JAPAN GEOGRAPHIC

東京都墨田区 本所

Honjo,Sumidaku,Tokyo
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Aug.2013 柚原君子

墨田区本所『吉良邸』界隈を歩く

「小林一茶居住の地跡」(墨田区本所一丁目、三ツ目通り2の橋脇)……長野県信濃町に生まれた小林一茶は五才で生母と死別。15才で江戸に出て苦労の中で誹諧に親しみます。葛飾派に師事し江東区大島から墨田区緑一丁目の当地の借家にうつりますが、その後5年間の旅に出ている間にこの借家が他人に貸されてしまったそうです。以後は弟子や後援者の間を転々として42才の頃にふるさとの長野県信濃町に帰ります。晩年は妻と三男一女の死、自身の病気、住居の焼失なにあいますが、65才で没するまで2万もの句を詠んでいます。『おらが春』など子どもや童心など慈愛に満ちた句のイメージが強いのですが、都市や農村に生きる人々の素朴な姿や政治や社会の情勢と句は多岐にわたり、当時の社会状況を伝える歴史的資料にも成っている句です(墨田区説明版抜粋)。

「軍鶏なべ屋『五鉄』跡」(小林一茶住居跡の橋の向こう側)……月島から両国の界隈は池波正太郎の『鬼平犯科帳』に登場する場所が多くあります。ここもその一つ。橋の上を高速道路が通り、時代を感じます。

中田屋茶舗……今から160年前の1857(安政元)年創業。日本橋の山本山で修行を積んでいた初代は、荷揚げに便利な堅川沿いに独立して店舗を構えます。東京大空襲ではじめの店は焼失、その後、近くの当地に新しくお店を構えたそうです。墨田区の出している説明版には古い当時の写真が飾られています。開店の日でしょうか日の丸の旗と、福引き大売り出しの見出し!もちろん屋根の上はただただ広い空、高速道路など見えません。

そして「時津風部屋」の前を通って→おなじみの「本所吉良邸跡」に。昭和か大正の古い家や石で作られた防火用水なども残り、古き時代のを思い歩ける道順です。

                                                

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