JAPAN GEOGRAPHIC Mar 2004 瀧山幸伸  source movie 東京都台東区 上野谷中界隈

写真と解説

根津の裏通り、旧根津愛染町付近根津の裏通り、旧根津愛染町付近
 通過交通が無いので安心して歩ける。至る所に植木鉢の緑があり、木造民家の渋めの外壁に良いアクセントを与えている。滝野川、駒込からこの付近を経由して不忍池まで藍染川が流れていたが今は暗渠だ。蛇行しているので蛇道とも呼ばれている。漱石の三四郎と美弥子が腰を下ろしていた藍染川は、二人が始めて手と手を触れ合わせた場所だ。暗渠では水面も見えず、全く潤いが感じられないのは残念だ。東京で復元して欲しいものは昔の川だ。街に潤いを復活させるために、このような暗渠は地上に出そう。逆に日本橋の上を走る首都高は地下に入れよう。百年単位で考えて、どうせ実行するならば早く実行したほうが良い。東京の小川も日本橋もかつての姿を蘇らせてほしいものだ。
  
 

三浦坂 
 坂の途中にある店舗は猫関連の店だ。谷中には猫がたくさんいる。和風の街並にはなぜか猫が良く似合う。洋風の街並にはやはり毛並みの良い洋犬が似合う。猫の悠長なリズム感が谷中の人々に和みを与えるのであろう。「なごみ=和」かもしれない。和風の家の隙間、いわゆる「間」が猫にとっても人間にとっても都合が良いのであろう。猫は快適な「場」を知っている。季節や時間の移ろいと共に変わる陽だまり、車の喧騒を離れた庭、日当たりと景色の良い屋根。猫が快適に暮らせる街づくりを目指せば人も快適に暮らせそうだ。快適さについて猫にインタビューするわけにはいかないが。
  
  

蓮華寺付近 
 この付近に来るとほっとする。各方面から道路が集まっており、「気」が満ちている。しかも車がほとんど通らず静かだ。車が来ないので緊張感が取れ非常に落ち着く。中心部には針葉樹の大木が聳え、ランドマークとなっている。この木の下に立ってみよう。四季折々どの季節でも、目には周囲360度の美しい景観が、耳には鳥の声が、鼻には花の香りがすばらしい。
 蓮華寺は花が美しい寺だ。夏には蓮華にちなみハスが美しい。天国の曼荼羅を感じる。さらに山門の朱が美しい。「和」の色は、木造部分と墨の黒、大陸からの朱、漆喰の白のコントラストが重要だと思う。それぞれの色が「鼠色」が百種類以上あるように陽の変化に伴い微妙に変化するからすばらしい。日本人の色彩感覚は着物の色に顕著に現れている。最近は着物が着られなくなったのでますます「和風」の感覚が忘れられて行く。
 妙行寺の山門と本堂の屋根が作るスカイラインがすばらしい。ちょうど良い低い仰角で圧迫感が無く、屋根の曲線が柔らか味を演出している。
 大木の下から北側に向かう生垣道は秀逸だ。道幅と生垣の高さが調和し、季節にはさらに花が咲き誇る。このような生垣道が東京の至る所に欲しい。道を少し蛇行させればシーケンス(景観の連続)に「揺らぎ」が生じ、さらに良い散策路になるだろう。「ゆらぎ」は自然のなせる業、和の重要な要素ではなかろうか。
  
  
  
  
  

大名時計博物館
 

あかじ坂
 谷中にしては別格に広い道幅で明るい坂だ。 この崖上一帯が明治から昭和の初めにかけての株式相場師渡辺治右衛門の屋敷であった。金融恐慌で破産し、当時の町の人々が付けた皮肉な名前が「赤字坂」である。坂上から見下ろすと、右側手前の木造建築が美しいランドマークとなっている。さらにそこから坂下へと続く植栽と石垣のシーケンス(連続景観)が美しい。
  

谷中二丁目付近
  

さんさき坂
  
 

さんさき坂から築地塀への道 
 この道も通過交通が少なく静かな空間だ。突き当たりの山門の朱がアイポイントとなり印象的だ。手前の松がさらにアクセントを添えている。山門の赤、松の緑、山門屋根の黒と、色のコントラストが美しい。
  
  
  観音寺築地塀
 赤穂浪士ゆかりの寺。築地塀は台東区のまちかど景観コンクールで「まちかど 賞」を受賞した。塀は垂直ではなく斜めに傾斜がついているので道行く人への圧迫感が少ない。塀の屋根瓦と、それ越しに見える寺院内建築の屋根が同じ素材、同じ 様式であり、複数の甍の波が見事に調和している。道の反対側から眺めると、手前の塀の瓦から始まり、徐々に建築物の高い屋根が現れる、風景絵巻のような見事な スカイラインである。湯島聖堂にも築地塀はあるが、人の背丈の倍以上もあり、比較すると印象が大きく異なる。一方、土塀については、萩や長府に良い事例が見ら れる。
  
  参考:萩の土塀
 

谷中学校
 平成元年にできたコミュニティの拠点だ。それ以前より谷根千工房をはじめ、この地域の町を考えるグループが集まり、東京芸大建築科の前野研究室を事務局に「谷中・根津・千駄木の親しまれる環境調査」が行われた。この調査に加わった大学院生が谷中の建物や街並への提案をまとめ、展示会やシンポジウムを開いたことを契機に、谷中の生活文化を大切にしたいと考える地元有志と調査に加わった若手が協働する形で「谷中学校」が結成された。その後、谷中芸工展、町歩き案内、ワークショップ、シンポジウムなどの各種イべント、案内マップの作成販売、市街地の調査や計画提案、建物づくりや保存・再生のコーディネート、ときには町のブレインとしての活動など、多岐に渡り積極的に活動している。
 

御殿坂への尾根道
  
  竹の演出効果
 竹は、和を演出するには最高の素材の一つであろう。植栽としての竹は秀逸だ。葉が風にそよぐ音、全体が風にあおられて自然の「揺らぎ」を作る情景、常緑の葉、幹の色、繊細な細めの幹、全てにおいて目と耳を喜ばせる。ニューヨークの旧IBMビルは、プラザエントランスに大きな竹藪を作り市民に開放し、大センセーションを巻き起こした。竹は西洋には無く印象が繊細なので、新鮮さと芸術性を感じるそうだ。
 最近は和風のマンションを多く見かける。玄関付近に竹を植え、外観は濃鼠の建物が多い。和風のマンションは人工感を和らげ、帰宅する人や訪問客の心を和ませるのではあるまいか。もちろん近隣の街並にも調和する。さらに夜は和風の薄明かり照明が情緒を演出する。水銀灯や輝度の高い照明は目にも心にも痛い。電球色の蛍光灯で代用する試みもあるが、スペクトルが足りないので白色電球の柔らかさには遠く及ばない。
 
 

朝倉彫塑館
 外壁の色と建築意匠は施主が谷中の街並を意識してのものであろう。近代現代芸術も和と対峙するものではなく、屋外の彫刻も町にアクセントを添えている。美しい街並を形成するためには施主一人一人の美意識とコミュニティの暗黙の合意が必要なのかもしれない。「不動産は自分の権利だから何をやっても自由」という論理は古来の日本には存在しなかったであろうし、谷中のような古風で濃いコミュニティの街には今でも存在しないだろう。この街がマンション開発に神経質になっているのは、その点で確執があったからであろう。日本人は私権、特に不動産の権利を濫用していると常々感じる。一見身勝手と思われがちなアメリカでもそのような論理は通用しない。看板の新設や改造でさえ審議会にかけられる。街並にそぐわないことは近所の人も猛烈に抗議する。自邸の芝生の管理、道路の落ち葉や積雪の管理を怠ると市民として受け入れられない。企業進出や企業による開発には従業員も含め企業市民としての社会貢献を求められる。日本でも小学校でエコロジーやリサイクルなどの環境問題を教えるなど、公益性の認識は高まりつつある。
  
 

彫塑館付近の家屋
  

経王寺付近 
  
 

ゆうやけだんだんと谷中ぎんざ
 ここから見る夕焼けが名物である。景色だけを比較すれば、北の富士見坂や道灌山公園からの景色が素晴らしいが。階段があるために車が通れない。この常時歩行者天国の街並が道行く人々に大きな安心感を与えている。階段上の落ち着いた街並と階段下の活気ある商店街のコントラストが楽しい。ローマのスペイン坂のように、若者がこの階段に座って愛を語らう日が訪れるかもしれない。代官山でも和のショップが人気だがなんとなく街になじまない。芸術や和に敏感な若者はこの周辺に集うようになるかもしれない。有名なロケ地となり、東京のトレンディスポットが誕生するわけだ。階段上には街並に調和した飲食店などが並んでほしい。日暮里駅から歩いても1,2分、昼夜共に楽しい時間を過ごすスポットになるはずだ。ハンバーガーやコーヒーのチェーン店が進出する際には外観だけでなくメニューやユニフォームまで街並に調和するものにして欲しい。
  
  
 

羽二重団子周辺 
 王子街道と芋坂の辻にある老舗の創業は文化文政時代に遡る。店の外観はやはり小竹で和風に演出されている。建物内部の席は中庭に面しており、庭の形式は山水式である。ここでも竹が緑陰を提供している。葉が風にそよぎ陽がそこから洩れて美しい。ガラス張りなので葉擦れの音が聞こえないのは残念だが。店の調度も当然に和風であり落ち着く。テイクアウトのカウンターが騒がしいのは悲しいが。入口付近に江戸時代の店舗図や時代物の調度品、事務用品が展示されている。一つ一つに当時の人々の息吹が感じられて面白い。
 これに感化されてフィーチャリングショップを空想してみた。実現は不可能だろうが。創業当時を再現した「羽二重団子江戸オリジナル店」が別にあれば面白いだろう。当然空調は無いから、夏の暑さや冬の寒さを体現できる。街道の茶店だから、徒歩が必須条件。上野から茶店までの道中手形、いわゆるタイムスタンプがなければ入れないし買えない。車で行くことは原則禁止とするが、ペナルティ料金を払えば買える。そのような「苦労して調達した貴重品」を包んでもらえば、訪問客にとっても主人にとっても価値があろう。さらに笠森お仙のような看板娘が欲しい。お仙は天王寺(現谷中霊園)にあった水茶屋鍵屋の売れっ子娘。江戸中の人が見物に来た、今で言うスーパーアイドルだろう。鈴木晴信の浮世絵に登場するような粋な着物を着て欲しい。
  
  
  
  
  
  

中村不折旧宅、子規庵
  
  
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