JAPAN GEOGRAPHIC

山口県下関市 土井ヶ浜遺跡

Doigahama ruins,Shimonoseki city,Yamaguchi pref. 

Category
Rating
Comment
 General
 
 
 Nature
 
 Water    
 Flower
 
 Culture
 
 
 Facility
 
 Food
 


May 20,2016 瀧山幸伸 source movie

                                                                                              


April 17,2015 田中康平

山口県下関市神田上891−8国指定史跡 指定年月日:1962.06.21(昭和37.06.21)

1930年に人骨が入った石棺が発見されその後の発掘で約300体の弥生初期(約2000年前)の人骨が見つかっている。ほぼ東枕で顔を西に向けに揃えて埋葬してあり、人骨の特徴がそれまでの縄文人とは明らかに異なるため渡来人と見られている。中国での同時期の人骨との比較調査から中国山東省から出土した人骨が酷似していることが明らかとなっている。現日本人のルーツを探す上で重要とされている遺跡。(現地説明版、土井ケ浜・人類学ミュージアム名誉館長松下孝幸氏の記事、wikipediaによる)。約80体の発掘状態がドーム内に再現されており発掘時の状況がよく解る展示となっている。国指定文化財等データベース解説文:土井ヶ丘といわれる海浜の近くの砂丘にある遺跡で、弥生式時代に営まれた墓地である。この遺跡は、早くから学界にも注目されていたものであり、昭和28年から同32年にわたり、金関丈夫博士等によって、その一部地域が発掘調査され、200体余の人骨が発見された。埋葬施設としては、礫石を四隅に配する簡單な施設をなすもの、礫石を四周に長方形に囲んだ一種の石囲いをなすもの、組合式箱形石棺などの各種のほかに何等の施設を伴わないものも存した。ことに同一施設内に人骨が二体以上埋存しているものや、枕辺または足もとに頭骨のみがならべられている特殊なものもあり、また貝製腕輪を着製し、石鏃・牙鏃が射込まれた状態で埋葬された例も発見された。頭向きはほぼ東枕である。副葬品として、硬玉製勾玉、碧玉岩製管玉、貝製小玉、ガラス製小玉、貝製腕輪、貝製指輪等の装身具が出土したが、他に弥生式土器その他の遺物も檢出された。この遺跡は、弥生式時代前期の終り頃を中心として営まれた集団墓地であり、当時における埋葬習俗や墓制を知るうえに学術上貴重な遺跡であると認められる。ことに、完全人骨が多数発見されたことは、人類学上の研究にも寄与するところが多い。

                     

 All rights reserved 無断転用禁止 通信員募集中