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Monthly Web Magazine Feb. 2017

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■年初の嬉しい出来事〜雪化粧のメタセコイアと、あるご婦人との出会い 中山辰夫

昨年11月中旬、日本経済新聞NIKKEIプラスⅠの「冬の訪れを感じる並木道を歩こう」で、神宮外苑のイチョウに次いで2位に「マキノ町のメタセコイア」が選ばれました。この記事をみて「紅葉は外すまい」と情報を仕入れながら過ごしました。

12月初めの「紅葉」

   

ピークは一週間前後 タイミングが合ってラッキーでした。その時から、次は「雪化粧」を見ようと決めました。

紅葉が終わると一気に落葉が始まります。路面一杯に落ちる落葉の量は年々増加している様で、2010(平成22)年に設立された「マキノのメタセコイア並木を守り育てる会」やボランテイアの皆さんの手で、年末直前に落葉の除去作業が行われました。重機が必要なほどの量です。

除去前と除去後 あとは雪の降るのを待つだけです。

   

雪が降っても、樹の上に残らないと着雪したことにならない。強風で吹き飛ばされてもダメ。何時でも見られる現象でなく、昨年は一度も着雪がなかったようです。

その機会が意外と早く訪れました。日本中を大型の寒波が覆った1月22〜24日各地に大雪が降りました。これは外せないとダメ元で出かけました。

JR湖西線の沿線は白一色、空と琵琶湖は鉛色。だんだん不安になってきました。勿論マキノは大雪、ホームも1m強の積雪でした。駅前よりバスで現地へ直行。

幸い、並木道は風もなく、期待通りの着雪で、何とも表現しづらい光景が目の前に開けていました。周囲の幻想的な雰囲気・景観に魅了され、満足しました。

   

ところで、滋賀県マキノ町にあるメタセコイアの並木道は、1981(昭和56)年に「マキノ土に学ぶ里整備事業」の一環として、マキノ果樹生産組合が植えたのが始まりです。クリ園の防風林としての働きも期待されていました。

その後樹木の成長と町をあげての整備が進み、1994(平成6)年には、「新・日本街路樹百景」に選ばれました。

今では高さ30mにそびえる幹とは対照的に、繊細な樹形が織りなす並木道の景観は四季それぞれ美しい雰囲気を醸し出します。

4月終わり頃からの芽吹き〜新緑〜若葉〜夏木立〜黄葉〜紅葉へと変化し、四季折々の雄大な姿で魅了します。

   

帰路、とある女性とタクシー相乗りで駅に向かいました。この女性は、姫路を5時に出てマキノまで約4時間の一人旅で来られました。

どうしても雪化粧のメタセコイアを見たくて追いかけておられた由。「今日はチャンス」と確信して家を飛び出したとのこと。

樹幹の雪化粧に大満足! バスで知り合った卒業直前の大学生と同道し、恋人気分?でシャッターを押してきたことにもご満悦でした。

後で、お年が満80歳と聞いてビックリ。気力・体力ともに満ち溢れておられる姿に脱帽。2年間、無償で開いていた絵パソコン教室(独力でマスター)を昨年末で閉められたとか。年賀状の見事な絵を拝見しました。行動の範囲が非常に広いことも知りました。

京都までの間、いろいろお話する中で、私もまだまだ負けておれない、「80歳までは続けよう」との思いに至りました。

帰って彼女のブログを拝見しました。記載内容の豊富なこと、文章や画像の素晴らしさに圧倒されました。メタセコイアの画像はリアルでとても追いつけません。

お名前は窺っておりませんでしたが、通信員に加わって頂けたらいいな・・・とも思いました。これから先もブログを楽しませて頂きます。いい出会いに満足しました。

年明け早々の、私にとって二つの良きことを踏み台に今年も頑張りたいと思いました。

瀧山さんにはこの数カ月、「もううんざり」と思われるほど繰り返し、メタセコイアの画像を処理頂いたこと、あらためてお礼申し上げます。