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東京都文京区 清水坂 森鴎外旧居

Mori Ogai Kyukyo,Shimizuzaka,Bunkyo,Tokyo

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Jan.17, 2016 柚原君子

旧森鴎外邸

所在地:東京都台東区池之端3−3−21(水月ホテル鴎外荘 内)

JR上野駅広小路口を出てガードをくぐり西郷さんの銅像を上に見て、不忍池から弁天堂の方角に歩いて行きます。左側に上野動物園の子ども動物園、頭上にあるモノレールや連絡橋をくぐると「水月ホテル鴎外荘」の看板が見えてきます。ホテル入り口には森鴎外旧居跡の碑と写真があります。

ホテル入り口を直進した右側にある旧居は、ホテルのフロントを通さなくとも見学は自由です。門や玄関は一部復元のようですが、しっとりとした良い住居です。訪れたのは二度目ですが、先回は娘の結婚のための親族顔合わせ会食でしたので、写真を撮りたい!と思いましたが、立場上バチバチ撮るわけにも行かず、いつかゆっくりと来たいと思っていました。

今回は上京した友人との食事でしたので、ちょっと趣のあるところと再訪しました。

温泉付きで7000円のコースを利用してみましたが、温泉は少し狭くって窮屈でしたがお料理はgood!でした。上野駅の近くに温泉とお食事でしかも和室の個室でくつろげるところはそんなには無いですから、ホッとした時間を過ごせてよかったです。

森鴎外は本名は森林太郎といい、公武合体を意図する徳川家茂と和宮内親王の婚儀があったその同じ年(文久2年)の2月に、石見の国津和野藩(現在の島根県)の御典医の息子として生まれて、幕末の大正時代に60歳で亡くなっています。

明治の文豪として「舞姫」「雁」「阿部一族」「高瀬舟」などの作品を発表していますが、幼少時代から学業優秀、神童と呼ばれて育ち小説家のみならず東大医学部を卒業、ドイツへ留学のあと陸軍軍医、評論家、翻訳家、医学博士、文学博士、晩年には帝室博物館(現在の東京国立博物館・奈良国立博物館・京都国立博物館等)総長や帝国美術院(現日本芸術院)初代院長なども歴任した。華麗な経歴の持ち主です。28歳の時に、海軍中将赤松則良の長女登志子と結婚し、上野花園町の赤松家の持家に住みますが、現在水月ホテル鴎外荘内にあるのがこのときの住居です。

この自宅では歌会なども催されたそうで、与謝野鉄幹と正岡子規、伊藤左千夫、佐佐木信綱、北原白秋、石川啄木、斎藤茂吉、与謝野晶子等も参加したそうです。どこに誰がどう座られたのでしょうか。石川啄木などはここから近い上野駅に、懐かしい故郷の訛りを聴きに行った短歌など残しています。ここの歌会の帰りにでも立ち寄ったのでしょうか……。

文士たちのざわめきが今でも聴こえてきそうな、ホテルの中にありながら外にいるような(実際は中庭ですが)不思議な空間の森鴎外旧居跡です。

門と玄関は復元ですが、現在宴会席が設けられている部屋は舞姫の間と名づけられて、書や直筆の額、当時の写真などが飾られています。庭に池があり鯉が泳ぎ梅の花が咲き、玄関脇には当時から残る樹齢200年以上の黒金もちの木もあり、赤い実をつけてメジロが実をついばんでいました。(参考:水月ホテル森鴎外荘HP、台東区HP)

                                                                                                            

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