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和歌山県高野町 高野山全般
Koyasan,Koya town,Wakayama


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伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺奥院経蔵 重文 近世以前/寺院 桃山 慶長4(1599) 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、檜皮葺、八角輪蔵付 19220413
伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺山王院本殿 丹生明神社 重文 近世以前/神社 室町後期 大永2(1522)頃 一間社春日造、檜皮葺 鳥居及び透塀 19650529
伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺山王院本殿 高野明神社 重文 近世以前/神社 室町後期 大永2(1522) 一間社春日造、檜皮葺 19650529
伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺山王院本殿 総社 重文 近世以前/神社 室町後期 大永2(1522) 三間社流見世棚造、檜皮葺 19650529
伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺大門 重文 近世以前/寺院 江戸中期 宝永2(1705) 五間三戸二階二重門、入母屋造、瓦棒銅板葺 棟札1枚 19650529
伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺徳川家霊台 家康霊屋 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永18(1641) 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、銅瓦葺 厨子1基 19260419
伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺徳川家霊台 秀忠霊屋 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永10(1633) 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、銅瓦葺 厨子1基 19260419
伊都郡高野町高野山132 金剛峯寺不動堂 国宝 近世以前/寺院 鎌倉後期 鎌倉後期 桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、右側面一間通り庇、左側面一間通り三間庇、すがる破風造、向拝一間、檜皮葺 18990405 19520329


Aug.26,2016 瀧山幸伸
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金剛峯寺大門
Kongobuji Daimon
    


金剛峯寺
Kongobuji
                  

壇上伽藍
Danjo Garan
                                                                   

    


Dec.2015 中山辰夫

撮影:May 2015

高野山町石道(ちょういしみち)
和歌山県伊都郡九度山町

今回巡る一帯は世界遺産指定で町石道も含まれる。国史跡にも指定されている。町石は109m間隔に建てられ、花崗岩で出来ている。
歩くコースは高野山町石短縮コースで、約13qを4時間で歩けると案内にある。今回は古沢駅→九度山駅へと逆に歩いた。
以外と急な個所もあり、6月中旬の気温とも重なっていささかバテ気味で、慈尊院への到着が遅れ秘仏にお目に掛かれなかった。

【コース】
上古沢駅〜古峠〜二つ鳥居〜丹生都比売神社〜六本杉〜雨匹山分岐〜慈尊院〜丹生官省符神社〜九度山駅

聖地高野山への裏参道である高野山町石道は、弘法大師空海が高野山を開山して以来、信仰の道とされてきた。
その道標として建てられたのが町石で、高さ3mを超す五輪塔形の石柱。根本大塔を起点として慈尊院まで180基、弘法大師御廟まで36基建てられている。
その8割以上が鎌倉時代に建立されたもので、今なお昔の面影が残る。新しいのは大正の初めに建てられたもの。
かつては町石一つ一つに礼拝してのぼったといわれる町石道だが、現在は道も整備され、180基の町石を数えながらハイキング気分で歩けるコースとなっている。
  

1−上古沢駅〜古峠 約3.5q
上古沢駅周辺
南海高野線九度山駅から三つ目の駅である。電車の乗客は高野山へ直行で、誰ひとり下車しない。大変な高台にある駅。
    

コース確認、集落を過ぎると柿畑が広がる。その間を歩く。上古沢駅前周辺は日本有数の富有柿の産地である。前方に見える高い山を越えねばならない。
   

途中に出合った遍路道の案内。裏高野山がよく見える。コースの道案内板にはが距離が書かれていない。
    

植林帯が続く。約1時間歩いて古峠に着く。 ここまでの登り坂はキツカッタ。
ここで124基目の町石(鎌倉中期)に出合う。 
    

120町石が現れる。
  

2−古 峠〜二つ鳥居 約1.0q 
かつらぎ町天野。天野の里は四方を山に囲まれた標高約500メートルの盆地で、かつては高野山の表参道であった。四方を山に抱かれたのどかで美しい山里。
  

二つ鳥居
高さが5mもある。木製の鳥居から江戸時代に石造になった。1124(元治元)年には建っていた資料が残る。
    

鳥居の出口に120町石(鎌倉後期)が建つ。
 

3−二つ鳥居→丹生都比売神社 約1km
脇道に入る。院の墓、有王丸の墓に参りながら進む。 
    
丹生都比売神社
    
丹生とは丹(丹砂)の生ずるところを意味し、丹砂の採掘を掌る丹生氏によって祀られていたとされる
天野社・天野神社とも称され、高野山一山の地主神である。日本書記にも名が残る。元寇に際しては託宣があり、祈祷の功によって幕府より神領の寄進があった。しかし、明治の神仏分離令で高野山の手を離れてからは厳しい時代を迎えた。
楼門と本殿は室町時代の建築で、国の重要文化財に指定されている。特に本殿は、一間社春日造りでは日本最大とされる。

境内にある石造五輪卒塔婆群 県指定文化財
      
明治維新後の神仏分離まで、丹生都比売神社境内の別の場所にあった、鎌倉時代から南北朝時代にかけて修験者(山伏)が建立した五輪卒塔婆4基と他

4−丹生都比売神社→六本杉 約2q
   

昔、六本杉−このあたりには見事な杉並木があったとされる。板碑が建つ。136町石は見落とす。
      
 
  石段道を下ると137町石〜138町石。これらは大正の初めに建てられた。 この後町石が次々と現れる。暫くは追ってみる。
    
五輪塔は高野山が発祥の地とされる。五輪の形の町石の正面には諸仏を表す梵字と寄進者名、左右の側面には氏名、寄進の年月が陰刻されている。

138町石(欠)〜139町石 138町石 この辺りの道は山腹を掘りこんである
   

140町石〜141町石 町石の材質は花崗岩である
    

142町石 (1913・大正2年)
    
町石は、約高さ3m、幅30cm、750kgもある大きな石で、瀬戸内海から紀ノ川を経て慈尊院から運び上げられたといわれる。

143町石 
  

一里石と144町石 二本並んで立つ。手前が一里石である 
   
一里石は、一里(4q)毎に13基建てられた。すべて現存している。

145町石(鎌倉中期)・146町石・147町石
     
道は平坦、スギ林が続く

弘法大師像 お花はドクダミ 多く見かける
  

148町石・149町石−新旧日本並び建つ・150町石 
      

151町石〜153町石はパスする。かなり上のほうに建つ。

154町石(1913・大正2年)と稲荷 154町石の手前にお稲荷さんの祠がある。
   

銭壺石
  

157町石 (鎌倉中期)
          
かつらぎ方面の眺めがいい。

158町石・159町石
   

160町石〜161町石はパス

162町石〜163町石と周辺
         
景色が最も美しく、紀ノ川の流れや泉山脈が見える。

町石164〜町石178
                              
 雨引山展望台は時間の都合でパス。見晴らしは良好とされる。勝利寺もパスする。

目標地点に近づき、再度コースを確認する。残る町石は179・180町石である。
 

町石179と丹生官符神社
          
179基目の町石、丹生官符神社に入る口に建つ。
高野山の地主神である丹生明神と、その子で弘法大師を山へ案内したという狩場明神が祀られている。杉木立の中に朱塗りの太鼓橋、楼門、本殿が映える。

180町石と慈尊院
      
町石道のスタート。ここを起点に、高野山の壇上伽藍までの約22kmの間、109m毎に180基建つ。
180基目は丹生官符神社鳥居から慈尊院へおりる石段道脇に建つ。
慈尊院は高野山を開く際、一山の庶務を行う政所であった。弘法大師の母が子を慕ってここに住んだ。没後、女人霊場として有名になった。
弘法大師が慈尊院を創建する際、その鎮守として丹生・高野明神を祀ったのが始まり。社殿は春日造りの壮麗な佇まいである。
   
真田庵 県指定史跡
    
真田庵は正しくは、善名称院(ぜんみょうしょういん)といい、戦国時代最後の武将、真田昌幸・幸村父子隠棲の屋敷跡。
関ヶ原の合戦で西軍につき、徳川家康を散々に苦しめた父子は、戦後この地に蟄居を命じられている。その後の経緯はNHK大河ドラマでお楽しみ下さい。
六文銭の紋が刻まれた門をくぐると、八つ棟造りの重厚な三層城閣風の本堂が建ち、軒の瓦には菊花の紋章が入っている。

九度山駅
高野山への通り道である。
高野山の開祖である弘法大師空海の母が暮らしていたという慈尊院があり、空海は月に9度母に会いに来ていたことから九度山の地名が付いたと伝わる。真田之村と所縁の地として知られる。
   


Mar.25,2015 川村由幸

                                                        



June 9,2013 大野木康夫 HD video

高野山はもう何回目かわからないくらい訪れていますが、有田川から北上して大門前に行くルートは初めてです。

大門(重要文化財)
宝永2(1705)年の建築
五間三戸二階二重門、入母屋造、瓦棒銅板葺

野山の総門であって、今の建物は宝永2年(1705)の作。
巨大な五間三戸二階二重門であって、江戸中期の代表的建築である。
(国指定文化財等データベースより)

                  

徳川家霊台

     

これまでは透塀越しに撮影していましたが、中門が開いており、瑞垣内に設けられた木柵のところまで入ることができました。

秀忠霊屋(重要文化財)
寛永10(1633)年の建築
桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、銅瓦葺

                                           

家康霊屋(重要文化財)
寛永18(1641)年の建築
桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、銅瓦葺

家康霊屋は右手の扉が半開きになっていて、学生さんらしき団体が内部に入っておられました。
厨子や障壁画があるはずですが、ストロボ撮影をされていたのは文化財保護上少し困ったものです。

                                 

大伽藍の参道

  

常喜院校倉(和歌山県指定文化財)

高野山にあった興山寺東照宮の経蔵であったものを明治期に移築したものです。

  

大伽藍の入り口

 

不動堂(国宝)
鎌倉後期の建築
桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、右側面一間通り庇、左側面一間通り三間庇、すがる破風造、向拝一間、檜皮葺

                 

大伽藍

     

山王院

      

山王院本殿(重要文化財)

野山としては、いちばん大切な鎭守であって、丹生明神社、野明神社、総社の三棟からなる。
今の建物は大永元年(1521)火災後のものであって、すぐれた手法がみられる。
(国指定文化財等データベースより)

丹生明神社
大永2(1522)年頃の建築
一間社春日造、檜皮葺
附指定:鳥居及び透塀

高野明神社
大永2(1522)年の建築
一間社春日造、檜皮葺

総社
大永2(1522)年の建築
三間社見世棚造、檜皮葺

向かって右から丹生明神社、高野明神社、総社です。
茂る青葉でよく見えません。

              

西塔、拝殿等

     

大伽藍周辺

     

 

 


July 2012 瀧山幸伸 HD video

町石
   

     

壇上伽藍の夜
                    

                      


大門
        

       


金剛峯寺
                                           

                                                          


壇上伽藍

愛染堂 大会堂 三昧堂 東塔
        

               


不動堂
                   

       

根本大塔
  

   

鐘楼、金堂
            

       

中門
  

御影堂、准胝堂、孔雀堂
                             

             

鐘楼
  

西塔
               

   

明神社(丹生明社、高野明社、総社)
             

                        


山王院
                     

      

六角経蔵
  

    


   

霊宝館
        

  

高野山の木材を使用した住宅の展示
    

徳川家霊台
                                     

                                         


July 2012 大野木康夫 HD video


2012.7.16撮影 

大門

    

境内各所

大伽藍では中門の再建工事中です。

          

不動堂

                    

山王院本殿

法要中で、鳥居の扉が開けられており、普段よりも少し覗ける範囲が広くなっていたと思います。

  

総社

     

高野明社

         

丹生明社

           





June 2011 酒井英樹

金剛峯寺 徳川家霊台
和歌山県高野町
撮影時期:2011年6月

<家康霊屋>
 正面3間、側面3間、一重、組物禅宗樣三手先詰物、二軒繁垂木、宝形造、向拝1間、軒唐破風付、銅板葺
 江戸時代[寛永18年(1641)]
    

<秀忠霊屋>
 正面3間、側面3間、一重、組物禅宗樣三手先詰物、二軒繁垂木、宝形造、向拝1間、軒唐破風付、銅板葺
 江戸時代[寛永10年(1633)]
   

 


金剛峯寺

Nov.2010 撮影:大野木康夫

所在地 和歌山県伊都郡高野町大字高野山

       

高野山霊宝館玄関・北廊・中廊(国登録有形文化財)
大正9(1920)年の建築
木造平屋建,瓦葺,建築面積147u

霊宝館の受付部で,中廊により紫雲殿と,北廊により放光閣と結ばれる。
玄関は,正面3間の単層入母屋造,北廊・中廊は単層の吹放廊で,丸柱間に蔀戸風の腰羽目を付ける。
基壇上に建つ紫雲殿と放光閣の寄り付き部の棟を上げ,流動感を生みだしているのが特徴。
(国指定文化財等データベースより)

          

霊宝館から壇上伽藍へと向かいます。

     

金堂付近

       

山王院(拝殿)

           

金剛峯寺山王院本殿(重要文化財)

野山としては、いちばん大切な鎭守であって、丹生明神社、野明神社、総社の三棟からなる。
今の建物は大永元年(一五二一)火災後のものであって、すぐれた手法がみられる。
(国指定文化財等データベースより)

丹生明神社
大永2(1522)年頃の建築
一間社春日造、檜皮葺
附指定 鳥居及び透塀
鳥居の右側の社殿

高野明神社
大永2(1522)年の建築
一間社春日造、檜皮葺
鳥居の左側の社殿

総社
大永2(1522)年の建築
三間社流見世棚造、檜皮葺
高野明神社の左側の社殿

                

西塔
天保5(1834)年の再建
五間多宝塔、本瓦葺

       

鐘楼

   

孔雀堂

  

准胝堂

   

御影堂

     

根本大塔

   

金堂

   

大塔の鐘
1547年改鋳
直径7尺、重量1,600貫の大きさで、高野二郎又は高野四郎と呼ばれています。
高野二郎といった場合は東大寺の鐘(南都の太郎)と、高野四郎といった場合は、唐から運ぶ途中海に沈んだ大鐘(海に太郎)、東大寺の鐘(奈良二郎)、吉野廃世尊寺(金峯山寺)の鐘(吉野三郎)と並んで呼ばれます。
京都の知恩院と方広寺の大鐘は江戸時代の鋳造で含まれません。

  

愛染堂

  

不動堂(国宝)
鎌倉時代前期の建築
桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、右側面一間通り庇、左側面一間通り三間庇、すがる破風造、向拝一間、檜皮葺

             

大会堂

  

三昧堂

  

蛇腹道の紅葉を見ながら金剛峯寺大主殿に向かいました。

             

山門(和歌山県指定文化財)
文久2(1862)年の建築

    

大主殿(和歌山県指定文化財)
文久2(1862)年の建築
屋根の天水桶と梯子が特徴的です。

               

蟠龍庭
大主殿の西側、奥殿(非公開)の南に広がっています。
日本最大の石庭(2,340u)だそうです。

       

再び大主殿に戻りました。

       

真然堂(和歌山県指定文化財)
寛永17(1640)年の建築
大主殿の北側にあります。

  

会下門(和歌山県指定文化財)
江戸時代末期の建築
大主殿の東側です。ここから徳川家霊台に向かいます。

       

橋本警察署高野幹部交番(国登録有形文化財)
大正10(1921)年の建築
木造2階建、銅板葺、建築面積110u

木造2階建で,屋根は切妻造,銅板葺とし,正面中央に千鳥破風を配す。
外部は真壁造に見せ,1階を板張,2階を漆喰塗とする。
設計担当は県建築技師の松田茂樹。舟肘木・間斗束・蟇股や妻の豕扠首など社寺建築の意匠を採り入れた近代和風建築の好例。
(国指定文化財等データベースより)

   

徳川家霊台への道(大主殿北側)

   

南院(波切不動)
徳川家霊台のすぐ手前にあります。
本堂天上の龍の絵が印象的です。

      

徳川家霊台(重要文化財)
家康と秀忠の霊屋が2棟並んでいます。
東側(向かって右側)が家康霊屋、西側が秀忠霊屋です。
家康霊屋
寛永18(1641)年の建築
桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、銅瓦葺
秀忠霊屋
寛永10(1633)年の建築
桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、向拝一間、軒唐破風付、銅瓦葺

                                        

金輪塔
天保5(1834)年の再建
徳川家霊台のすぐ西南にあります。

   

最後に大門を見学しました。

大門(重要文化財)
宝永2(1705)年の建築
五間三戸二階二重門、入母屋造、瓦棒銅板葺

                 





July 2010 瀧山幸伸 HD video

壇上伽藍
Danjogaran

   

A camera

  

中門跡
Chumonato
  

金堂
Kondo
              

根本大塔
Konpondaito
    
鐘楼
Shoro
  

御影堂、三鈷の松
Miedo, Sankonomatsu

            

准胝堂、孔雀堂
Junteido,Kujakudo
        

六角経蔵
Rokkakukyozo
     

山王院
Sannoin
            

明神社
Myojinsha
      

鐘楼
Shoro
  

西大塔
Nishidaito
     

不動堂
Fudoudo
           

  

愛染堂 大会堂 三昧堂 東塔 勧学院
Aizendo,Daikaido,Sanmaido,Touto,Kangakuin
                      

B camera

                                                                                                                                            



六時の鐘
Rokujinokane

     




金剛峯寺
Kongobuji

A camera

                           

 

B camera

                                         


大門
Daimon

A camera

                  


B camera
                                           


奥の院
Okunoin


金剛三昧院
Kongosanmaiin


普賢院
Fugenin


徳川霊台付近
Tokugawa reidai
  
      

女人堂
Nyonindo
              


町石
     



Dec.2007 撮影:高橋久美子

  

奥の院
Okunoin
      


金剛峰寺
Kongoubuji
             



May 2004 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD Quality Video FAQ


 

    

高野山は、和歌山県北部、標高1,000m前後の山の総称であり、高野山という山が実在するわけではない。平成16年(2004)「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産に登録された。山岳宗教の聖地には山自体の聖域性を持つ土地のほか、水源、火山、葬地の別があり、高野山は葬地として古来の修験者、弘法大師のみならず、多くの宗教者、権威者の来世の地となっており、奥の院の墓所の数は20万を超えるといわれている。弘法大師がこの地で真言宗を開いたのは弘仁10年(819)頃。比叡山と並ぶ日本仏教大宗派の聖地であり、山内には総本山金剛峯寺をはじめ百以上の寺院が散在する。
それらの多くは参拝者のための宿坊としても機能しており、壮大な門前町を形成しているが、土産物などの俗店舗が少なく、周囲の森閑とした緑に包まれた清浄な雰囲気が漂うことがこの街並の特色である。
このような聖地は世界にも数少ない。ピレネーのルルドなどと比べても、当地の自然環境、文化環境は特筆に値する。

そもそも、門前町とはどのように定義すればよいのだろうか。
参拝者にとっては、通常とは異なる清浄な環境の中で、日々の俗物的ライフスタイルを転換するきっかけとすることができるわけで、朝6時の勤行などの宗教体験が得られるメンタルケアリゾートであり、ヘルシーな食事による食事療法、規則正しい生活に戻る行動療法まで行える「究極のヘルスケアリゾート」とも言える。そういう視点では、最近流行りの欧米流ヘルスケアリゾートの一歩上を行く理想のリゾートではなかろうか。
論を広げて、宗教の総本山も、健康リゾートも、大学も、一種の門前町と言える。

・先達者と修行者 
偉大な宗教者と修行者、教授と学生、ヘルスケアのエキスパートとクライアントは類似性がある。
・シンボル施設 
町の中心には大伽藍、タワー、大講堂などがあり、超越的な権威のシンボルとなっている。
・奥の院 
一部の人間にしか許されていない聖域であり、貴重な経験や儀式や経典の場として結界を形成する。
・宿泊ケータリング 
大伽藍の周囲には、人々をサポートするための宿泊ケータリング施設。ケータリングに関しては、庫裏、食堂(じきどう)、カフェレストランと呼び名は違っても機能は同じだ。
・図書館 
当該施設の正当性、偉大性を裏付けるために、教義、情報を蓄積する書庫、宝物館、図書館も共通性がある。
・庭園地 
五感の刺激により、人々に安らぎを与える園地、林地、水の演出なども同様である。また、高野山は空気が清浄なるがためか、仏香が人々の臭覚に強烈に作用するし、勤行のサウンドが特殊な効果をもたらすことは言うまでもない。そういう点では、宗教は近代的なテーマパーク以上に効果的な演出が考えられていると言えよう。
・交通ターミナル 
各地から集まる人々のための交通ターミナルなどのサポート機能も同様である。

街づくりの要素として、高野山のような門前町に見習うことはまだまだある。高野山のような門前町には自動車や俗な店やネオンは似合わない。鳥のさえずり、水の音、四季折々の自然の息吹が満ちている。このような聖地を日本各地に再生していくことが必要であり、そのポテンシャルを持った土地も多い。そのためには、このような世界観に共感する住民が少しづつでも良いから移り住み、高野山の住民のような自治を営んでいくことが必要だ。コロラドのブルダーのように。



     

  

宿坊
      

金剛峰寺
                    


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