グローバル新時代の都市開発 〜持続可能都市(サステイナブルシティ)に関する研究

瀧山幸伸

Ver. June 22, 2011
初稿 Oct.30,2010

「サステイナブルシティの医療介護と健康」

サステイナブルシティの基本理念の一つ「安全安心」のうち、医療介護と健康の課題が、モデル都市「J-town2010」でどのように解決されるのかを考察する。


1. 課題 「健康に暮らせるまち」の理想と現実 

「健康」は幸せに暮らすための基本である。「健康に暮らせるまち」とはなんだろう。「健康」とは、WHOの定義にもあるように、身体的、精神的、社会的に統合された状態をいう。「健康に暮らせるまち」という標語は自治体の憲章や政治家の宣伝文句として非常に安易に使われているが、それを具体的に実現したコミュニティの姿や具体的なシステムは未だ見えていない。
「健康に暮らせるまち」とは、WHOの健康の定義を敷衍して考えれば、「地域全体の健康マネジメントが理想的なシステムで実現され、それが継続している状態」であろう。理想的なシステムとは、例えば次のような抽象的な欲求が具体的に解決され、満足されている状態である。本論では、J-town2010で以下の課題を解決するための方策を検討する。

(1) 健康で長生きできる

疾病予防・要介護状態の予防は、QOL(Quality of life)の観点からも経済的観点からも重要である。心疾患・脳血管障害・糖尿病・大腸がんなどのうち、「生活習慣病」の類型に属するものは、生活習慣を変えることにより疾病のリスクを低減することができる。例えば糖尿病は、自覚症状がないため気付かないうちに血管や臓器に障害を起こし、心疾患、足の切断や失明などの合併症を引き起こす怖い病気であるが、生活習慣に起因するII型は、肥満、喫煙、運動不足を解消することにより疾病リスクの低減が可能である。
疾病の予防は個人はもちろん社会にとっても治療よりも経済的なのだが、医療介護の保険システムによっては予防に対するインセンティブが働かない。特に日本の保険介護保険制度は予防に重点が置かれていないのでうまく機能していないし、地域の健康を管理する立場の保健所もこの分野にはあまり手が回っていない。

(2) いざ病気という時も安心

急性期医療において、かかりつけ医によるプライマリケアと後方支援の高度医療との連携が取れていることが理想である。急性期疾患が的確に診断処置されることはもちろん、救急医療が充実していることも重要であるが、現実には都市と地方の格差、医師不足、医療の質など問題が山積みである。

(3) 慢性疾患や要介護状態になっても自力でQOL高く暮らせる

高齢などで慢性疾患を持ったり要介護状態になっても、その管理と改善が適切におこなわれ健常時に近い生活が継続できることが重要である。人の尊厳を保つためにも可能な限り自力で生活することが求められ、特にトイレや入浴などは自力で行いたいと願う気持ちは強い。それらを支援するために、医療介護及び健康関連のあらゆる在宅サービスを充実させるとともに、一人で生活し外出もできるように、生活全般を補助する機器や安全安心な見守りシステムなどを充実する必要がある。
例えば車椅子や介護ベッドのまま自力で外出したり旅行したりすることが容易になれば、彼らのQOLがはるかに高まる。全国各地を調査していて強く感じることだが、車椅子の人々が四季おりおりの花や紅葉の名所、思い出の場所などで楽しそうに過ごす光景を見かける。そのためには多くの介助者が必要だが、その理由は、建物、道路、交通手段、障害者用トイレ、車椅子や介護ベッドなどの機能があまりにもローテクのままであったからである。技術開発により人件費を下げつつQOLを高める手段はある。

(4) 健康で安全な環境が得られる

水・食物・空気などが胎児や子供に悪影響を及ぼす有害物質に汚染されていないことは、ヒトのサステイナビリティにおいて非常に重要である。農薬や重金属などによる土壌や水質の汚染、建物内のVOC(揮発性有機化合物)による大気汚染など、環境汚染が引き起こす胎児への悪影響や子供のアレルギー性疾患などは、産業革命以後今日まで、古くて新しい問題である。農薬肥料などの詳細や出所が不明な食物を摂取し続けているのが都市生活者の現状であり、時々発生する大事故が警鐘となっているにもかかわらず「自分たちが口にするものは自分たちの目が届く範囲で調達する」という地産地消の原則は守られていない。VOCにしてもしかり、以前は地域産の天然資材で家を建てていたからこのような問題は起きなかった。

(5) ストレスが少なく精神的にも健康に暮らせる

WHOの健康の定義にもあるように、身体的、精神的、社会的に統合された健康状態を個人においてもコミュニティ全体においても維持することが重要である。ストレス、うつ、認知症などはもちろん、宗教施設、墓地、家族のアルバムなどスピリチャルなQOLも人が健康であるためには必要である。欧米等では宗教施設と組織がコミュニティと行政の間で重要な機能を果たしているが、日本では行政が宗教に関与できないため大きな断絶がある。

(6) 死ぬまで人間関係が維持でき、社会的にも健康に暮らせる

サステイナブルシティの「四世代近居」の理念を実現することが重要である。慢性疾患や要介護状態であっても、可能な限り家での生活を基本とし、入所介護、院内死、孤独死を極力減らすことが重要である。認知症の老人にとっては、精神的な安心と症状の悪化を避けるためにも、住み慣れたコミュニティでの人間関係や住環境の断絶は極力回避されなければならない。
核家族化のメリットは否定しないが、年老いた両親との近居は必要である。旧来、日本の地方において比較的裕福な家庭では、隠居夫婦が別宅に移り住むなど世代の交代と近居がスムーズに行われていたが、産業都市化の波とともに老人世帯を地方に残したまま生産年齢世帯が大都市に集住したため、限界集落、放棄集落を量産することにつながり、コミュニティのサステイナビリティの危機である。



2. 解決策 J-town2010の家と地域に仕組まれた医療介護健康メカニズム

上に挙げた課題がJ-town2010で具体的に解決されるためには、医療介護健康分野のライフサイエンスを統合したメカニズムが導入される必要がある。科学的な研究開発と、知見に基づいた実証との両輪が、健康関連サービスに従事する側にとっても地域住民の側にとっても最も価値ある環境となっていなければ、統合的かつ継続的な健康メカニズムは成立しない。では、地域全体と個々人にとって有効なメカニズムとは具体的にどのようなものであろうか。国内外の医療介護施設、健康施設などを調査した経験を基に、地域全体と個々の住宅や施設で採用されるべき具体案について検討する。


(1) 個々の家に仕組まれた医療介護健康メカニズム

「J-town2010型サステイナブルハウス」は、「サステイナブルシティの水と食料」の章で検討したとおり、「J-town2010型平屋住宅ユニット」と「J-town2010型水耕栽培圃場ユニット」が組み合わされている。

A 「J-town2010型平屋住宅ユニット」に組み込まれた健康メカニズム

J-town2010の理念の大きな柱は「四世代近居」であり、リタイア世代は独立の世帯を構える。彼らが介助を必要とする状態になった場合、住宅のユニバーサルデザインと在宅での医療介護や健康への対応が必要である。
すなわち、要介護状態になっても可能な限り一人で生活できるためにはどうすればよいか。住宅での答えがJ-town2010型住宅ユニットの基本デザインである「平屋の一戸建て」である。平屋であれば物理的に上下移動は必要ない。住宅内部では仕切りや廊下を取り払い、居間兼ダイニング兼寝室兼キッチンの大部屋から直接トイレやシャワーにアクセスできるような設計とする。
日本では高齢者対応住宅の床面積を一人用で25m2以上(共用設備がある場合18m2以上)と規定しているが、これではあまりにも狭すぎて高いQOLが担保できないし、車椅子やベッドのとりまわしも難しい。
J-town2010型住宅ユニットの基本デザインは今までの概念とは全く異なる。2.2mx9m程度のトラック可搬型の半割り住宅を2つ、現地で連結して設置するので、格安に40m2程度の床面積を持つ無柱空間が得られる。この中に住宅設備を入れるのであるが、全て工場で事前に組み込むので現場での施工は非常に簡単である。ユニバーサルデザインの観点から、彼らの生活を支えるために開発が必要な道具や設備は、大きく二つ、ユニバーサルクレードルとユニバーサルブースである。

これらの設備と機能を備えた平屋住宅の平面図を示す。

 


■ ユニバーサルクレードル

要介護状態の人が車椅子で散策する場合、自力走行が難しく、雨が降れば濡れ、暑さ寒さが身にしみ、トイレ利用も難しい。家に帰ると介護ベッドに移らなければならないがそれも自力では難しい。ユニバーサルクレードルは、要介護状態となっても可能な限り一人で生活するための万能ゆりかごである。世界的に普及した時点での目標価格は30万円程度であろう。電動車椅子と電動の介護医療ベッドと電動マッサージ椅子と保育器が合体したようなものであり、従来はそれぞれの分野の専門メーカーが別々に製造していたが、本来はユーザオリエンテッドで統合的な製品開発をするべきであり、このような製品は日本で開発するのが一番ふさわしいのではなかろうか。自動車メーカーもこの分野を視野に入れるべきである。老若男女、新生児から終末期まで、もちろん健常者も使える。倒せば車付きベッド、起こせば車椅子で、トイレもシャワーも食事も外出も就寝も全て1台で24時間365日生活可能な全天候型カプセルである。クレードルは以下の設備と機能を備えている。

・リクライニングベッド
電動で、屋内外を問わず24時間利用し続けられる。手動運転も自動運転も可能で、もちろん床ずれを防ぐ褥瘡(じょくそう)防止型である。電源その他のコネクタへは掃除機ロボットのように自動で接続する。

・保育器と同様のバイタルセンサー
医療用ベッドと同様、バイタル(健康状態)をモニタしレポートする。

・クレードルカバー
雨風の防御とともに身の回りだけの省エネ空調が可能となる。家全体の空調を行うよりも効率的かつ経済的であり、外出時には空調が大活躍する。

・セルフコンテナとプラグインコネクタ 
酸素、バキューム、空調、電源等のセルフコンテイン機能と補給機能。医療用ベッドと同様、在宅医療をサポートするのはもちろん、外出時に最低限必要な機能を自装するセルフコンテインド型である。簡易トイレタンクとおしりシャワーも装備する。

・フレキシブルコンソール
非常コールと小型汎用TVモニタなどを備えた操作板。GPS付きスマートフォンの大型のもの。各種の手動および自動操作、バイタル等の通信を行うとともにコミュニケーションとエンタテインメントも兼ねる。

 

■ ユニバーサルブース

ユニバーサルブースは、要介護状態となっても可能な限り一人で生活するための汎用トイレ兼シャワーである。もちろん健常者も利用可能である。各家庭や公共施設や屋外公衆トイレはもちろん、障害者の社会進出を考慮すればビルや工場などでもこの方式に準じた仕様で開発されるべきである。これまた日本の技術が活かせる製品開発である。世界的に普及した時点での目標価格は30万円程度(工事費別)であろう。
具体的にはトイレとシャワーと温風乾燥器が合体した構造で、ユニバーサルクレードルから自力で楽に水平移動でき、トイレやシャワーを一人で利用できることを目的としている。トイレ時の汚物はブース下部の大きなバキュームシンクから直接流せる。シャワー使用時には、温水マッサージ型シャワーが全身方向から噴出し全身を洗い流す。シャワー終了後、温風の急速乾燥器が全身を乾かす。バスタブを利用するよりもはるかに効率的である。ゆったりと入浴したい場合には、J-town2010内のユニバーサルデザイン対応温浴施設を利用する。

 

 


B J-town2010型水耕栽培圃場ユニットに組み込まれた健康メカニズム

「J-town2010型水耕栽培圃場ユニット」のように自宅敷地内で農作物を育てることができれば、健康にとって有益な各種機能が得られる。例えば、巷間喧伝されている健康増進関連でも、以下のような効用がある。

・作業療法・園芸療法

農作業は運動障害の予防にも治療にも効果がある。千葉大学の研究によれば、農作物の収穫作業、特に腕を上に挙げてブドウを収穫する作業などは、機能障害を持つ患者に効果があるとのことである。水耕栽培は軽度な農作業であり、体に過度な負担をかけることなく全身運動が可能であり、スポーツクラブとは異なり自ら生産した食物を物々交換する生活を楽しみながら健康を維持することができる。例えば足利のココファームワイナリー(資料1)は養護施設であるが、入所者のQOLは高い。洞爺湖サミットでのシャンパンに選ばれたことも入所者や関係者のQOLが高まることにつながった。

足利 ココファームワイナリー
 


・オルタナティブメディシン(アロマセラピー・東洋医学等)

水耕栽培の栽培品種によっては、アロマセラピー・東洋医学の効果が期待できる場合もある。もちろん医学的な知識と指導の下での栽培が重要である。主に中国吉林省などで栽培される薬草は、意外にも病害虫に弱く、大量の農薬使用により輸入禁止問題となったこともあった。オルタナティブメディシンの活用も水耕栽培圃場であれば可能となる。


・スローフード・無農薬食品

地産地消の理念に基づき、自分たちの食料を自分たちが育てるという究極の姿が自宅での水耕栽培である。当然無農薬も可能であり、自分が出した排水を処理した有機栽培なので安心である。近代以前の農業スタイルの、自分の家の下肥や家畜の堆肥を使った循環型農業を科学的衛生的に改善したものであり、究極のトレーサビリティとも言える。


(2) J-town2010の地域全体に仕組まれた医療介護健康のメカニズム

A ユニバーサルクレードルとセンサー

幼児から老人まで、独立歩行が困難な人が安全に移動できる手段の一つがユニバーサルクレードルであり、先にも述べたように、屋内屋外をシームレスに、ゴルフカートのように人が自由に運転操作することも自動で移動することもできる。交通計画とITシステムの章で詳しく考察するが、衝突防止レーダーや各種センサーを備えない旧来型の自動車はタウン内では歩行者やユニバーサルクレードルと同速度以内(5Km以下)の制限速度で安全を保つことが重要である。また、タウン内に配備された各種センサーがユニバーサルクレードル及び携帯端末と通信し、幼児や高齢者の徘徊はもちろん、運動中の発作、猛獣や危険人物の侵入など、各種危険を通報することも可能である。また、ユニバーサルクレードルは救命救急用担架を兼ねることもでき、タウン内各所に配備することにより、重篤な患者をより安全に搬送することが可能となる。

B 自衛救急隊と24時間クリニック 

タウン内は半径わずか数百メートルであるので、従来のような救急車の問題は減少する。高度な救命救急は後方支援病院等に救急車やヘリなど従来と同様の手段で搬送されるが、心疾患や誤嚥等はいかに短時間で救命処置を行うかが生死を決する問題であり、J-town2010では医師の宅訪を原則とし、自衛救急消防隊による救急搬送の場合もユニバーサルクレードルなどでタウン内のクリニックに24時間体制で搬送されるので、いざという時も安心である。

C コミュニティに密着した統合型医療介護健康サービスプログラムと連携したJ-town2010内の設備

「健康に暮らせるまち」の実現には、理想的なプライマリケアとコミュニティヘルスの実践と継続が必要である。具体的にいえば、高度医療研究機関と連携した総合的な健康関連サービスが、「地域内の包括サービス施設」と「地域内の敷地と建物に埋め込まれた健康管理メカニズム」を通じて提供されることが必要である。
J-town2010では、先端的な予防研究のノウハウを取り入れ、クリニックが日常の疾病予防と健康増進の指導を行うプログラムも充実している。例えば、タウン内の各所に、各人別の運動量、最大酸素要求量、消費カロリー数などの基礎データに見合った運動設備やコースを配置し、毎日無理なく運動する習慣が持続する。また、タウン内の温浴施設は単なるリラクゼーション施設ではなく、疾病予防、温浴療法と健康増進を兼ね、クリニックと連携してリハビリテーションやストレスマネジメントにも活用される。

「地域内の包括サービス施設」とは、所管と目的と機能が分散していた健康関連施設を統合し、「人と地域の健康を守る」という目的に沿って包括的にサービスする施設である。それは例えば、以下の施設を包括したものである。

・総合クリニック機能 (大学病院など高度医療研究組織と連携し、在宅医療も簡易入院も行う20床以下のクリニックで、常時医師が勤務する) 

・保健所機能 (大学病院など高度医療研究組織と連携し、公衆衛生の管理はもちろん、健康増進プログラムなどの予防医療と要介護予防の調査研究と啓蒙普及を行う)

・健康増進施設機能 (大学病院など高度医療研究組織と連携し、単なるスポーツ施設ではなく運動温浴その他の健康増進プログラムの開発研究と実践を行う)

・介護施設機能 (大学病院など高度医療研究組織と連携し、要介護4〜5の人のうち在宅サービスでは対応できない人のみ集中的に介護と医療を提供する)

・在宅医療、訪問介護、生活支援サービスの拠点機能 (大学病院など高度医療研究組織と連携し、医療介護と健康に関連する周辺サービスを研究し実践する。もちろん食事の宅配や清掃などのヘルプサービスを含む)


D 健康に影響する環境問題への対応

子育ての心配事の一つは、環境汚染に伴う胎児や小児への悪影響である。例えば千葉大学で進めているケミレスタウン構想(資料2)は、医学的な見地から建物内の環境影響物質を削減する活動である。J-town2010においては、屋内屋外ともに健康に悪影響を及ぼす環境問題(大気、水、騒音など)が最も少ない状態を維持することが基本であり、有害物質を減らすとともに常時それらのモニタリングも行う。


E 森林浴と種の多様性保全

現代の科学を持ってしても生命科学の領域では未知のことが多い。自然保護区を設けて森林浴や種の多様性を保全することは、人類が今日まで生き延びてきた自然界の相互作用や生態系の秩序を乱さないための担保であり、J-town2010ではそれら生態系の保護と活用を重視する。例えばこのような事例がある。北里研究所長などを歴任した世界的な微生物学者、大村智博士(資料3)は、土の中から微生物が作る化合物を360種余り発見した。そのうち17種がヒトや動物用の医薬品として、また生命現象を解明する生化学研究用の重要な薬として実用化されている。J-town2010での自然保護は、単なる鳥獣や貴重種のセンチメンタルな保護ではなく、生命の根源を担保する自然保管庫であり、未来に起きるかもしれないエンデミック(地域流行や風土病)、パンデミック(世界的流行)などへのレトロアクティブな備えでもある。


F 宗教施設等、スピリチャルな施設でのストレスマネジメント

現代産業都市が軽視してきたのがスピリチャルな施設である。特に戦後日本では意図的に宗教と行政とが分断されていたため、スピリチャルな施設は行政が忌避する領域であった。今日、多くの人々がメンタルマネジメントを必要としており、そのようなニーズに宗教施設等のスピリチャルな施設が貢献する。J-town2010では、町のランドマークとして鎮守の森のような自然保護森を持ち、その中に各種宗教活動が可能な施設や墓地公園や故人の電子アーカイブ(遺品やアルバムなどのデータセンター)を擁する。それらが人々の精神面を支えることが町の健全性を保つことに寄与することは間違いないであろう。


3. 健康管理の手法と先進事例

(1) J-town2010の健康マネジメントの指標

統合的な健康マネジメントには、サステイナブルシティの基本理念の章で紹介したICF(国際生活機能分類; (International Classification of Functioning,Disability and Health)の手法を用いる。ICFは、人の生活機能と障害について、心身機能と身体構造、活動、参加の三つの次元と、健康状態、環境要因、固体要因とを考慮し、1500項目に分類される汎用的な指標である。ICFの優れている点は、「人が生きること」を包括的にとらえ、障害者のみならず全ての人の保健・医療・福祉・社会サービスの分類および統合評価、因果関係の科学的取り組みなどが可能になることであり、サービスの現物給付はもちろん、地域施設全体のユニバーサルデザイン化やコミュニティ全体で取り組む統合健康管理システムの運営に貢献する。ICFに基づき、個人はもとよりコミュニティ全体での健康のレベルを測ることが可能となり、その指標を元に健康状態や生活を継続的に改善したりJ-town2010の数値を地域外のコミュニティのそれと対比することなどが可能となるのである。



(2) 高度医療研究機関との連携 〜生命科学の研究開発と病診連携

日常の健康管理は「有能な医師が常駐する診療所」で、後方支援は「高度医療が可能な大病院」でという病診連携が機能することがJ-town2010の理想である。日本の医療制度では特に、大学などの高度医療研究機関と連携するメリットは大きい。大学病院のミッションは、研究開発と医療教育のための実証施設である。実技教育は医学部付属の大病院で行えばよいが、生命科学の研究の中には地域と連携した実証実験から新しい知見を求めるケースもある。特に予防医療など公衆衛生に関わるものはその傾向が高い。高度医療研究機関とコミュニティが共同で実証研究を行うなどの目的に付随して大学病院の出先機関がJ-town2010内に誘致できれば、大学病院のリソースを利用することが可能となる。
過去においては、例えば長野県で、公衆衛生及び脳卒中という特定の疾病が解決されなければならない地域での実証、あるいは結核療養のための全国各地のリゾート適地での医療施設の例がある程度だ。岡山大学病院三朝医療センター(資料4)のように温泉療法を研究するための施設 、最近では千葉大学柏の葉診療所(資料5)のように東洋医学と園芸学部の薬草研究を統合するための施設などの事例はあるが、単発的である。いずれにせよあるべき姿からは遠い。

世界的な予防医療研究とコミュニティが連携した先進的事例として紹介したいのが、スタンフォード大学の予防研究所である。



(3) スタンフォード予防研究所 〜コミュニティヘルスの先進モデル 

研究所のウェブサイト
 

スタンフォード予防研究所(資料6)は、スタンフォード大学医学部内の組織であり、コミュニティと連携して疾病予防の研究と実証実験を行っている。既に50年の実績があり、この分野では世界最先端のレベルである。

日本の医療保険制度は米国に比較して充実しているが、疾病の「治療」に対する保険が主であり、疾病予防にはほとんど保険が適用されないので、個人にとっても医師・医療機関にとっても疾病予防へのインセンティブが働かない。もちろん雇用者や保険者(健康保険組合や自治体等)には疾病予防のインセンティブが働くが、彼らには投資と効果のメカニズムが見えておらず、システムとしての予防医療は未だ足踏み状態である。一方、アメリカでは日本に比べ医療保険システムが貧弱であり、疾病予防は個人にも保険者にも経済的インセンティブが働く。具体的には、ヒトが病気になって入院治療した場合の医療費や、仕事を休業した場合や寿命が短くなった場合の経済的損失などを計算し、疾病の治療を選択するか、疾病の予防を選択するかを金銭価値で天秤にかけて決断するのである。当然ながら治療よりも予防のほうが経済的であるとの結論になる。
研究所創始者のファーカー博士は心疾患専門の教授で、世界的な禁煙運動の提唱者でもあったが、心疾患で亡くなる人の治療をするよりも疾病予防のほうが効果が高く重要であるとの理念に基づき予防医療を専門的に研究する組織を作り、学内から医師だけでなく工学、心理学、看護学、栄養学、運動学などの研究者を募り疾病予防のための学際的研究組織を創設した。スタンフォード大学はカリフォルニア州シリコンバレー地域のパロアルトに立地し、近隣のコミュニティには研究者など知的労働に従事し健康意識の高い人々が多く住んでいて、双方にメリットがあったため、研究所とコミュニティが連携して研究と実証とがスムーズに行われ、研究成果をコミュニティで実践普及することも進展した。筆者は過去に複数回当研究所で集中セミナーを受講した経験があるが、とにかく実務的である。

具体的な活動を見てみよう。

スタンフォード予防研究所の活動内容 

大学外の先端研究機関、例えば米国立衛生研究所(NIH)や他大学医学部との連携はもちろん、スタンフォード大学医学部、医学部付属病院、小児病院などとの連携により、広範囲なテーマで疾病の予防を研究している。
主なプロジェクトは以下のとおりである。

・コミュニティとの連携プログラム (地域の自治体、企業、教育機関などと連携して実証するプログラム)

・健康増進プログラム(研究所が主体となり、健康増進に効果のある診断指導検査等一連の処方を実践し、実証データを得て研究にフィードバックするプログラム)

・疾病予防情報をコミュニティに提供するプログラム(疾病予防に関する図書の開放、講座の開催など教育に関するプログラム)


A 疾病予防プログラム

研究所のメインの業務である。疾病を予防するために、行動科学に基づいてヒトに行動変容を促す。要するに悪い生活習慣を良い習慣に変えさせるプログラムであるが、医師が「このままだと病気になるよ」と脅してもヒトは習慣を変えないが、行動科学(心理学)の専門家と共同で研究した「ヒトにやる気を起こさせるプログラム」を開発している。
その根本は、米国人の世界観に合う「経済的なメリット」を明示しつつコミュニケーション(励まし)を重視して生活習慣病を予防することである。
プログラムを受ける対象者は、肥満、糖尿病、心疾患、大腸がんなどのリスク保持者、あるいは一度疾病に罹患したが再発を防止したい人である。
プログラムの手段として、栄養管理、運動、禁煙、ストレス管理などの手順が、過去の知見に基づいてきめ細かく設定されている。例えば、有酸素運動は週二回までとしている。週三回以上運動してもさらなる効果が期待できないことが実証されているからである。同様に、マスコミ等が喧伝する「健康に良い食事悪い食事」等の不確かな情報に惑わされず、医学的実証的知見を基に分別し指導している。このようなプログラムを日本では知らない。

「スタンフォードハートネットワーク」は心疾患のハイリスク保持者に提供するプログラムであり、プログラム参加者の入院率を4年間で45%減少させた実績がある。その内容は、

・栄養指導(低脂肪、低コレステロール、植物性たんぱくと繊維質の食事への遷移)
・継続可能な運動指導(いかに継続させるかが行動科学に基づいたプログラムのノウハウである)
・コレステロールと血圧をコントロールする投薬
・禁煙指導
・肥満予防、減量指導
・クリニックでの指導とスタッフからの電話指導
・ウェブとメールでの教育指導

等々である。参加者は低コストで効果的な疾病予防が可能であり、QOLの向上と健康な老後が期待できる。具体的な効果は、高額医療費や身体障害や死からの解放、糖尿病や一部ガンへのリスク低減、減量によるQOL向上などである。一方、予防研究所は研究データを蓄積することが可能である。保険会社や雇用者への経済効果も高く、その方面からの研究費補助など経済的支援も得られる。

B 老後の健康管理プログラム

「サクセスフル エージング プログラム」と標榜するように、老後の健康を管理して幸せに暮らせるためのプログラムであり、運動による疾病予防と慢性疾患の管理(心疾患、糖尿病、肥満、大腸がんなど)を重点に置いている。
日本でも提唱され始めた「モビリティシンドローム」だが、こちらは早くから進んでおり、モビリティ(運動能力)の強化、痛みの緩和、睡眠改善、ストレス性高血圧症の管理など医学的な効用に加え、社会的効用、例えば人生の充実感、自尊心の向上なども図ることを目的にしている。女性向けには更年期障害と肥満、骨粗鬆症対策などもプログラム化されている。


C 幼少期の肥満防止プログラム

日本ではまだあまり騒がれていないが、米国では糖尿病は成人病ではなく少年病である。すなわち12歳の肥満少年の冠動脈には糖尿病による心疾患の兆候が表れており、幼少期から肥満対策を行うことが重要となっている。このような肥満少年の疾病リスクを回避するよう、研究所と家庭とコミュニティと学校とが連携して子供の行動変容を支援するプログラムである。例えば、子供にゲームやTVを控えさせることにより、子供の運動量が増えるとともに、ゲームやテレビ視聴中に油の多いジャンクフードや高カロリー飲料の摂取を控えることにつながるため、肥満が解消される。それを行動科学的に支援するプログラムである。



4 日本での事例

(1) 高度医療研究機関(大学医学部・病院等)と連携した事例

残念ながら、日本では未だ本格的な予防研究と実践の組織がなく、それとコミュニティとが連携した事例は見られないが、J-town2010ではスタンフォード予防研究所のような事例が実践できるのではなかろうか。


(2) コミュニティに密着した統合型医療介護健康サービスの事例

予防型の高度研究機関との連携ではないが、高度医療機関と連携し、コミュニティに密着した統合型医療介護健康サービスの事例は以下のとおり各地に散見される。

A 福島県郡山市の「健院L-CUB(エルキューブ)八山田」(資料7)

多世代が交流しながら健康増進・回復をめざす目的で、医療・介護・健康増進施設、レストラン、保育園、賃貸住宅などを一ヵ所に集約した多機能型施設だ。クリニックには脳外の世界的権威、福島孝徳医師の手術が受けられることでも知られる(財)脳神経疾患研究所附属総合南東北病院(福島県郡山市)のサテライトである南東北エルキューブクリニックが入り、メタボリックシンドローム外来、アンチエイジング外来、ビタミン外来はじめ、往診や各種健診が行われる。また、総合南東北病院との共同企画により、希望者には南東北医療クリニックでがんの早期発見に有効なPET 健診を受けることも可能だ。大病院での治療後、在宅復帰のためのリハビリ施設としての機能もあり、メディカルフィットネス、デイケア、保育園、ショップ、レストランが「健康」というキーワードで何らかの連携を行っている。例えばショップには地元産の清浄な野菜が並び、創作料理レストラン「パローネ」では、栄養士、理学療法士、健康運動士と一流シェフとのコラボレーションにより、健康増進につながる多くのメニューを提供する。
 

B 秋田、外旭川病院グループ(資料8)

地域の中核病院グループが、急性期疾病の治療はもちろん、慢性疾患の管理、終末期医療、高齢者専用賃貸住宅、在宅介護支援センターなどのサービスを包括的に提供しており、地域住民にとってかなり安心な統合サービスが提供されている。

グループが経営する高齢者専用賃貸住宅「ほのか」 屋内のアートギャラリーが入居者の癒しとなっている。
 

C 大分 旧日野医院(資料9)

医療保険のない時代の日本に立ち戻ると、健康管理の本質が見えるかもしれない。古くは聖徳太子が隋にならい、大阪の四天王寺に建てられ、敬老の日の由来となっている四箇院(悲田院、敬田院、施薬院、療病院)であり、京都泉涌寺の悲田院や、忍性ゆかりの鎌倉極楽寺に名残をとどめる。近世では小石川養生所が話題に上るが、医療保険が無い時代はそれほど昔のことでもなく、国民皆保険となったのは1961年である。1955年頃は、農業、自営業などに従事する人々や零細企業従業員を中心に、国民の約3分の1が無保険者だった。当時の日本にも地域医療と統合健康管理を担う人々がいた。大分県女医の草分け日野俊子は「湯布院のマザーテレサ」と呼ばれている。旧日野医院は明治に建築された私立の医院建築として日本唯一の重要文化財であるが、一人の医師が全人的医療を行い、薬草の保存加工、オンドルによる温熱療法、手術と入院はもちろん、馬に乗って遠距離の往診も行って、費用はあるとき払いで良かったのである。

 


D 佐久総合病院

戦後、長野県佐久市の佐久総合病院院長若月の指導による住民全員の健康診断と健康管理制度が定着した。同じ佐久の浅間病院を舞台に地域医療と疾病予防、健康管理を推進した吉澤医師が育て、長野県全域に広がった「保健補導員」制度では、県内の主婦の五人のうち一人が補導員の経験者ともいわれる、地域に密着した保健指導である。この二つを軸として発展した健康管理システムが功を奏し、長野県の医療費は全国有数の低さであり、長寿県となっている。このような、地域の中核となる統合施設の指導のもと、コミュニティが健康管理を行い、在宅を基本とした医療介護サービスが提供されることが理想である。


E 祐ホームクリニック(資料10)

最近では、クリニックでの診療を行わず、地域に密着した在宅医療専門クリニックとして活躍している事例もある。東京都文京区を拠点に活動している祐ホームクリニックは、侍医を務めた武藤真祐さんが中心となって、コミュニティの健康管理を担うという理念に従い在宅医療を支援するために開設したクリニックだ。 



5 J-town2010の理想的な医療介護保険システム(インセンティブシステム)

あえて詳細には踏み込まないが、現状の医療介護保険制度には大きな欠陥がある。それは、全て掛け捨てで、個人の側も医療スタッフの側も健康へのインセンティブが働かないということである。
医療費、介護費の節約分を還元するメカニズムの導入、例えば健康増進による節約分を、個人、保険者、医療スタッフ等に還元するシステムなどは上記J-town2010での健康マネジメントシステムの運用に必須である。


参考文献

1 足利 ココファームワイナリー http://www.cocowine.com/
2 ケミレスタウン http://www.chemiless.org/
3 大村智 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9D%91%E6%99%BA 
4 岡山大学病院三朝医療センター http://www.okayama-u.ac.jp/user/misasa/ 
5 千葉大学柏の葉診療所 http://www.h.chiba-u.jp/center/hospital/top.htm
6 スタンフォード予防研究所 http://prevention.stanford.edu/ 
 コミュニティとの連携プログラム http://prevention.stanford.edu/community/
 健康増進プログラム http://hip.stanford.edu/
 疾病予防情報をコミュニティに提供するプログラム http://hprc.stanford.edu/default.asp

7 健院L-CUB(エルキューブ)八山田 http://www.l-cub.jp/
8 外旭川病院グループ http://www.jkk-sotohp.or.jp/sotohp/network.html
9 旧日野医院 http://www.yufu-in.com/hinobyoin/hinobyoin.html
10 祐ホームクリニック http://www.you-homeclinic.or.jp/


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