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東京都小金井市 小金井公園 江戸東京たてもの園
Edo Tokyo historical buildings park, Koganei Park ,Koganei city,Tokyo

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May 27, 2017 野崎順次 movie

今回は東ゾーンの下町中通り。個々の説明は本園ウェブサイトより抜粋引用した。

アプローチ、外国人の子供たちがたくさん来ていた。

          

下中町通りの案内図と遠景

     

E11 村上精華堂(むらかみせいかどう)
1928年(昭和3) 台東区池之端二丁目
台東区池之端の不忍通りに面して建っていた小間物屋(化粧品屋)です。
昭和前期には、化粧用のクリーム・椿油や香水等を作って、卸売りや小売りを行っていました。正面は人造石洗い出しで、イオニア式の柱を持ち、当時としてはとてもモダンな造りとなっています。

                           

E9 植村邸(うえむらてい)
1927年(昭和2) 中央区新富二丁目
建物の前面を銅版で覆ったその姿は、〈看板建築〉の特徴をよくあらわしています。
外観は、全体的に洋風にまとまっていますが、2階部分は和風のつくりとなっています。

                

E13 大和屋本店(乾物屋)(やまとやほんてん)
1928年(昭和3) 港区白金台4丁目
港区白金台に1928年(昭和3)に建てられた木造3階建ての商店です。3階の軒下を伝統的な〈出桁造り〉にする一方、間口に対して背が非常に高く、看板建築のようなプロポーションを持ったユニークな建物です。戦前の乾物屋の様子を再現しています。

                  

E10 丸二商店(荒物屋)(まるにしょうてん)
昭和初期 千代田区神田神保町三丁目
昭和初期に建てられた荒物屋です。小さい銅板片を巧みに組み合わせて模様をかたち作り、建物の正面を飾っているのが特徴です。
店内は昭和10年代の様子を再現しています。裏手には長屋も移築し、それとともに路地の様子も再現しています。

                                     

E7 花市生花店(はないちせいかてん)
1927年(昭和2) 千代田区神田淡路町一丁目
昭和初期に建てられた〈看板建築〉の花屋です。建物の前面は花屋らしくデザインされています。店内は昭和30年代の花屋を再現しています。

                        

E6 武居三省堂(文具店)(たけいさんしょうどう)
1927年(昭和2) 千代田区神田須田町一丁目
明治初期に創業した文具店です。当初は書道用品の卸をしていましたが、後に小売店に変わりました。建物は震災後に建てられた〈看板建築〉で前面がタイル貼りになっていて屋根の形にも特徴があります。

                

土蔵造りのうどん屋(店舗型休憩棟)

       

E14 万徳旅館(まんとくりょかん)
江戸時代末期〜明治時代初期 青梅市西分町
青梅市西分町の青梅街道沿いにあった旅館です。建物は創建当初に近い姿に、室内は旅館として営業していた1950年(昭和25)ころの様子を復元しています。

                      

E12 川野商店(和傘問屋)(かわのしょうてん)
1926年(大正15) 江戸川区南小岩八丁目
傘づくりが盛んであった江戸川区小岩に建てられた和傘問屋の建物です。内部は1930年(昭和5)ころの和傘問屋の店先の様子を再現しています。

                               

E2 小寺醤油店(こでらしょうゆてん)
1933年(昭和8) 港区白金五丁目
大正期から、現在の港区白金で営業していた店です。味噌や醤油、酒類を売っていました。
庇の下の腕木とその上の桁が特徴の〈出桁造り(だしげたづくり)〉がこの建物のみどころです。

                           

E3 居酒屋 鍵屋 (かぎや、旧武蔵野郷土館収集)
1856年(安政3) 台東区下谷二丁目
台東区下谷の言問通りにあった居酒屋です。震災・戦災をまぬがれた鍵屋は、1856年(安政3)に建てられたと伝えられています。建物と店内は1970年(昭和45)頃の姿に復元しています。

             

E5 仕立屋(したてや)
1879年(明治12) 文京区向丘一丁目
明治初期に現在の文京区向丘に建てられた〈出桁造り〉の町家です。 内部は大正期の仕立屋の仕事場を再現しています。

                   

E4 子宝湯(こだからゆ)
1929年(昭和4) 足立区千住元町
東京の銭湯を代表する建物です。神社仏閣を思わせる大型の唐破風(からはふ)や、玄関上の七福神の彫刻、脱衣所の折上格天井など贅(ぜい)をつくした造りとなっています。

        

男湯

                  

女湯

                  

帰りのバスから見た桜町遊歩道

     



January 28, 2017 野崎順次 movie

東京都小金井市桜町3-7-1(都立小金井公園内)
江戸東京たてもの園-その2
(Edo-Tokyo Open Air Architectural Museum, Koganei City, Tokyo Pref.)

アプローチ、小金井公園西口バス停から公園内を東へ

        

案内図、以下の説明は本園ウェブサイトの引用である。

 

西ゾーン

午砲
江戸時代の「時の鐘」に替わり、空砲により正午を通報しました。
使用年代:1871年(明治4)から1929年(昭和4)4月
旧所在地:千代田区(皇居内旧本丸跡)

        

デ・ラランデ邸
この住宅は、元は平屋建ての洋館でしたが、1910年(明治43)年ころ、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデにより3階建てとして大規模に増築されました。その後、何回か所有者が変わりましたが、1956年(昭和31)から、三島海雲氏がこの住宅に住んでいました。1999年(平成11)まで新宿区信濃町に建っていました。
[新宿区信濃町/1910年(明治43)ころ]

  

建物外部

               

内部1F

            

内部2F

                      

八王子千人同心組頭の家
八王子千人同心は、江戸時代、八王子に配備された徳川家の家臣団です。 拝領屋敷地の組頭の家は、周辺の農家と比べると広くありませんが、 式台付きの玄関などは、格式の高さを示しています。
[八王子市追分町/江戸時代後期]

       

建物外部

               

内部

                      

梅が咲いていた。

             

奄美の高倉(あまみのたかくら)[旧武蔵野郷土館収集]
奄美大島にあった高床式の倉庫です。湿気や鼠の害から穀物を守るために、建物本体を地面から高く上げています。このような高床式の建物は、東京都の八丈島などにも見られます。
[鹿児島県大島郡宇検村/江戸時代末期頃]

           

吉野家(農家)(よしのけ)[旧武蔵野郷土館収集]
江戸時代後期に建てられた民家です。吉野家は江戸時代に野崎村(現在の三鷹市野崎)の名主役を務めた家といわれ、式台付きの玄関や付け書院のある奥座敷に格式を見ることができます。
[三鷹市野崎二丁目/江戸時代後期]

              

内部

               

武蔵野の道を東へ

瀬戸岡1号墳
河原石を用いた地下式横穴の石室で墳丘はほとんど見られないことが特徴です。
年代:飛鳥時代(7世紀後半)
旧所在地:あきる野市瀬戸岡

    

井の頭弁財天道、多摩川台8号墳(旧9号墳・レプリカ)、方砂遺跡敷石住居址,御殿山遺跡敷石住居址

          

奉供養庚申塔
道教に由来する庚申信仰により建てられた石塔です。庚申講を3年18回続けた記念に建立する例が多くみられます。庚申信仰と三猿が結びつくのは17世紀後半以降といわれています。
年代:1700年(元禄13)

      

石枡
江戸時代の上水施設です。石枡には砂や泥の撤去、断水や水量調整等の機能がありました。隣接して、江戸時代上水施設の石樋も設置されています。
年代:江戸時代

      

寛永寺灯籠
将軍徳川家の菩提寺である寛永寺に、八代将軍徳川吉宗の没後、献上されたものです。
年代:1751年(寛延4)6月20日
旧所在地:台東区

    

宝篋印塔と五輪塔

     

高橋是清邸(たかはしこれきよてい)
明治から昭和のはじめにかけて日本の政治を担った高橋是清の住まいの主屋部分です。総栂普請(そうつがぶしん)で、洋間の床は寄木張りになっています。2階は是清の書斎や寝室として使われ、1936年(昭和11)の2・26事件の現場になりました。
[港区赤坂七丁目/1902年(明治35)]

 

建物外部

           

内部1F

                      

内部2F

                   

会水庵(かいすいあん)
山岸宗住(会水)が立てた茶室です。1957年(昭和32年)、劇作家の宇野信夫が買い取り、西荻窪に移築しました。 本畳三枚と台目畳一枚からなる三畳台目の小間の茶室です。
[杉並区西萩北五丁目/大正期頃]

          

西川家別邸(にしかわけべってい)
北多摩屈指の製糸会社を設立した実業家西川伊左衛門が隠居所及び接客用に建てたものです。多摩地域の養蚕・製糸業が最盛期をむかえた時期(大正期から昭和初期)に建てられ、 よく吟味された部材が使われています。
[昭島市中神町二丁目/1922年(大正11)]

           

内部

                  

庭園の一部

     

伊達家の門(だてけのもん)[旧武蔵野郷土館収集]
旧宇和島藩伊達家が大正時代に東京に建てた屋敷の表門です。〈起り屋根(むくりやね)〉の片番所を付けるなど、大名屋敷の門を再現したような形をしています。総欅(けやき)造りで、門柱の上に架けられた冠木(かぶき)には、宇和島藩伊達家の木彫りの家紋が施されています。
[港区白金二丁目/大正期]

                

皇居正門石橋飾電燈
石橋の欄干両側にある男柱石に計6基設置されていたもののひとつです。飾電灯の台座にあたる男柱石の部分は、展示にあたり復元したものです。
年代:明治20年代
旧所在地:千代田区千代田

       

万世橋交番(まんせいばしこうばん)
デザインや建築様式から明治時代のものと思われます。正式名称は須田町派出所。神田の万世橋のたもとにあり、移築の時にはトレーラーでそっくり運びました。
[千代田区神田須田町一丁目/明治後期(推定)]

        

上野消防署(旧下谷消防署)望楼上部
望楼は火の見櫓の近代版です。三脚四層式外廊型で、旧所在地では約23.6mの高さがありました。1970年(昭和45)まで使用されました。
建築年:1925年(大正14)
旧所在地:台東区上野5丁目

      

都電7500形
渋谷駅前を起終点とし、新橋・浜町中ノ橋・(神田)須田町まで走っていた車輌です。交通量の急激な増加にともない、都電は荒川線を除いて1972年(昭和47)から順次廃止されました。
製造年:1962年(昭和37)
所属営業所:青山営業所→柳島営業所→荒川営業所

         

天明家(農家)(てんみょうけ))[旧武蔵野郷土館収集]
江戸時代、鵜(う)ノ木村(現在の大田区内)で名主役を勤めた旧家です。正面に千鳥破風(ちどりはふ)をもつ主屋・長屋門・枯山水庭園などに高い格式がうかがえます。
[大田区鵜ノ木一丁目/江戸時代後期]

長屋門

                         

主家外部

                    

内部

                                

参考資料
江戸東京たてもの園パンフレット





Jan.12, 2015 松田浩志 movie

     

No.6〜No.19 デ・ラランデ邸
『この住宅は、元は平屋建ての洋館でしたが、1910年(明治43)年ころ、ドイツ人建築家ゲオルグ・デ・ラランデにより3階建てとして大規模に増築されました。
その後、何回か所有者が変わりましたが、1956年(昭和31)から、三島海雲氏がこの住宅に住んでいました。1999年(平成11)まで新宿区信濃町に建っていました。
[新宿区信濃町/1910年(明治43)ころ]』
              

No.20〜No.24 八王子千人同心組頭の家・八王寺の穀倉
『八王子千人同心は、江戸時代、八王子に配備された徳川家の家臣団です。 拝領屋敷地の組頭の家は、周辺の農家と比べると広くありませんが、
式台付きの玄関などは、格式の高さを示しています。
[八王子市追分町/江戸時代後期]』
     

No.25〜No.27 奄美の高倉[旧武蔵野郷土館収集]
『奄美大島にあった高床式の倉庫です。湿気や鼠の害から穀物を守るために、建物本体を地面から高く上げています。
このような高床式の建物は、東京都の八丈島などにも見られます。
[鹿児島県大島郡宇検村/江戸時代末期頃]』
   

No.28〜No.49 吉野家(農家)[旧武蔵野郷土館収集]
『江戸時代後期に建てられた民家です。吉野家は江戸時代に野崎村(現在の三鷹市野崎)の名主役を務めた家といわれ、
式台付きの玄関や付け書院のある奥座敷に格式を見ることができます。
[三鷹市野崎二丁目/江戸時代後期]』
                      

No.50〜No.63 綱島家(農家)
『多摩川をのぞむ台地上にあり、広間型の間取りを持つ茅葺きの民家です。広間をかこむ長方形断面の大黒柱や、押し板という古い形式の板などから、
建物の歴史が感じられます。
[世田谷区岡本三丁目/江戸時代中期]』
              

No.64〜No.119 三井八郎右衞門邸
『港区西麻布に1952年(昭和27)に建てられた邸宅です。
客間と食堂部分は、1897年(明治30)頃京都に建てられ、戦後港区に移築されたものです。また、蔵は1874年(明治7)の建築当初の土蔵に復元しました。
[港区西麻布三丁目/主屋:1952年(昭和27)土蔵:1874年(明治7)]』
                                                        

No.123〜No.127 小金井公園屋外展示
        

No.128, No.129 雅楽演奏(万徳旅館)・投扇興(高橋是清邸2階)
  






April 13,2014 松田浩志

都立小金井公園・江戸東京たてもの園

資料 「江戸東京たてもの園ホームページより転載」

No.1〜No.26 都立小金井公園
                          

No.27〜No.39 ビジターセンター(旧光華殿)
             

『1940年(昭和15)に皇居前広場で行われた紀元2600年記念式典のために仮設された式殿です。
1941年(昭和16)に小金井大緑地(現在の小金井公園)に移築されました。
江戸東京たてもの園の開園にあたり、ビジターセンターとして改修しました。
[千代田区千代田/1940年(昭和15)]』「江戸東京たてもの園ホームページより転載」

No.40〜No.44 午砲
      

 『江戸時代の「時の鐘」に替わり、空砲により正午を通報しました。
使用年代:1871年(明治4)から1929年(昭和4)4月
旧所在地:千代田区(皇居内旧本丸跡)』江戸東京たてもの園ホームページより転載

No.46〜No.91 田園調布の家(大川邸)
                                              

『1925年(大正14)郊外住宅地の一つである大田区田園調布に建てられた住宅です。
居間を中心に食堂・寝室・書斎が配置されています。また、当時としては珍しく全室洋間となっています。
[大田区田園調布四丁目/1925年(大正14)]』 江戸東京たてもの園ホームページより転載

No.92〜No.123 前川國男邸
                                

 『日本の近代建築の発展に貢献した建築家前川國男の自邸として、 品川区上大崎に1942年(昭和17)に建てられた住宅です。
戦時体制下、建築資材の入手が困難な時期に竣工しています。 外観は切妻屋根の和風、内部は吹き抜けの居間を中心に書斎・寝室を配した シンプルな間取りになっています。
[品川区上大崎三丁目/1942年(昭和17)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.124〜No.125 八王子千人同心組頭の家
  

 『八王八王子千人同心は、江戸時代、八王子に配備された徳川家の家臣団です。
拝領屋敷地の組頭の家は、周辺の農家と比べると広くありませんが、 式台付きの玄関などは、格式の高さを示しています。
[八王子市追分町/江戸時代後期]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.126〜No.151 旧自証院霊屋
                          

 『尾張藩主徳川光友の正室千代姫が、その母お振の方(三代将軍徳川家光の側室)を供養するために建立(こんりゅう)した霊屋です。
この建物は東京都の文化財指定を受けています。
[新宿区市ヶ谷富久町/1652年(慶安5)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.152〜No.154 寛永寺灯籠
   

 『将軍徳川家の菩提寺である寛永寺に、八代将軍徳川吉宗の没後、献上されたものです。
年代:1751年(寛延4)6月20日
旧所在地:台東区 』 江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.155〜No.198 高橋是清邸
                                             

 『明治から昭和のはじめにかけて日本の政治を担った高橋是清の住まいの主屋部分です。
総栂普請(そうつがぶしん)で、洋間の床は寄木張りになっています。2階は是清の書斎や寝室として使われ、
1936年(昭和11)の2・26事件の現場になりました。
[港区赤坂七丁目/1902年(明治35)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.200〜No.235 西川家別邸
                                    

 『北多摩屈指の製糸会社を設立した実業家西川伊左衛門が隠居所及び接客用に建てたものです。
多摩地域の養蚕・製糸業が最盛期をむかえた時期(大正期から昭和初期)に建てられ、 よく吟味された部材が使われています。
[昭島市中神町二丁目/1922年(大正11)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.236〜No.259 会水庵
                        

 『宗偏流の茶人、山岸宗住(会水)が立てた茶室です。
1957年(昭和32年)、劇作家の宇野信夫が買い取り、西荻窪に移築しました。
本畳三枚と台目畳一枚からなる三畳台目の小間の茶室です。
[杉並区西萩北五丁目/大正期頃]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

              

 No.274〜No.301 伊達家の門[旧武蔵野郷土館収集]
                            

 『旧宇和島藩伊達家が大正時代に東京に建てた屋敷の表門です。〈起り屋根(むくりやね)〉の片番所を付けるなど、
大名屋敷の門を再現したような形をしています。
総欅(けやき)造りで、門柱の上に架けられた冠木(かぶき)には、宇和島藩伊達家の木彫りの家紋が施されています。
[港区白金二丁目/大正期]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.302〜No.306 皇居正門石橋飾電燈
      

 『石橋の欄干両側にある男柱石に計6基設置されていたもののひとつです。
飾電灯の台座にあたる男柱石の部分は、展示にあたり復元したものです。
年代:明治20年代 旧所在地:千代田区千代田 』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.308〜No.312 万世橋交番
     

『デザインや建築様式から明治時代のものと思われます。
正式名称は須田町派出所。神田の万世橋のたもとにあり、移築の時にはトレーラーでそっくり運びました。
[千代田区神田須田町一丁目/明治後期(推定)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.313〜No.322上野消防署(旧下谷消防署)望楼上部
          

 『望楼は火の見櫓の近代版です。三脚四層式外廊型で、旧所在地では約23.6mの高さがありました。
1970年(昭和45)まで使用されました。 建築年:1925年(大正14)
旧所在地:台東区上野5丁目 上野消防署(旧下谷消防署)望楼上部 』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.323〜No.341 都電7500形
                    

 『渋谷駅前を起終点とし、新橋・浜町中ノ橋・(神田)須田町まで走っていた車輌です。
交通量の急激な増加にともない、都電は荒川線を除いて1972年(昭和47)から順次廃止されました。
製造年:1962年(昭和37)』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.343〜No.351 村上精華堂
         

 『台東区池之端の不忍通りに面して建っていた小間物屋(化粧品屋)です。
昭和前期には、化粧用のクリーム・椿油や香水等を作って、卸売りや小売りを行っていました。正面は人造石洗い出しで、イオニア式の柱を持ち、当時としてはとてもモダンな造りとなっています。
[台東区池之端二丁目/1928年(昭和3)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.352〜No.356 植村邸
     

 『建物の前面を銅版で覆ったその姿は、〈看板建築〉の特徴をよくあらわしています。
外観は、全体的に洋風にまとまっていますが、2階部分は和風のつくりとなっています。
[中央区新富二丁目/1927年(昭和2)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.357〜No.363 丸二商店(荒物屋)
       

 『昭和初期に建てられた荒物屋です。小さい銅板片を巧みに組み合わせて模様をかたち作り、建物の正面を飾っているのが特徴です。
店内は昭和10年代の様子を再現しています。裏手には長屋も移築し、それとともに路地の様子も再現しています。
[千代田区神田神保町三丁目/昭和初期]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.364〜No.365 大和屋本店(乾物屋)
  

  

 『港区白金台に1928年(昭和3)に建てられた木造3階建ての商店です。3階の軒下を伝統的な〈出桁造り〉にする一方、
間口に対して背が非常に高く、看板建築のようなプロポーションを持ったユニークな建物です。戦前の乾物屋の様子を再現しています。
[港区白金台4丁目/1928年(昭和3)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.368〜No.371 川野商店(和傘問屋)
    

 『傘づくりが盛んであった江戸川区小岩に建てられた和傘問屋の建物です。内部は1930年(昭和5)ころの和傘問屋の店先の様子を再現しています。
[江戸川区南小岩八丁目/1926年(大正15)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.372〜No.376 小寺醤油店
     

 『大正期から、現在の港区白金で営業していた店です。味噌や醤油、酒類を売っていました。
庇の下の腕木とその上の桁が特徴の〈出桁造り(だしげたづくり)〉がこの建物のみどころです。
[港区白金五丁目/1933年(昭和8)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.377〜No.378 万徳旅館
  

 『青梅市西分町の青梅街道沿いにあった旅館です。建物は創建当初に近い姿に、室内は旅館として営業していた1950年(昭和25)ころの様子を復元しています。
[青梅市西分町/江戸時代末期〜明治時代初期]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.379〜No.385 仕立屋 
       

『明治初期に現在の文京区向丘に建てられた〈出桁造り〉の町家です。 内部は大正期の仕立屋の仕事場を再現しています。
[文京区向丘一丁目/1879年(明治12)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.386〜No.388 鍵屋(居酒屋)
   

 『台東区下谷の言問通りにあった居酒屋です。
震災・戦災をまぬがれた鍵屋は、1856年(安政3)に建てられたと伝えられています。
建物と店内は1970年(昭和45)頃の姿に復元しています。』江戸東京たてもの園ホームページより転載
[台東区下谷二丁目/1856年(安政3)]

 No.389〜No.401 子宝湯
             

 

 『東京の銭湯を代表する建物です。神社仏閣を思わせる大型の唐破風(からはふ)や、
玄関上の七福神の彫刻、脱衣所の折上格天井など贅(ぜい)をつくした造りとなっています。
[足立区千住元町/1929年(昭和4)]』江戸東京たてもの園ホームページより転載

 No.403〜No.422 天明家(農家)(てんみょうけ)[旧武蔵野郷土館収集]
                    

 『江戸時代、鵜(う)ノ木村(現在の大田区内)で名主役を勤めた旧家です。
正面に千鳥破風(ちどりはふ)をもつ主屋・長屋門・枯山水庭園などに高い格式がうかがえます。
[大田区鵜ノ木一丁目/江戸時代後期]』江戸東京たてもの園ホームページより転載





Dec.2012 野崎順次 HD video

東京都小金井市桜町3−7−1 都立小金井公園内
江戸東京たてもの園−その1
(Edo Tokyo Open Air Architectural Museum ? Part One、Koganei City, Tokyo Pref.)

撮影日: 2012年12月13日

パンフレットとアプローチ

              

   

C1 旧光華殿(現ビジターセンター) 昭和十五年(1940)
紀元2600年記念式典の仮設式殿

       

C2 都有文 旧自証院霊屋 江戸初期 慶安五年(1652)
禅様式と和様式の折衷。

                             

宝篋印塔、五輪塔 江戸

           

W1 常盤台写真場 昭和十二年(1937)
設計者不詳。

                        

古い都バス?

 

W6 前川國男邸 昭和十七年(1942)
設計: 前川國男建築事務所

                           

W7 田園調布の家(大川邸) 大正十四年(1925)
全室洋間で間取りは居間中心型

                                          

W9 小出邸 大正十四年(1925)
建築家堀口捨己の処女作

                                         

参考資料
江戸東京たてもの園小冊子
現地説明板





Mar.2008 撮影:高橋久美子

Apr.2004 瀧山幸伸
No.1 Preview video 500Kbps Hi vision
No.2 Preview video 500Kbps Hi vision

            

  

高橋是清邸
Takahashi Korekiyo residence

                              


天明家


                 

万世橋交番
    

都電
    


村上精華堂
        

植村邸
    

武居三省堂
  
花市生花店
 
丸二商店
  


                     
     

川野商店
         

小寺醤油店
      






仕立屋
       


鍵屋
      

    

子宝湯
                                  

大川邸
        

前川邸
     

小出邸
  


三井邸
                                                          

八王子千人同心組頭の家
              

綱島家

      
      
        

吉野家
                       

奄美の高倉
    

八王子の穀倉
  

常盤台写真場
  



  

 

  

  

  

  
 

旧自証院霊屋
     

 

伊達家の門
   

  

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