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上野 アメヤ横町
(Ameya Street, Taitoku, Tokyo)

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July 2010 野崎順次

東京都台東区上野

撮影日: 2010年7月

アメ横商店街の成り立ちは、第二次世界大戦終戦後、廃嘘と化した東京の中で、人々の移動や物流の拠点であった上野駅を中心に発生した闇市が発端であります。
当時、闇市は新宿、渋谷、池袋など現在のターミナル駅周辺にも発生しましたが、現在まで進化しひとつの商店街として存在しているのは唯一「アメ横商店街」ただひとつです。
敗戦後の闇市時代の東京は白いご飯一杯でさえ満足に食べることができない食糧難でした。当時戦勝国アメリカを主導とするGHQの占領下で食糧は配給で着る物も満足なものがありませんでした。
その中、上野の闇市ではアメリカ軍からの横流し晶、例えば貴重な砂糖や払い下げのパンツ、衣類などが流通するようになりました。
そこから「アメ横」と呼ばれるようになったらしいです。
また、GHQの払い下げのパンツ「Gパン」「へイヘイへイ!」というのもこの時代のアメ横で生まれた名詞のひとつであります。
一方で、当時統制下にあった貴重な砂糖を使用した飴を中心に商いをしていた人々が軒をつらねていたところから「アメ横」と呼ばれるようになったとも言われています。
今、皆さんが口にしている輸入チョコレートや飴、ナッツなど輸入元が上野に多くあるのもその流れひとつであります。
戦後復興の中、道路拡張をはじめとするインフラ整備の必要性でバラバラであったそれぞれの個店がまとまって協力し現在のアメ横商店街へと発展してきました。
昭和56年にアメ横は大火災に見舞われ、その跡地にアメ横センタービルが建設されました。
当時は現在のショッピングモールの先駆けというようなアメ横を象徴するシンボル的存在であり、日本全国よりお客様が訪れて大変賑わいました。
アメ横は、年末のお正月商材の買出し風景(1日約50万人前後)でおなじみですが、普段の平日でも10数万人の人出があります。
大型連休などは年末に迫る程の人出の場合もあります。
(上野アメ横 公式ホームページ)

                                                             


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