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徳島県藍住町 藍の館
Ainoyakata,Aizumi town,Tokushima


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Dec.2012 瀧山幸伸 HD video

A camera
                                                              

     

B camera
                                                                                          
 

藍の灌漑井戸
 


Dec.2007 瀧山幸伸 AVCHD video Video FAQ

この施設は、藍商人であった旧奥村家の屋敷13棟と13万点の文書を町が譲り受け、平成元年に開館したもの。屋敷、奥村家文書、藍関係の民俗資料を恒久的に保存し、学術利用と阿波藍の生活文化創造などを目的として活動している。

 「四国三郎」と呼ばれる三大暴れ川の一つ吉野川は、高知県側の上流域で大量に降る雨を集め、毎年下流のこの地域に洪水をひきおこす。それに伴い、エジプトのナイル川と同様、肥沃な土砂がもたらされる。
 阿波藍は平安時代から栽培されていたと言われている。藍は毒虫除けの効果があり、武士のみならず農業従事者にも必需品であった。戦国時代、鎧のおどしなどに藍の需要が高まり、天正13年(1585)以降は徳島藩が積極的に生産を奨励した。結果、藍師や藍商から取り立てる租税で藩の財政は大いに潤うこととなる。元禄期以降、全国の木綿生産の増大にあわせ、阿波藍の生産も大発展するのだが、明治30年代以降は科学染料の輸入に押され衰退に向かうこととなる。
 今日の藍ブームは、天然染料の藍と天然繊維のオーガニックコットンとの組み合わせがアレルギーフリーであること、天然の風合いが良いこと、染付の器がそうであるように、シンプルな藍色がインテリア用品として現代人の生活に調和することなど、合理的理由での伝統産品の見直しではなかろうか。
 ちなみに、ジーンズがガラガラヘビ除けとしてアメリカのゴールドラッシュ時代の鉱夫にもてはやされるのは19世紀中葉のことである。戦後、白洲次郎によりジーンズがおしゃれ着となったが、基本的には作業着だ。これがアメリカンカルチャーの一つの形だとすれば、日本の藍染めは日本文化の中核の一つである。

    

藍住町歴史館「藍の館」

    

阿波藍栽培加工用具を中心とした展示(国重要有形民俗文化財)
     


藍染体験施設

 藍は短期間に生育するが、真夏の収穫に向けて灌漑が必要である。しかし、洪水で灌漑設備が破棄されるため、露天井戸を掘り、毎日手作業での灌漑が必要であった。収穫した葉の裁断は、乾燥を避けるため夜通し日の出までに短時間で行われなければならないなど、大変な重労働である。

 収穫した藍を屋内で発酵させ、「すくも」として出荷するのだが、藍の成分のうちインディゴホワイトと呼ばれる青い色素は1パーセントでしかない。すくもを大釜に仕込み、発酵菌が活性化するように日本酒などを加え、色を遊離させるアルカリとして木灰を加えて熟成させる、大変手間暇かかる作業だ。そうしてできあがった藍汁に生地を何回も浸し、濃い藍色を発色させる。
 ここ藍の館では全て天然素材を使った手作業だ。通常の藍染めでは、費用の問題から灰汁ではなく苛性ソーダなどの人工素材を利用している。それでも「藍染め」には違いないが、伝統的な方式とは言えない。純粋に天然の材料を使用した藍染めは非常に高価であり、この施設以外では体験できないそうだ。

染め体験用の釜
    

釜の内部

発酵菌が活性化するよう温度管理に気を遣う。菌が灘の酒をたっぷりと飲んで発酵が進む。高級な酒のほうが良いそうだ。表面に藍花が沸き立つと染め頃となる。
    

染めの回数を重ねる毎に濃くなる。
 

    


展示施設


                

館の向かいにある店

 

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