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東京都新宿区  林芙美子記念館
(Hayashi Fumiko Memorial Hall, Shinjuku-ku, Tokyo Pref.)

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芙美子の思い入れ深い住宅建築
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June 16, 2017 野崎順次 movie


東京都新宿区中井2-20-1

この建物は『放浪記』『浮雲』などの代表作で知られる作家・林芙美子が、昭和16年(1941)8月から昭和26年(1951)6月28日にその生涯を閉じるまで住んでいた家です。
大正11年(1922)に上京して以来、多くの苦労をしてきた芙美子は、昭和5年(1930)に落合の地に移り住み、昭和14年(1939)12月にはこの土地を購入し、新居を建設しはじめました。
新居建設当時、建坪の制限があったため、芙美子名義の生活棟と、画家であった夫・緑敏名義のアトリエ棟をそれぞれ建て、その後すぐにつなぎ合わせました。
芙美子は新居の建設のため、建築について勉強をし、設計者や大工を連れて京都の民家を見学に行ったり、材木を見に行くなど、その思い入れは格別でした。このため、山口文象設計によるこの家は、数寄屋造りのこまやかさが感じられる京風の特色と、芙美子らしい民家風のおおらかさをあわせもち、落ち着きのある住まいになっています。芙美子は客間よりも茶の間や風呂や厠や台所に十二分に金をかけるように考え、そのこだわりはこの家のあちらこちらに見ることができます。
(新宿区立林芙美子記念館ウェブサイトより)

パンフレットと現地説明板

      

アプローチ、記念館入り口、正門

            

生活棟

                                                           

アトリエ棟

                       

アトリエは林芙美子資料の展示室である。

                           

展示棟

              



                           

裏山の道と家の展望

                     

新宿区観光パンフレット

          


Aug.2009 撮影/文:高橋明紀代

新宿区 中井 林芙美子記念館((財)新宿区生涯学習財団) 
設計 山口文象

「林芙美子記念館」は都内の山手線高田馬場駅から西武新宿線で中井駅で下車、徒歩約10分の地にある。
今年5月、森光子が主演し上演2000回で話題を呼んだ「放浪記」。
また、年配の方にはなつかしい東宝映画の成瀬巳喜男監督が映画化した「浮き雲」「めし」などの作者林芙美子が1941(昭和16)年ー1951(昭和26)年まで暮らしたのが、この家である。私は森光子の「放浪記」を観ていないし、作品も読んでいないので、作品へのコメントは控えたい。
しかし、以前尾道に行った際、神社や寺めぐりの時、林芙美子が通った尾道女学校(尾道東高校)や、港に建つ芙美子像、「放浪記」の記念碑を観る機会があった。
芙美子は上京後も尾道のことを ずっと大事にしていたことを知り、芙美子のことを改めて興味深く感じていた。
やがて、芙美子が晩年暮らした東京の家が記念館として保存されていることを知って、その時以来、ぜひ訪れたいと思っていた。
ことしの夏、念願かなって訪れてみると、ボランティアの親切な解説や資料も入手できて、期待以上の収穫であった。
芙美子はこの新居建設のため、建築について熱心に学び、設計者や大工を同行して、京都の民家の見学をし、材木を見に行くなど入念な準備をしたという。
訪問後、少し、山口文象について調べてみた。
彼は宮大工の家に生まれ、その後モダニズムの影響も受けたといわれる。
この家は落ちついた和風建築のよさで統一されている。
その上、細部にはモダンな雰囲気を漂わせていて、みごとな設計である。
それは、彼がそうしたキャリアの持ち主であったからだと分かった。
もっとも特徴的なのは、高台という地形を活かし、建物の中を、風が東西南北に通り抜けるつくりになっている点だ。
訪れたのが夏の夕暮れ近かったこともあるが、閑かなたたずまいの庭に、しばらく立っていると、この家の心地よさには、四方から風が吹き抜けていくこともあると感じた。
その上、芙美子は自分の執筆活動と家族(夫・緑敏、母キク、養子・泰)が暮らす日常生活がバランスよく保たれることを強く願った間取りになっている。
しかし、芙美子はこの新居を建て、ようやく落ちついた生活を送った期間は、36才から47才までのわずか約十年であった。
芙美子は苦労の末、母を引き取り、家族を持った。
その家族を養い、寝る間を惜しんで、執筆を続けた結果の過労死であったろう。
そんな想像をすると、胸に迫ってくるものがある。

森光子の「放浪記」は、みていないのですが、ことしの春、芙美子が主人公の、大竹しのぶ主演「太鼓たたいて」(井上やすし作・こまつ座)は観に行きました。
その時、舞台に林芙美子の自画像(小道具として原画を写真で作成したと思います)が架かっていて、芙美子が絵もうまかったことを知りました。
この記念館でその原画も観ることができました。
              




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