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上野・谷中・根津・千駄木
Ueno Yanaka Sendagi, historic district in Tokyo

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 General
 
都会にありながら江戸から現代までの時代毎の良いものを保存活用しながら生活している街
 Nature
 
緑を大切にしている
 Water
 
井戸水の活用
 Flower
 
狭い住居に良く映える
 Culture
 
寺院、美術館から民家まで多数の施設がある。1日では回りきれない。
 Facility
 
道案内やトイレはかろうじて及第
 Food
 
隠れた老舗多数

地図(根津谷中千駄木) Map nezu yanaka
地図(千駄木駒込) Map sendagi komagome
古地図(根岸谷中) Edo map negishi yanaka
古地図(谷中小石川) Edo map yanaka koishikawa
古地図(小石川) Edo map koishikawa



Mar.19,2017 谷中界隈
Yanaka

Mar.21,2016 谷中界隈
Yanaka

Jan.2015 谷中界隈
Yanaka

Apr.2007 谷中霊園
Yanaka reien

Apr.2007 千駄木
Sendagi

Apr.2004 日本の街並調査と谷中根津千駄木
Yanaka,Nezu,Sendagi

Mar 2004 谷中根津1 Yanaka-nezu

Mar 2004, Apr 2004 谷中根津2 Yanaka-nezu

Mar 2004, Apr 2004 谷中 竹細工 翠屋 Banboo craft shop Midoriya

Mar 2004 谷中の桜 Sakura around Yanaka Preview video 500Kbps High Vision

July 2003 谷中千駄木1 yanaka-sendagi-01

July 2003 谷中千駄木2 yanaka-sendagi-02

July 2003 鶯谷寛永寺 uguisudani-kaneiji-01

July 2003 寛永寺桜木根津 kaneiji-sakuragi-nezu-01

May 2003 上野から谷中1 ueno-yanaka-01

May 2003 上野から谷中2 ueno-yanaka-02

May 2003 上野から谷中3 ueno-yanaka-03

May 2003 上野から谷中4 ueno-yanaka-04



概観

2014 瀧山幸伸

 谷中には約70もの寺が集まっているが、ほとんどは明暦の大火(1657,振袖火事)後に移転してきたものである。 この大火はそれまでの江戸の町人町を全くと言って良いほど変えてしまい、そのまま現在の東京の原型となっている。寺町としては当然ながら全体的に和風の情緒があるが、京都のように貴族が創った町ではないので雅やかさには欠ける。明暦大火以前の素朴な田舎っぽさを残しつつ次第に形成された江戸郊外の寺町だった。その街並は明治以後の近代化により破壊されることもなかった。上野の芸術愛好家に関連した「文化がわかる見識人」にも支えられ、古い街並が保存され、西洋アトリエ風住居や美術館も街並に調和してきた。その延長として海外からの若者が日本文化を実体験する目的で訪れたり暮らしたりしている。近年マンション開発において地元との軋轢を生じたことは非常に残念である。
 この地域の環境を、地形と水文、動植物、交通、地域社会について概括しておこう。街並などの文化については後述する。
 現在の街並は二つに大別される。尾根筋及び尾根下の寺と大型住宅の街並と、谷筋の横丁及び横丁からさらに入った路地裏の密集住宅や商店の古い家並みとである。それらが対峙せず連綿と混在し調和しているところがすばらしい。両者とも基調の「和風」が保たれているからであろう。
 この地域には井戸や湧き水が多い。寺の井戸、生活用の井戸、馬に飲ませていた井戸など数多い。湧き水は尾根下の崖線に沿って見られる。谷筋の藍染川が暗渠になったのは残念だ。水景と水のサウンドスケープについても特色のある地域だ。本郷菊坂などと同様、古い井戸が今でも利用されており、寺社の手水舎が至るところにある。景観のみならず音としても和風の印象が醸し出されている。水の音や風鈴などの風の音は貴重な癒しであるが、自動車社会と冷暖房に慣れた現代人には疎遠になってしまった。水を谷中以上に大切にしているのは、郡上八幡や島原など、水が車以上に生活に密着しており、地域社会が積極的に自動車を排除した街並である。都会人が田舎の温泉場で安らぎを覚えるのは、水音も重要な要因であろう。それは胎内羊水に浮かんでいた当時の原体験に起因しているのかもしれない。その後の水に関する体験が水の音を好んだり嫌ったりすることとなるのは致し方ないが。
 谷中界隈では至る所に猫が姿をみせる。路地や軒下といった猫の住みやすい環境が多く残っているからであろう。野良猫にもやさしい、人情に厚い人が多いのだろう。猫が猫好きの人を媒介し、猫好きが伝染するのであろうか、招き猫関連のギャラリーや雑貨店などが目立つ。
 この地域の台地部分の潜在植生にアカマツがあげられるが、大気汚染に弱く江戸時代後期には既にその数が減少していた。現植生は、寺町と尾根伝いの常緑照葉樹の喬木及び寺内の花木で代表される。路地では、その狭い物理空間ゆえに植木鉢などで緑の小宇宙を楽しむ工夫がなされている。通過交通が少ないので自敷地の権利関係でもめることも少なく、長屋的コミュニティが保たれているからであろう。
 このコミュニティの原型については、約50年前のRPドーアの名著「都市の日本人」が参考になる。当時のライフスタイルやコミュニティと現代都市のそれと、どこがどう変わったかを比較することは意義深い。核家族化とマンションライフスタイルで育った若者は、ドーアが記録した町を日本だとは思わないだろう。30年ぶりに読み直してみたが、当時それほど違和感が無かった記述が、今では別世界のことのようで大変驚いた。谷中根津千駄木のコミュニティに密着して活動している森まゆみさんを地元の人は高く評価している。マスコミ嫌い、よそ者嫌いの人が多いが、森まゆみさんの話題で盛り上がると取材がスムーズに進むことが多かった。当方もコミュニティの仲間とみなしてもらえたのだろう。その土地の歴史と文化と社会を知ることは転居者や開発事業者には非常に重要ではなかろうか。

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