JAPAN GEOGRAPHIC

東京都足立区 北千住
Kitasenju,Adachiku,Tokyo

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Oct.2016 柚原君子

大倉屋質店(現在は喫茶『蔵』)

足立区千住1-34-10

母が入院した病院が北千住で、家族が手伝うと母の食事の量が増えるというので、時間があると北千住に通っていたときに見つけた建物。北千住の西口から徒歩10分。飲み屋街と細い路地の続く一角にある『喫茶蔵』。

昭和初期に建てられたとという大倉屋質店の蔵を改装したもので、現在はカフェです。正面には説明板があるのですが植え込みが邪魔をして全部は読めません。拾い読みしたところでは、石壁のように見せているけれどもどうやら、木骨土蔵造りと書いてあるようです。家紋の入った妻壁は少し離れてみると分かります。
中が見たいのでランチをいただくことにして入店。大きながっしりとした階段を三つ上がると蔵の入口。黒漆塗りの鉄扉(てっぴ)、金網の格子引き戸とくぐり戸、天井が高く、窓がない四角い空間はまさに「蔵」の中です。古い壁掛け電話、アイロン、ラジオ、大福帳などが飾られています。

飲食店が多い周辺の路地も撮影してきました。ランチ時であちらこちらに行列ができていました。決してきれいとは言えない路地と決して品が良いとは言えないデコレや看板も多いですし、表通りから裏側の細い路地がのぞき見できる古いビルの切れ目と怪しげな小さな出入り口など、香港の昔の九龍島を探索しているような雰囲気が漂う地域です。
                                                                   



千住柳町

所在地:東京都足立区千住柳町
中山道の「板橋宿」、甲州道の「内藤新宿」、東海道の「品川宿」、それに今回散策した奥州道・日光道の「千住宿」は合わせて江戸四宿(えどししゅく)とよばれています。江戸時代の五街道の、日本橋に一番近い宿を指して言ったもので、それぞれの宿には幕府公認の遊郭があり、飯盛り女と呼ばれる遊女たちが置かれ、遊郭全体を塀で囲んでいたので出入り口としての「大門」があるという共通項があります。

宿場には伝馬や飛脚を置くのが決まりでしたので、旅籠ができて飲み屋ができてそれにかかわる車夫、酒屋、魚屋、肌着屋、湯屋、ワラジ屋、炭屋、などもあったのでしょうね。旅人の他に歓楽街としても人々があつまり、生活品を扱う商店が集まりと活況を呈することになります。

千住宿のあちらこちらに点在していた遊郭は戦前には業者約60軒、娼妓約400人という大きな規模で賑わい、戦後においては進駐軍向けのRAA(慰安所)に指定され、さらにその後は日本人向けの赤線となっていきます。

点在していたものを警視庁によって現在の北千住の駅から徒歩15分ほどの「千住柳町」という所に集められたのは、大正末頃のこと。新遊郭地として指定され、関東大震災では大きな損害は受けなかったので、板橋や吉原で大きな痛手を受けた遊郭の業者が移転してきて、最盛期には56軒も妓楼があったそうです。

昭和に入り売春防止法が昭和31年に成立して(2年後に施行)千住柳町の歓楽街としての終わりを迎えています。

そんな「千住柳町」を歩いて見ました。丁目のない番地だけの町です。当時の面影は『大門通り商店街』という看板にしか残っていません。もう10年ほど前だったら、まだ少しは残っていたよ、と道を尋ねたおじさんが教えてくれました。

それでもリヤカーが立てかけてあったり、畳屋さん、お寿司屋さんなど古い家も残っていましたし、路地や家の前などに集まって話しこむお年寄りの姿があり、一昔前を想像することができます。

『昭和30年代の家をリノベーションして住みませんか?』という看板や、破風造りの大黒様が塀の上にいる大黒湯(キング・オブ銭湯と呼ばれているそうです)、のれんを反対向きに掛けた(つまり休憩中という意味)飲み屋さんなど、古き良き時代をところどころ垣間見ることのできる「千住柳町」でした。(ちょっと足を伸ばして大川町の氷川神社には旧千住大橋の標柱がありました。遊女の墓や供養塔がある金蔵寺に寄れなかったのが残念です)

                                                                                                   



大橋眼科医院

所在地:東京都足立区千住3-31

北千住駅西口から伸びている「きたろーど1010」の右側に「大橋眼科医院」があります。1983(昭和57)年に建築されたRC3階建ての洋館です。築後33年しか経過していませんがそれ以上に古くて懐かしい気がします。理由は、建て主が、1917(大正6)年に建った洋館を今の家に立て直すために懐古的な部品を残したこと、それのみならず、他所で取り壊された洋館の部品をも集めて、現在のこの洋館に組み入れたという経緯があり、持ち寄られた部品が全てにマッチしているすごさがあります。ちなみに建物右側にある4基の街灯は、昭和通りにあったもので高さを1m縮めてあるそうです。医院の入り口の上にあるバルコニーは、東大赤門前にあったたばこ屋のものだそうです。装飾の人形の絵は見ていて味があり、現在の建物自体は新しい部類に入るのですが、建物の素材が歴史を継承しているという珍しい洋館です。集めた部品は100か所から千点以上とのこと。中央の二階の窓には小さなステンドグラスがはめ込まれていますが、どこのものであったのでしょうか。左側が補修中で足場が景観に邪魔をしていますが、じっくりと観察すると楽しい洋館です。よく見えるような取り計らいでしょうか、ここだけアーケードが切ってあるのもいい感じです。

                                                   



May 2009 瀧山幸伸 北千住の街並考察

Mar.2009 source movie

  

駅前
  

千住宿ジオラマ
                     

駅前通り交差点から東京方面へ
            

問屋場跡
    

高札場、一里塚跡
  

やっちゃば問屋街付近
                                           

足立市場
  

千住大橋付近
                        

荒川区側 熊野神社
  

裏通り
         

駅前通り交差点から草加方面へ
          
横山家住宅
         
吉田家
   
かどや
 

          
名倉家
    

        
本陣跡
   

森鴎外旧居
      

東京藝術大学 千住キャンパス
  

金蔵寺 飢饉供養塔、遊女供養塔

     

駅前歓楽街
 

国道4号線
 

鴎外 大正記念道碑
   

緑町3,2丁目
   

京成線
 
緑町1丁目
     

千住スポーツ公園
 

千住大橋駅前
   

橋戸稲荷神社

         

ワシントンからの里帰り桜
   

関屋付近
 

柳町付近
                        


May.2005 瀧山幸伸  source movie

   

  

   

 
お風呂屋
 

なかだえりさんのアトリエ
              

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