー消費量は、毎回 2Kg の薪を使用し、薪1Kg あたり 4.65KWh として計算すると、4.65KWhx2Kgx3 回/4 人=7KWh/人/日のエネルギーに相当する。

・農耕+手工業ライフスタイル

日本でいえば弥生から江戸までのライフスタイルである。農耕の歴史で一番の環境破壊原因となったのは焼畑である。焼畑は森林を破壊するとともに大量のエネルギーを浪費する。 一人当たりに換算すると、現在のエネルギー消費をはるかに凌駕するけた外れのエネルギー浪費であった。 現在では焼畑はほとんど行われていないので、水耕、自然農法のライフスタイルを考えることとする。それによってエネルギー消費が拡大したわけではないが、農地獲得の目的としてエネルギー供給源であり CO2 吸着源であった森林が破壊されたことは肝に銘じておきたい。江戸時代には照明用に多少の菜種油を消費するが、バイオ由来であるのでそれほどの環境負荷ではなかった。

・産業革命ライフスタイル

産業革命により人類は工業製品を手に入れることになるが、製品製造と運搬のエネルギーが重くのしかかる。 さらにエジソンの白熱電球の発明により、ランプ油のための捕鯨が廃止となる一方、闇夜を征服する電気エネルギーが消費されることとなる。水力発電では賄えなくなり、火力原子力と膨らんでいったのは戦後の工業化ゆえであり、遠い過去のことではない。

・マイカーライフスタイル

20世紀に入り脈々と築かれてきたマイカーライフスタイルは、確かに便利で楽しいのではあるが、化石エネルギーに過度に依存した代償は大きい。

・家電ライフスタイル

戦後、三種の神器と言われた、テレビ・洗濯機・冷蔵庫が家庭の電力消費を押し上げた。 特にテレビはつけっぱなしにする傾向があり、視聴に伴う照明その他のエネルギー消費も高まった。

・エアコンと風呂ライフスタイル

洋の東西を問わず、日本でも枕草子の時代から、家は夏を旨とし、風が通り抜けるような 家に和服で生活していたし、昔の風呂は週に一度ほどの蒸し風呂であった。仕事場(オフ ィス)のライフスタイルが欧米化したことに伴い、エアコンが必需品となってしまった。1960 年代まではエアコンは家庭にはほとんど導入されていなかったが、公団住宅はじめデベロッパーが一斉に住居の欧米化を推進したため、エアコンが急激に普及した。今日では 家庭内はもちろんオフィスや学校、バス電車、車など、ありとあらゆる空間にエアコンが入り込んでいる。風呂も、お湯が簡単に沸かせるようになり、ほぼ毎日お風呂やシャワーを楽しむライフスタイルが定着している。

・コンビニ宅配ライフスタイル

近年の日本では運輸業界や小売業界での過剰な民生向けの便利なサービス(いわゆる宅配便やコンビニ)に起因するエネルギー消費もフードマイレージの議論と合わせ大問題である。

・PC ライフスタイル

オフィスの PC や OA 機器、照明やエレベータや空調が消費するエネルギーは大きいが、今後はスマートフォンなどのモバイル機器の発達やモバイルオフィス化の進展に応じエネルギー消費量は削減されるであろう。

今さら類人猿ライフスタイルのエネルギー消費に戻るのは厳しいし、そのようなライフスタイルでは J-town2010 での知財産業も成り立たない。求められる目標は、J-town2010 がサステイナブルであり続けるための必要最低限のエネルギーを再生可能エネルギーで確保することである。

J-town2010 では職住一体または近接であるので、知的産業従事者は通勤しないし、オフィスビルも不要なのでそれらに関連するエネルギーと時間ロスは削減される。ただし、家庭部門で電力を節約するライフスタイルが要求されると同時に電力以外で調達する熱エネルギーの合理化を行うことが必要である。

例えば以下の案が考えられるが、従来のエネルギー浪費型ライフスタイルを変革するには価値観の転換と物理的心理的な労苦を伴う。どのようなライフスタイルを目指すかは個人の自由ではあるが、エネルギーコストとコミュニティ内での行動規範とのはざまで折り合いをつけて行かなければならなくなるであろう。

・圧倒的に環境性能の良いシステムを持ったプレハブ住宅ユニットを開発する。(浴槽排水から温熱を吸収するシステムなどを実装したコンテナ型住宅ユニットなど)

 ・各戸の洗濯機の代わりに共用ランドリーを利用する。

・家庭内大型冷蔵庫の代わりに住棟別の共用冷蔵冷凍室に設置した個別 BOX を利用し、 住戸内にはホテルなどに導入されているペルチェ素子の小型冷蔵庫を採用する。

・ヒートポンプエアコンの代わりにヒートパイプシステムを利用する。

・冬は保温効果の高い衣服を着用し、夏向けに冷却効果のある衣服を着用する。職住一体なので最低限の薄着とする。

 ・浴槽での沐浴を減らし、節水型シャワーの頻度を増やす。

 

(3) 熱エネルギー源(温水、暖房目的)

J-town2010 の理念に沿えば、可能な限りスタンドアロンで熱エネルギーを自給するべきであるが、スタンドアロン方式と集中管理方式の両方を検討する。

A 案 スタンドアロン型太陽光ハイブリッドシステム

パネルの表面で太陽光発電し、内面の水管に水を蓄えて太陽熱を蓄熱するハイブリッドシステムだ。PV パネルと太陽熱温水器が一体となった機器であれば、コスト、設置場所、メンテナンスのメリットがあるので、今後の普及を期待したい。

写真4 太陽熱温水器 (Source wikipedia)

 

B 案 集中給湯型

スタンドアロン型ハイブリッドシステムを集中配置する方式であり、これに加えてバイオマスエネルギーを利用する焼却炉で発電と給湯を行うコジェネレーションプラントを導入する。 バイオマスエネルギーの源泉は森林などであるが、砂漠地帯ではコジェネレーションは厳しい。一方、欧州委員会の「持続可能エネルギー賞 2007」においてコミュニティ部門最優秀賞を受賞するなど,ヨーロッパで最も環境に優しい都市として有名なスウェーデンのヴ ェクショーでは地域の豊富な森林バイオマスでエネルギーの 100%調達を目指しているし、 ドイツのユーンデでは家畜糞尿や牧草のバイオマスを積極的に利用している。

 

表: サステイナブルシティのスマートグリッド概要仕様書案 (Source 筆者)

 

参考資料
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http://www.nhk.or.jp/special/onair/100404.html
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・蓄電池のコスト
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・ミニカー
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http://www.revaindia.com/
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青空文庫 http://www.aozora.gr.jp/cards/000029/card227.html
・揚水発電
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・ユーンデ 一般廃棄物、森林廃材、汚泥の燃焼によるコージェネプラント
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