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山口県下関市 功山寺
Kozanji,Shimonoseki city,Yamaguchi pref.

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下関市長府川端1-2−3 功山寺仏殿 国宝 近世以前/寺院 鎌倉後期 元応2(1320) 桁行三間、梁間三間、一重もこし付、入母屋造、檜皮葺 19030415 19531114



October 12, 2014 野崎順次 movie

山口県下関市長府川端1丁目2-3
金山 功山寺

撮影日: 
嘉暦2年(1327年)、虚庵玄寂を開山として臨済宗の長福寺として創建された。開基は北条時仲と推定されている。なお、仏殿の建立は上記創建年より早い元応2年(1320年)である。正慶2年(1333年)に後醍醐天皇の勅願寺となり、建武3年(1336年)には足利尊氏から寺領が寄進されるなど、朝野の尊崇を得て栄えた。
室町時代には大内氏の庇護を得、文明8年(1476年)には大内政弘によって復興された。弘治3年(1557年)、周防大内氏最後の当主大内義長が境内で自害した後、寺は一時衰退する。
慶長7年(1602年)、長府藩主毛利秀元が金岡用兼を招聘し、曹洞宗の笑山寺として再興した。慶安3年(1650年)、秀元の没後、功山寺に改名された。
幕末の文久3年(1863年)、七卿落ちで京を逃れた7名の公卿のうち5名が滞在。高杉晋作は当寺で挙兵した(回天義挙)。
(ウィキペディア「功山寺」より)

パンフレットと現地説明板

       

高杉晋作回天義挙の碑

  

国登録文 総門 室町中期
禅宗様、四脚門、木造、瓦葺き、間口4.4m

     

総門周辺と地蔵菩薩半跏像(県文)、山門(市文)は工事中

               

国宝 仏殿 鎌倉後期 元応二年(1320)http://ja.wikipedia.org/wiki/1320%E5%B9%B4
入母屋造、檜皮葺き。一重裳階付き、典型的な禅宗様仏殿

建物外部

                               

仏殿内部

     

市文 千手観音菩薩坐像 鎌倉時代末期

    

神母天と吉祥天

  

市文 二十八部衆像

         

天井など

            

墓所

     

市文 経蔵 - 輪蔵とも。寛政11年(1799年)

     

高杉晋作像など

     
法堂

              

市文 韋駄天像 - 鎌倉時代末期

     

市文 書院 - 七卿潜居の間。実際に滞在したのは五卿

                         

庭園

              

参考資料
ウィキペディア「功山寺」






May 2010 瀧山幸伸 HD video

   

A camera
                                          

B camera
                                             

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