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Nov.27,2018 柚原君子
台徳院霊廟惣門及び仁王像
所在地:東京都港区芝公園4−8−2
東京都文化財データベースより
『第二代将軍徳川秀忠(台徳院)の霊廟は、寛永9年(1632)に増上寺伽藍の南隣に造営されました。惣門はこの霊廟の正門にあたり、入母屋造、前後に軒(のき)唐破風(からはふ)が付けられた三間一戸八脚門となっています。台徳院霊廟は建築後幕末までに記録に残されている修理が16回行われていますが、惣門については文政13年(1830)に瓦葺であった屋根が現在の銅板葺に改められています。台徳院霊廟は、昭和20年5月25日の東京大空襲で惣門・勅額門・丁字門・御成門の4門を残し、華麗な建築群のほとんどを焼失しました。このうち惣門以外の3門は狭山市にある不動寺に移築され、また、惣門は昭和34年(1959)に、当初の位置から東方58mの現位置に移動されています。平成16年から2年をかけて銅板屋根の葺き直し及び塗装、金具類の化粧直しと欠失するものの補足を中心とした修理が実施され、文政13年当時の姿がよみがえりました。また、惣門には本来仁王像は安置されません。現在の仁王像は、元は埼玉県川口市の西福寺のものでしたが、昭和23年に浅草寺に移された後、紆余曲折を経て惣門に安置されたものです。その時期は不明です。構造及び形式:3間1戸8脚門、入母屋造、前後据唐破風附、銅瓦葺』
信長の遺児お江の夫である第二代将軍徳川秀忠の霊廟の重要文化財指定をされている惣門。夕日の中でより朱色に輝いていました。焼失前には壮大な敷地であったことが想像されます。戦争は嫌だなぁ、と特に重要文化財級のものを無くさざるを得なかった事実の前に思いますね。結婚の前撮り写真が行われているところに遭遇。調和しますね。
惣門に納められている、あうんの仁王様ですが港区の文化財指定をされています。元々はいなかったとのことで、その経緯を港区教育委員会が下記のように説明しています。
港区教育委員会案内板
『港区指定有形文化財:彫刻 木像仁王像
2躯。重要文化財「旧台徳院霊廟惣門」の左右に安置している寄木造り、砥粉地彩色の仁王像で、方形の台座に乗った岩坐(いわくら)の上に立っています。平成16年から17年に行われた修理の際に、体内から修理銘札が発見され、元は埼玉県北足立郡戸塚村(現在の川口市西立野)の西福寺(真言宗)仁王門に安置されていたもので、寛政元年(1789)、弘化3年(1847)の2度にわたり修理が行われていることがわかりました。さらに
安政2年(1855)の暴風で破損したまま同寺の観音堂の片隅に置かれていたものを、昭和23年(1948)、同寺三重塔の修理と同時期に3度目の修理が行われた後で、東京浅草寺に移されたことも記載されています。その後の経緯は詳らかではありませんが、昭和33年ごろまでには
この惣門に安置されたと考えられます。本像は18世紀前半までには江戸の仏師によって制作されたと推測され、江戸時代の仁王像として破綻のない作行きを示す貴重な作品です。像高 阿形
243.5センチ、吽形 吽形 247.0センチメートル』
有章院霊廟二天門と御成門
所在地:東京都港区芝公園3-3-1
重要文化財
東京プリンスホテルは背中に東京タワーを背負って絵になる風景になっています。この地は戦前は増上寺の北廟で6代家宣と7代家継の廟があり、東照宮と同じような華麗な建築物が立ち並んでいたそうです。しかし現在残っているのは7代家継の有章院霊廟二天門のみ。国の重要文化財に指定されていて、門の両脇には、広目天と多聞天が祀られているため二天門と言われています。ただし現在は修復中で見ることは出来ません。残念です。
6代家宣の霊廟は文昭院霊廟(ぶんしょういんれいびょう)。これもまた豪華な彫刻で飾られていたそうですが東京大空襲で焼失。家宣の墓所は1958年に発掘調査が行われた後に改葬。現在は増上寺安国殿裏の徳川家墓所に墓塔が建てられています。
駐車場の北側には、御成門が残されています。御成門は増上寺の裏門として建てられたものですが、将軍が参詣する際に使用されたので「御成門」と呼ばれるようになったそうです。初めは現在の御成門交差点のところにありましたが、明治25年に日比谷通りが建設されたので、現在地に移転。豪華絢爛な徳川廟の二天門にくらべると、質素に感じまたし管理も悪いのか崩れそうで、関東大震災や戦災をくぐりぬけた貴重な建築物ですので、もう少し大事に扱って欲しいと思います。地下鉄御成門の出口すぐ右になります。
浜松町駅から大門、三解脱門へ
三解脱門(重要文化財)元和7(1621)年の建築
境内
鋳抜門(旧文昭院霊廟奥院中門)
千躰子育地蔵尊
有章院霊廟二天門(重要文化財)享保2(1717)年の建築