JAPAN GEOGRAPHIC

持続可能都市(サステイナブルシティ)に関する研究 (モデルタウン「J-town2010」の研究)
Study of Sustainable City


サステイナブルシティの導入可能性を検証する(海外編)
Development Plan of Sustainable City(Global)

瀧山幸伸  初稿 2010 


1. J-town2010 の導入を優先すべき地域と都市形態

本論の目的は、具体的にサステイナブルシティ「J-town2010」が現実の土地でどのように実現できるかを検証することである。ケーススタディはどこでも良いが、最も参考となるケースを選ぶべきだ。サステイナブルシティの理念の章で詳しく述べたとおり、5,000 人 1,200世帯の自律型都市「J-town2010」は地球規模の諸問題を解決する手段であるが、実際の導入には優先順位がある。特に優先される地域や都市の形態は以下の二つ、「半乾燥地域の農村」と「高密度な大都市」だ。

 

(1) 半乾燥地域の農村 ~灌漑農業から脱却し、砂漠化阻止とコミュニティの自律化を~

世界の気候区分に応じて、それぞれにふさわしい農業形態と集落形態が発生した。ドイツの地理学者フンボルトが研究した、気候と文明すなわち農業と住居形態との関係は今日まで変わらない。その密接な関係を理解するには、古典を紐解くのも良いが、藤井明の『集落探訪』(2000建築思潮研究所)や原広司の『集落の教え』(1998 彰国社)がわかりやすい。

近代の灌漑農業と都市化により世界中の土地利用が攪乱された。文明の継続には「水」が最も重要である。水が無ければ農業も諸産業も都市も成立しない。その水の源泉は降雨がもたらす。

世界の気候区分(wikipedia)

 

世界の気候区分図を見てみよう。焦眉の急は、砂漠化が危惧されている半乾燥地域(Semiarid)である。この気候域では、現状では放牧あるいは灌漑農業が行われているが、放牧は草地を砂漠化し、灌漑農業も塩害が砂漠化をもたらす。

食料の枯渇が戦争などを引き起こし文明の消滅につながることは歴史が証明している。特に半乾燥地域では干ばつに伴う食料不足が多くの内紛や国際紛争につながっている。

J-town2010 は、砂漠化の危機が迫る年間降水量 500mm から 1,000mm の半乾燥地域に導入すると最も効果がある。水と食糧のサステイナビリティの章で述べたように、このような地域に J-town2010 型水耕栽培システムを導入すれば、農業生産性が向上するとともに干ばつや塩害の危機からも救われる。農作業は工業に近い軽度で効率の良い作業となり、J-town2010 に住む人々は空いた時間を他の労働に割り当てることができるので、収入が飛躍的に増大する一方、灌漑を行わなくなるので土壌と植生の回復が図られる。

中東の産油国のような年間降水量 100mm 以下の砂漠地域ではどうか。そのような地域では、居住はともかく自律型の農業には適さず、食料は輸入するしかなく、サステイナブルではない。砂漠を農地や都市に利用するには海水淡水化のための膨大なエネルギーが必要だから、UAE のマスダールシティのような名目上のサステイナブルシティの開発はそもそも無理がある。

水問題とセットの食料問題は古くて新しい問題である。人々は国単位で食料自給率を議論するが、サステイナブルシティの「セルフコンテインド」の理念に立てば、より小さなコミュニティ単位で食料が自給できていることが理想だ。

国別食料自給率の推移 (農林水産省 「食料自給率の部屋」の数値を元に櫃者作成)

(2) 高密度な大都市 J-town2010 への移住で都市問題を解決

長崎の端島や世界中の鉱山都市のように、経済的環境的に存続できなくなった鉱山都市が捨てられてゴーストタウンになったのと同様、現在の高密度な大都市も経済的環境的、あるいは犯罪など社会的要因により存続できなくなり、ゴーストタウンとなるリスクはある。

古代ローマはパンと劇場を与えられ何の価値も生み出さなかったから滅んだが、今日の高密度な大都市もその運営コストに見合う原資を生み出す力が無くなればあっけなく崩壊する。現代社会の諸問題のほとんどは高密度な大都市に起因する問題であり、これらは J-town2010で解決される。だが、農村を J-town2010 に改変するのに比べ、高密度な大都市を J-town2010に改変するのは容易ではない。それはひとえに都市の過密性、土地問題に起因する。

サステイナブルシティの産業の章で述べたとおり、高密度な大都市をサステイナブルシティに移行する事が望ましいが、表1が示唆するように、高密度な大都市を J-town2010 に「再開発」することは不可能に近い。単純に用地の不足が原因である。高密度な大都市の周辺に用地があれば、先進国であろうが最貧の BOP 国(Bottom Of the Pyramid)であろうが、新用地に J-town2010 を「開発し移住」することは可能であり、現実的である。

表 1 高密度な大都市へサステイナブルシティのコンポーネントを導入する可能性

 (注 1)設置スペースとコストの問題
(注 2)水がふんだんに得られる地域では不必要なシステム
(注 3)安全性、とり回しの問題でかなり困難

 

(3) 半乾燥地域の農村と高密度な大都市を併せ持つ地域

悪いことに、半乾燥地域あるいはその予備軍の気候地域に、インド、中国など、世界の人口シェアを占める国々が並び、急激な高密度大都市化の波が押し寄せている。高密度な大都市に集住する人々が食料も水もエネルギーも仕事も得られず、都市が急激にスラム化した時の悲劇と国際的混乱、例えば第二次大戦時のゲットーや収容所のような地獄の様相となるだろう。それを避けるためにも、半乾燥地帯の農村地域を重点的対象として、さらなる高密度な大都市化を遮るためにも J-town2010 の導入を検討する必要性が明確になる。

 

2. J-town2010 システムの導入可能性検証

次に、世界規模で J-town2010 が導入可能かどうかを具体的な地域で検討する。対象地は、「半乾燥地域の農村」か、 「高密度な大都市」のどちらかあるいは両方を持つ地域であり、先進国であるか開発途上国であるかは問わない。

例えばアフリカでは、カイロに次ぐアフリカ第二位の都市で 1,000 万人以上の人口と巨大スラムを持つナイジェリアのラゴスとその周辺地域でも良いし、アフリカ第三位のコンゴのキンシャサでも良い。いずれも都市問題を多く抱え、破たんしている。先進国では、アメリカ中部の灌漑に頼る穀倉地帯でも良いし、カリフォルニア中部で農業と都市が水を奪い合う(既に農業の敗北で決着しているが)バレー地域でも良い。これらの地域は、スタインベックの『怒りの葡萄』が如実に物語るように、かつては農業が主だったが、今日では過度な灌漑により農業の持続性に警鐘が鳴らされている。

だが、現在最もサステイナビリティが危惧される地域はどこかと言えば、巨大な人口を抱え、灌漑農業の危機、高密度で巨大な都市化への危機に直面しているアジア諸国、特に、中国、東南アジア、インド地域である。そこで、以下、アジアの各地を例に検討を進めることとする。

 

(1) アジア全域

図は Google の衛星写真で見る夏季のアジアである。夏は概ね雨季であるが、それにもかかわらず茶色の乾燥地域がかなり広範に拡がることが大まかに理解できる。従来から森林破壊と灌漑農業と放牧による砂漠化は懸念されていたが、今後は地球温暖化がそれに拍車をかけるだろう。

アジアの衛星写真(Google)

(2) 東アジア広域

写真に見られるとおり、東アジア地域では中国内陸部とモンゴルが主要な乾燥地域だが、北朝鮮も隠れた危機地域だ。さらに詳しく見てみよう。

東アジアの衛星写真(Google)

(3) 中国

中国内陸部は、南部を除き半乾燥地域であり、灌漑農業と干ばつの影響に加え、都市と農村とで水の収奪戦が繰り広げられていることで農村が危機に瀕している。既に高密度な大都市、特に沿海部の大都市に過半の国民が流れ込んでおり、今後さらにエネルギー、食料、水などの不足と環境汚染、スラム化や暴動など諸々の都市問題が深刻になるだろう。中国内陸部の北部では、冬の暖房用に石炭を多用していることも大きな環境問題だ。都市と農村の較差が引き起こす諸問題は中国国内の不安定要因であり、国際的に大きなリスクである。このような地域には J-town2010 の導入が急がれる。

(4) 朝鮮半島

朝鮮半島北部では森林破壊が進み、禿山が多い。近年韓国では森林の回復と国土保全を図るべく植林を進めているが、北朝鮮においては禿山となって土壌が荒廃しているため、洪水や干ばつの被害を受けやすく、慢性的な食料不足に苦しんでいる。韓国に比べ気候が厳しく、森林の回復は容易ではない。食料不足の原因に政治の混乱が挙げられているが、そもそも森林が破壊された結果、保水能力が失われ、洪水で肥沃な表土が流出して農業に適さなくなって荒廃した国土が問題である。韓国の食料自給率でさえ 50%程度しかないが、北朝鮮は危機的状況だ。北朝鮮はまずは政治的安定が求められるが、それはそれとして経済と社会を根底から改変するためにも J-town2010 の導入が必要であろう。

(5) 東南アジア広域

東南アジアは比較的降水に恵まれている。森林破壊により農地は拡大したが、多雨であるがゆえに表土の流出と赤土化が進み、農地の荒廃と国土の乾燥化が顕著である。各地域別にさらに詳しく見てみよう。

東南アジアの衛星写真(Google)

(6) ベトナム

ベトナムは比較的降水量が多く、農村部はインドや中国内陸部ほどの灌漑農業の危機は無い。この国では J-town2010 型水耕栽培への転換による収益性の拡大とサステイナビリティの増大が目的となる。ホーチミン市などの高密度大都市の問題、特にインフラ問題は深刻である。

(7) タイ

タイは 2011 年の洪水が大きく報道されたが、干ばつも深刻である。洪水も干ばつも頻繁な国だが、洪水が発生しない高台の土地に J-town2010 を新たに開発することが望まれる。

(8) ミャンマー

ミャンマーは都市化が遅れたため、人口の 70%以上が農村部に留まっている。ヤンゴンが最大の都市だが、それでも都市産業はさほど発達していないため、農村を重点的に J-town2010として開発すれば良い。ミャンマー政府が国土の中心に新首都を移したことも均等な発展に寄与するだろう。降水量は多いが山岳地形が多いため、新規用地に J-town2010 を開発するのではなく、既存の農村地域を J-town2010 に改変する戦略が妥当であろう。

(9) フィリピン

フィリピンには多くの島嶼が散在する。大型の島ではほとんどの熱帯雨林が伐採され、赤土の地肌が露出している。サトウキビ等の栽培に伴う赤土の流出がそれに追い打ちをかけ、深刻な環境破壊が進んでいる。高密度大都市の問題はマニラなどを除き深刻ではないが、そもそも島嶼であるがゆえに大都市のインフラモデルは成り立たず、J-town2010 のような小規模で分散自律型のサステイナブルシティのモデルが適合する。

フィリピン南部の衛星写真(Google)

 

(10) インドネシア

インドネシアでは、地域により地理と気候が異なり、ベトナム、ミャンマー、フィリピンの要素が混合している。

(11) インド広域

インド亜大陸は、東はバングラデシュから西はアフガニスタンに至る広域に、近い将来世界最大の人口を擁する圏域となる。2025 年に中国を抜いて最大の人口を擁する国となるインドは特に注目に値する。現在でも 10 億人の人口のうち約 7 億人が農村人口である。一人一日あたり2 ドル未満(5 人家族換算で月 300 ドル未満)で暮らす貧困人口は 8 億人を超えている。特に西部は灌漑農業に伴う塩害や干ばつの被害を受けている。半乾燥地域の農村や高密度な大都市は世界各地にあるが、インド西部はそれらの両方に該当する。生存を脅かされた農村住民がデリーやムンバイなど高密度な大都市へなだれ込み、さらなるスラム化やインフラ問題、環境問題など多くの都市問題の増大が懸念されている。このような地域に J-town2010 を導入することにより、J-town2010 内で安定的に食料、水、エネルギー、仕事を確保することが可能となるので、高密度大都市への流出を防ぐとともに大都市からの U ターン移住も促進され、インド亜大陸全域のサステイナビリティを飛躍的に高めることが可能である。

(12) バングラデシュ

バングラデシュは比較的降水に恵まれているため、農村地域はインド西部ほどの干ばつは無いが、洪水による農村と都市への脅威がある。さらに、ダッカなどの高密度大都市には煉瓦工場などスモークインダストリーと呼ばれる産業が集積しており、スラム問題のみならず国際的な環境問題の源となっている。J-town2010 により、環境破壊の危険を孕んだ工業都市からの脱却を図る必要もある。

(13) ブータン

ブータンは農業国である。GNH(Gross National Happiness)の最大化を国のミッションとしているが、それが高生産性の農業で実現されている。かつての農業は生産性が低かったが、日本人の指導のもと、農業生産性を飛躍的に向上させ、人々の生活が豊かになった。山からの豊富な水を農業や水力発電に利用していることも成功した要因である。水も食料もエネルギーも経済も自立できており、ある意味で人口 70 万人のサステイナブルコミュニティが実現している貴重な地域である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ブータン

 

3. インド西部での J-town2010 開発 具体的な検討

インド西部への J-town2010 導入の主な目的は、半乾燥地域での農村の砂漠化阻止、すなわち既存農村をサステイナブルシティに改変し、豊かな生活を提供することと、デリー、ムンバイなど、隣接する高密度大都市の諸問題の解決、すなわち高密度大都市から J-town2010 への遷移である。インド西部はモンスーン気候で、夏の 3 か月しか雨が降らない。ただし、降水量が非常に少なく高温であり、砂漠化が懸念されている地域である。

インドの年間降水量(wikipdia)

 

(1) ラージャスターン州

ラージャスタ-ン州はインド最大の州であり、インド西部のデリーとムンバイの間に拡がり、農村部は干ばつに悩まされている。中国内陸部と同様、経済的に成り立たなくなった農民や新天地を求める若者などが二つの大都市に吸い込まれていき、ますます農村部の荒廃が進み大都市の問題が増大する危機にある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rajasthan

ラージャスタ-ン州の面積 342,236Km2 は日本と同程度で、2001 年の人口は 5,600 万人、人口密度は 165 人/Km2 である。州都のジャイプルは州のやや東側に位置しているので、年間降水量は 500mm 程度であり、ぎりぎりの半砂漠地域だ。

だがそこから西に行くに従って降水量が減少する。しかも、モンスーン気候の特徴として、降雨は夏に集中しており、それ以外はほとんど雨が降らない。そのため西南部にはタール砂漠と呼ばれる広大な岩砂漠が拡がる。オアシスが点在し、その近辺では灌漑農業が行われているが、農耕可能な土地以外は塩分が地表に積滞した裸地である。衛星写真で白く写っている地域は塩の堆積である。森林がほとんど無いため、貴重な雨は枯れ川(ワジ)となり、時として大洪水を引き起こしながら無駄に流出してしまう。かといって、地表にダムを造っても乾燥期に大量に蒸発してしまう。

インド西部の衛星写真(Google)

ラージャスタ-ン州都ジャイプルの年間降水量

 

(2) ファローディ

ラージャスタ-ン州の中でも極端に厳しい条件の地区を選び、J-town2010 が成立する限界にチャレンジしてみよう。半乾燥地域のボーダーライン、年間降水量 500mm よりも少ない降雨、例えば 200mm の地域で J-town2010 を開発できるかどうかという検討だ。

ファローディはジャイプルから西に 400km ほどに位置するラージャスタ-ン州の小都市だ。ここでの降水量は年間 200mm 程度である。しかも夏の 3 カ月しか雨が降らない非常に乾燥した地域であり、J-town2010 が成立する対象外の立地、いわゆる砂漠型の気候だ。

ファローディ郊外の農村地域のうち、塩害を免れた土地では夏期の少ない降雨を利用して農耕を行うが、乾季には全域が砂漠のように茶色に変貌する。難しいことを承知で、ほんとうに難しいのか、なんとか解決策はあるのか、この地域でのJ-town2010 の開発可能性を探ってみよう。

ファローディは 15 世紀に成立した都市である。鉄道が通り、人口は 45,000 人ほどである。"Salt City"の別名を持つように塩関連の産業が発達しており、インド最大の塩の供給地だ。言いかえれば砂漠化と塩害がかなり進んでおり、農業には適さない土地だが、衛星写真を見る限り、一部の土地はかろうじて農耕が可能である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Phalodi

ラージャスタ-ン州ファローディ 広域の衛星写真(Google)

 

雨季のファローディ 詳細の衛星写真(Google)

 

4. ファローディでの J-town2010 開発

ファローディの都市部と農村部を足して 5 万人と仮定しよう。机上の計算では、5,000 人のJ-town2010 を 10 か所、既存のファローディ市街地の周囲に分散開発し、この 5 万人を全て収容することを検討する。

詳細の衛星写真に切り出したエリアは、ファローディの市街地と西側の郊外地を示している。東西 8Km,南北 3.5Km の範囲で、面積は 28Km2 ほどである。

次に、J-town2010 が達成すべき目標を再確認してみよう。サステイナブルシティの理念の章に示した、サステイナブルシティであるためのキーワードを参照し、この地で J-town2010 が成立するかどうか簡単なチェックを行おう。

 

(1) キーワード(達成すべき目標)の再確認

立地選定には、全てのキーワードのうち特に下記のキーワードが達成されることが重要である。

■ セルフコンテインド

A 自給自足
a エネルギー
b 水(生活用水、灌漑用水、産業用水)
c 食糧(地産地消、自家生産)
d 資材
e 交通(域内交通中心;通勤通学なし、域内最高速 6km/h)
f その他インフラ
B 環境改善
a 「CO2 ゼロ」「廃棄物ゼロ」「水使用量の極小化」
b ライフサイクルフットプリントの極小化
c 生物多様性の確保、潜在植生の復元と拡大

■安全安心

A 防災の安心
B 不慮の事故の安心
C 防犯の安心
D 環境の安心
a 自然環境の安心
b 資源・エネルギーの安心
c 食料の安心(フードセキュリティー)

■ 知財産業と教育

a 職住学遊一体化
b 知財指向の自主教育
c ミュージアム/知識アーカイブス
d グローバル交流
e インキュベーション、コミュニティファンド

■自律コミュニティ

A 「真の自治」
B 「自己実現と QOL」
C 「四世代近居とパワーコミュニティ」

 

(2) 目標達成への道

A 水問題

当地では、これらのキーワードのうち、最も重要な資源である「水」が圧倒的に不足している。逆にいえば、安定的に水が確保できれば、J-town2010 が成立する可能性があるのだ。その水は、生活用水として一次利用し、汚水は水耕栽培用水として二次利用する。

まず、この地域で必要な 1 世帯あたりの水の量を計算する。生活用水は、先進国並みの一人あたり 250 リットル/日。これは乾燥地域でも湿潤地域でも同様だ。問題は水耕栽培用水だ。水と食糧のサステイナビリティの章で理論的に計算したとおり、水がふんだんに得られる地域では、一人あたりの生活用水は 250 リットル/日程度であるので、5 人家族では 450m3/年の上水が必要であり、全ての上水は雨水で賄え、「J-town2010 型大口径パイプ式水耕栽培圃場ユニット」が必要とする 500m3/年は汚水処理水でほぼ賄えることとしていた。実際には蒸発や安全率を考慮しなければならないので、理論値の 2 倍の水を必要とすると仮定したいところだが、ファローディのような高温乾燥地域ではさらなる安全率を見て、必要水量を理論値の 4 倍としよう。要するに、一家 5 人が生きていくためのカロリーを提供するトマトの水耕栽培に必要な水(生活水を含む)を、年間 2,000m3、ドラム缶1万本分と仮定しよう。

水と食糧のサステイナビリティの章で述べたように、J-town2010 では雨水を地下備蓄することで必要な用水を確保することを基本としている。もちろん水がふんだんに得られる地域では上水道や地下水なども利用できるが、ファローディでは降雨が極端に少ない。地下水も既存の上水道も難しい前提で、年間 2,000m3 を確保する方法を列挙してみよう。その方法は大きく 2 つだ。

手法 1.世帯単位のセルフコンテインド

J-town2010 の標準となる方式の延長で、世帯単位で必要な雨水を集水する。世帯 1 区画の敷地を広く取り、広い面積で必要な降雨を確保する方法だ。

手法 2.コミュニティ単位のセルフコンテインド

J-town2010 の市街地以外(周辺部)で降雨または地下水を確保する方法で、大型の取水・貯水・配水設備が必要になる。

 

この 2 つの手法のフィージビリティを検討しよう。

手法 1 では、各家庭の敷地で 2,000m3 の雨水を集水し、貯水する。年間降水量 200mm の地域で 2,000m3 の雨水を受けるには、1ha、約 100m 四方の敷地が必要である。5,000 人 1,200 世帯が住むためには J-town2010 の市街地(居住地)部分が非常に広大となり、公共スペースを含めて 1,600ha 程度が必要だ。J-town2010 標準の半径 800m の市街地では納まらず、半径約 2,300m程度の市街地となってしまう。J-town2010 は徒歩を基本とし自動車を排除する理念であるので、人々が町の中心施設まで歩くのに 30 分以上必要になる。暑さ厳しい地域だが、歩けない距離ではない。

雨季は夏の 3 カ月で、降雨はその時期に集中するので、各世帯に最大 2,000m3 を貯水する施設が必要になる。しかも高温乾燥地域であるため、雨水は地下に貯めなければならない。そのためには、地下に深さ 1m 一辺 45m 程度の貯水槽を造り、表面を覆う必要がある。漏水および蒸発を防止するコストは発生するが、実現可能性はある。

手法 2 は、上水道と農業用水を合体させた方式である。郊外の各地で雨水を集め、地下式ダムに分散貯水する。それを水道管で市街地まで運ぶ。地下式ダムについては水と食糧のサステイナビリティの章で述べた宮古島の農業用地下ダムが参考となるが、地下ダムが成功するかどうかは、地質調査を行わなければ何とも言えない。手法 2 が成立すれば、半径 800m でコンパクトな標準型 J-town2010 の市街地が成立する。

手法1で設定した J-town2010 の市街地の大きさを上の航空写真に重ねてみよう。

手法1での各世帯の敷地配置はこのようになる。

 

 

B 食料問題

水問題が解決されれば、1 世帯 5 人が生きていく基本的なカロリーの確保は解決されるが、それだけでは豊かな食生活は送れない。そこで、市街地以外の J-town2010 周辺部、バッファゾーンの食料向け土地利用を検討する必要がある。標準の J-town2010 では、バッファゾーンは牧場、森林、自然保護区などに利用されるが、当地では水がほとんど得られないので、以下のような食料確保策がありうる。

・水耕栽培の拡大

バッファゾーンでの雨水を利用し、各世帯の水耕栽培を補完する水耕栽培農場を増設する案である。

・降雨、地下水のみを利用する疎放農業

従来の農業手法を継続する案である。干ばつなどの被害を受けるおそれはあるが、ある程度の食料備蓄を行えば補完的食料生産は可能である。

・牧畜

牧畜は放牧と給飼型牧畜とを区分しなければならない。放牧については、降水が極端に少ない当地では、草地が裸地化し、サステイナブルな放牧は不可能だ。給飼型の牧畜は、飼料が確保されれば一定量は可能だ。J-town2010 の各水耕栽培から排出される茎や根などを飼料化して活用する技術は開発途上だが、可能性は大きい。

・植林

少雨地域なので、灌木しか繁茂できないが、それらをセルロース分解して飼料化し牧畜を行う、あるいは時間がかかるが将来食料化する方策はありうる。ただし現時点では難しい。

 

C エネルギー問題

サステイナブルシティのエネルギーの章で述べたとおり、J-town2010 は太陽光による発電と太陽熱の温水利用を標準としている。当地では有り余る太陽資源があるのでこの点は全く問題ない。

インドの発電効率は 25%と低く、配電網は弱く、盗電その他も横行し 30%の送電ロスがあると言われ、停電も頻繁だ。インドの政治は農民票が主体なので、独立以来政策的に農業用電気料金はコスト以下、一部の州では無料だった。その電力を農民は灌漑用水の汲み上げに利用しているが、そもそもの水が枯渇の危機に瀕している。このようなエネルギー問題に対処するためには J-town2010 の自律型エネルギーシステムが相応しい。J-town2010 の水耕栽培に使うポンプは植物の光合成が盛んな昼間のみの稼働で良く、蓄熱型冷房を利用すれば夜間はそれほどの電力を必要としない。せいぜい照明と IT 家電程度なので、大型の蓄電池は不要だ。

 

D 知財産業と教育問題

インドは IT の国である。英語が第二言語として標準であり、国民は二桁の九九を暗唱し、技術への指向性が非常に高い。ただしラージャスタ-ン州の識字率は男性 75%、女性 44%であるのは、農村では有効な教育が行われていないためである。J-town2010 では、人々は自立のための食料を水耕栽培で生産する。居住者はもちろん水耕栽培の拡大延長ビジネスを行っても良いが、多くの収入すなわち付加価値は食料生産以外から求めるだろう。J-town2010 は職住近接であり、職業を次世代に引き継ぎ持続させるための教育をコミュニティ内で行う方式だから、識字率は向上し、ますます知財産業に適した人材の育成とビジネスの発展が図られるだろう。J-town2010 に移行することによって得られる世帯所得は、従来のファローディの都市と農村の総和よりもはるかに大きくなるだろう。

 

E コミュニティ問題

インド特有のコミュニティ問題として、カーストを取り上げざるを得ない。インドの IT 業界の隆盛は、カーストを嫌った人々が、カーストの規定が無い新しい職種である IT 産業に集中したためでもある。また、識字率が低い要因の一つに、カースト制により十分な教育を受けられない階層が存在することも挙げられる。J-town2010 では、世帯単位の自律性とコミュニティ単位の自律性を理念としており、旧来のカースト制はなじまない。J-town2010 自体が世界のパラダイムの変換であり、カーストの発展的解消がなされないならば J-town2010 の存在意義も無くなってしまう。サステイナブルシティの理念とヒンズー教の教義とは、他の宗教も同様だが、非常に近いものがある。だが、カースト制においては相容れない。この点はさらに検討する余地があるが、本稿ではこれ以上ふれない。

 

(3) J-town2010 の施設とサービス ~具体的な都市の姿

 

A  「J-town2010 型サステイナブルハウス 」

「J-town2010 型サステイナブルハウス」は、以下のコンポーネントの統合システムであり、現地での具体案について考察する。

・「J-town2010 型住宅ユニット(平屋) 」
・「J-town2010 型大口径パイプ式水耕栽培圃場ユニット」
・「J-town2010 型水ユニット」(雨水の集水と貯蔵、浄水器、温水器、浄化槽、オゾン殺菌装置、処理水貯蔵の各サブユニット)
・「J-town2010 型太陽光発電ユニット」

まず平屋住宅の本体について検討する。平屋住宅の構造は、物資の地産地消という理念に基づき、可能な限り地域産の土木建築資材を調達することを基本とする。この地域での住宅は平屋のレンガ構造が一般的である。J-town2010 は平屋が基本なので、伝統的なレンガ造建築がコストも最小限だし、高度で専門的な建築技術も不要で良いのではないかと考えがちだが、レンガが環境に優しくない点を克服しなければならない。バングラデシュのダッカに立ち並ぶレンガ工場と中国からの CO2 とブラックカーボンは地球規模の環境汚染の元凶であり、今後ますます深刻な影響を及ぼす。さらに、伝統的なレンガ造建築では、大規模で即効性のある J-town2010 の開発が展開できない。従って、J-town2010 標準のプレハブ住宅を導入する必要がある。平屋なので、軽量鉄骨構造または木構造の低コスト住宅が可能である。

住宅の付帯設備機器及びシステムは、J-town2010 の外部から調達せざるを得ない工業製品だ。日本の技術が先行している製品であり、初期導入とメンテナンスと水耕栽培の技術指導や余剰農産物の加工販売、あるいは統合ファイナンスを含め、日本企業や日本の投資家を含め先進国が関与することは十分想定される。J-town2010 型サステイナブルハウスの付帯設備と本体とはインド国内の工場で組み立てられ、その完成品を車台に載せて現地に運び据え付けるモバイルホーム型プレハブが良いだろう。

 

B 「J-town2010 型サステイナブルハウス」のフィージビリティとファイナンス

世界中から貧困を撲滅し、サステイナブルな社会を築くためには、1 世帯が低コストで暮らせなければならない。その最低ラインは100ドル/月程度と言われているが、従来の100ドルは、食料・水・燃料などの購入費に充てられていた。J-town2010 では、一家 5 人の食料、水、エネルギーは自前で確保できるので、 100 ドル/月を別の費用に充てることができる。すなわち、100 ドルを J-town2010 型サステイナブルハウスの賃料に支弁することができるのである。

そうなれば、J-town2010 型サステイナブルハウスのフィージビリティとファイナンススキームが成立する条件が明確になる。その条件とは、居住者と投資家との分離だ。居住者は月 100ドルの賃料を自宅内または J-town 内での労働で稼ぐ必要があるが、それは十分可能だ。いかに稼ぐかは産業の項で述べる。投資家は世界規模で募ることができ、月 100 ドルの収益に見合う投資を行う。例えば年 5%で賃料収入をキャピタライズすれば、24,000 ドル、約 200 万円で 1世帯分の初期投資が可能である。先進国から投資家を募り、資産を流動化することにより、大量で迅速な J-town2010 の開発が可能となる。もちろん、将来裕福になった居住者が資産を買い取るオプションもあるが、J-town2010 の理念ではコミュニティと産業(労働)との一体化とそこから生まれる永続的なキャッシュフローが重要なのであり、住宅や土地の所有権は重要ではなく、投資家は誰でも良いのだ。

 

C J-town2010 の産業

インド全体では、5 人家族換算で月 300 ドル未満で生活している人の割合が 8 億人であるという事実の一方、世界中の大富豪の上位を多く占めるのもインド人だ。J-town2010 の理念は、最大多数の最大幸福を実現するサステイナビリティなので、マジョリティーの低所得者世帯の収入を底上げすることが目的となる。J-town2010 では、基本的な住居と食料とエネルギーと水の確保に必要な世帯あたり 100 ドルの賃料支出に加え、コモディティの購入と教育その他に必要な現金収入を増大させる必要がある。その目標額を仮に 5 人家族あたり 500 ドル/月と仮定しよう。当地の J-town2010 の住民はそれをどのような産業(職業)で捻出すれば良いのだろうか。

インドでは、IT、化学医薬等を含めた各種製造業、サービス業が拡大している。農業従事者は60%だが、農業の GDP 比率は 25%、IT・サービス・製造業の GDP 比率は 50%だ。世帯が 500 ドルの収入を得るには、以下のような方策があろう。

 

a 農業

農業はグローバル産業だ。J-town2010 のモデルはトマトの高密度水耕栽培手法であり、日本独自の栽培技術により極限まで集約化した方式だ。この生産性をさらに高める事は容易ではないが、以下の増収方策が考えられる。

・農業生産の規模を増やす

水耕栽培面積を増やすか、郊外域で疎放農業や牧畜、養鶏などを行うことが考えられる。

・農産物の単位あたり収益を増やす

同じ水耕栽培面積だが、より高収益な農産品を栽培する。例えば薬草や香料、高機能性食品の栽培などが考えられる。

・農産物を二次加工あるいは直販し収益を増やす

例えば、トマトの製品加工、糖化による澱粉・酒・その他あらゆる工業製品化、リコピンなどビタミンを利用した天然健康食品、あるいは医薬品化への道が考えられる。

 

b 知識産業と製造業

知識産業もグローバル産業だ。J-town2010 の住民は、IT 産業や化学医薬産業、各種製造業などのインドの主流産業と親和性があり、自宅あるいは J-town2010 内で働くことが可能な以下のような職業に従事することが可能である。もちろん J-town2010 内には高速な光ファイバー及び無線のネットワークとサーバ群が完備しているので労働者のサポートは可能だ。

・IT 産業中国は同じ IT 産業でもハードの生産に偏っており、国際競争力の維持は難しいが、インドは IT のソフト部門が強い。ソフトは付加価値が高く、基本的にネットワークを利用した労働が可能で時と場所を選ばないので、J-town2010 に最も向いている。

・製造業の技術関連部門

製造業でも大規模な工場ではなく、小規模多機能多品種の工業生産が考えられる。これらの開発と生産には付加価値の源泉としてアートの要素が重要なので、J-town2010 の住民と知識産業との親和性は高い。

 

D J-town2010 の教育

J-town2010 では教育の標準仕様として、タウン内に、保育園、幼稚園、小学校、中学校、高等学校、職業専門学校(単科カレッジ)まで統合された施設を持つ。

インドは英語が第二言語で定着しており、IT のソフト開発やコールセンターのような英語を扱う IT 関連サービスの業務は自宅またはタウン内で可能で、クライアントは世界中に広がる。また、インドの教育は知識産業、科学技術志向で、しかも J-town2010 では教育意欲はさらに高まるだろうから、産業と教育の親和性は日本などよりもはるかに高く、教育と産業との正のフィードバック効果が期待できる。

J-town2010 では社会教育施設として、図書館、ホール、ミュージアム、動物公園、植物公園なども持つ。これらは知識産業向けのバックグラウンド教育環境として有効に機能するだろう。

 

E J-town2010 のアメニティ施設

物販、飲食、宿泊、各種サービス施設、公共サービス施設、クリニック・ケア施設、スピリチュアル施設などは、J-town2010 の標準として、複合型タウンセンターおよびその周囲に集中配置される。当地でもそれは同様だ。

 

(4) 都市計画平面図

J-town2010 標準の都市計画案では、市街地の内部や周囲に緑地や水域や森林のバッファゾーンを設けていたが、当地では緑地や水域は望めない。1世帯 1ha 程度の敷地に 600m2 程度の水耕栽培農園、言わばサッカーグラウンド内にテニスコートほどの農園が付属するような景観が広がる、非常に単調な土地利用計画となるが、砂漠に限りなく近い地域なのでそれもやむを得ない。富山の砺波に拡がる散村のようなイメージであるが、水耕栽培農園以外は裸地である。

 

(5) J-town2010 のクラスター ~具体的な広域都市連合の姿

ファローディの全人口 5 万人を 10 か所の J-town2010 に分散させると、このような土地利用イメージとなる。周囲には未利用地が残るので、インド全国の人口増加に対応して J-town2010を追加することも、既存大都市からの移住者を受け入れることも可能だ。

広域の J-town2010 クラスター図

この 10 か所の J-town2010 と周辺域の多数の J-town2010 を包含した、人口 10 万人から 100万人規模の広域、すなわち 100 から 1,000 か所の J-town2010 が連携した「J-town2010 都市連合」はどのような姿となるのだろうか。

基本的な都市機能はそれぞれの J-town2010 が自律的に内包している。広域で連携すべき機能や施設は、J-town2010 単体では賄えない施設で、以下に挙げるような施設が考えられる。

A 高機能病院

J-town2010 内にはクリニック・ケア施設しか設置されず、プライマリケアしか行われないので、手術などに対応する高度医療機関は都市連合が共同で設置運営する。J-town2010 では予防医療が普及しており疾病発生率は高くない。また慢性病の対応は自宅または J-town2010 内のクリニック・ケア施設で行うので、高機能病院は急性期医療のみに対応すれば良い。

B 高度教育研究機関

J-town2010 内の、実業に即した単科カレッジ以外のニーズに沿う総合大学および高度な研究機関は、都市連合が共同で設置運営する。

C 広域消防警察機関

J-town2010 は基本的に平屋であり、火災からの安全性は担保されている。消防機能のうち、消火機能は J-town2010 内で完結するので必要ない。救急車の機能は、高機能病院とセットで都市連合が確保するとともに、各 J-town に救急車設備を置き、自衛消防団がそれを操作する方策で十分だ。J-town2010 では基本的に犯罪の発生は少ない。住民は経済的にも安定しており満足度が高く、しかも小さいコミュニティなので、大都市のスラムのような犯罪の温床は無い。外部からJ-town2010 へ侵入する犯罪者は、IT を活用した防犯システムで予防できる。万が一 J-town2010内住民同士の犯罪や事故が発生しても、自衛消防団が自警団を兹ね、警察に準じた機能を司る。通常の犯罪はこの自衛組織で十分賄えるが、不測の事態に備えて都市連合が広域警察機能を設置運営することもありうるだろう。

D 広域交通ターミナル (空港・高速鉄道・高速道路)

人々の生活の場は基本的には J-town2010 の徒歩圏内に閉じている。それでは済まない用件が発生した場合、連携都市間の人的輸送と物流は自動車交通が主となる。鉄道でも良いが、自動車のほうが効率が良い。さらに広域な都市間の輸送手段は、人には高速道路か高速鉄道か航空路、物流には道路と鉄道が対応する。

 

(6) 旧市街地が辿る道

一方、ファローディの旧市街地など、既存の市街地はどうなるのだろうか。そもそも、サステイナブルシティ J-town2010 に移行する目的は、既存市街地の都市問題ほか現代の諸問題を解決することが目的であり、既存市街地を再開発したり再活性化するよりも合理的な手法として、郊外地で新規のサステイナブルシティを開発する方式を採用している。従って、旧市街地は基本的には放棄される。歴史上でも、都市の諸問題が解決されず、放棄される運命を辿った都市は多い。その原因は、自然災害であったり、疫病であったり、水問題であったり、戦争内紛などであるが、今回の J-town2010 への移行は、地球規模からコミュニティ規模に至る全世界的なサステイナビリティへの脅威に対処するためである。放棄された旧市街地は歴史地区として保存され、文化遺産として人々の記憶に永く残る道を辿る。一つの文明の終焉を象徴し、旧来のライフスタイルを戒める社会教育施設、いわゆる歴史ミュージアムとなるだろう。旧市街の住民にはセンチメンタルな愛着があり、自分史を形成した拠点を離れるには大きな抵抗があるだろうが、次世代以降のサステイナビリティと幸せを担保することのほうが重要で、世代を経るに従って客観的な土地の記憶へと変わって行くだろう。長崎の端島のようにサステイナブルではなかった鉱山町が閉鎖されゴーストタウンと化したのと同様、残念だが割り切りが必要だ。近在にはインダス文明の世界遺産ほか多くの都市遺跡がある。長期的にはそれと同様である。

 

(7) J-town2010 都市連合国への道

J-town2010 システムを導入するということは、別の言い方をすれば、有史以来発達した農耕文明と産業革命以後の都市文明をどのようにパラダイム変換するかである。J-town2010 がこの地域を含めインド亜大陸全域に普及した時の姿を、あるべきシナリオとして考えてみよう。

現在のインドは 28 の州政府と 7 の連邦直轄領から構成されている連邦国家である。歴史的にもマハラジャが支配する藩が多数存在していた。今後もパキスタンやバングラデシュの独立などと同様に理念(宗教や政策)の違いで国家が分離することは十分あり得る。かつてのパキスタン独立は、ヒンズーとイスラムとの宗教上の理由であった。バングラデシュのパキスタンからの独立は、宗教は同じイスラムでも、地理的にインドをまたいだ非合理性に加え、東と西の風土の違いから来る文化の違いも要因の一つとなっていた。また、アフガニスタン問題の本質は経済問題である。

サステイナブルシティの理念の章で述べたとおり、当地の J-town2010 では自律的でほぼ完結した自治が、非常に小さいコスト(市民税)の負担で行われる。J-town2010 内では賄いきれない広域連携サービスのコスト負担もそれほど大きくはない。しかし、従来の州税や国税は高く、しかも J-town2010 の人々が望まない目的のために非効率に使われており、J-town2010 の住民の不満は高まるだろう。サステイナブルシティの産業の章で述べたように、 J-town2010 の理念の基本はサステイナビリティ(Peace)であり、この点において旧来の行政システムの理念である(Power)いわゆる覇権主義や利己主義を理念とする人々の集合体とは相容れないおそれは多分にあり、将来、「J-town2010 都市連合」と既存の州政府やインド連邦政府の守旧派との軋轢が発生する可能性はある。

「J-town2010 都市連合」の勢力が大きくなれば、州レベルで J-town2010 の理念に沿った政治に移行する可能性は大きく、ひいてはインド連邦にもこの理念が普及するであろう。その過程では、アメリカ南北戦争のような内紛も起こるかもしれないが、究極的にはインド各地及びパキスタンやバングラデシュ、さらにはアフガニスタンなども含め、広域で J-town2010 の理念に賛同する国家が成立するのではなかろうか。その時には、カーストの完全廃止も達成され、宗教間の争いも無くなっているだろう。

インド亜大陸に限らず、世界各地で J-town2010 の都市連合国家が地球上の大勢を占めるようになって来れば、その時初めて真の平和と協調を目指した「新国際連合」、わかりやすく言えば理念を共有する姉妹都市の大連合が成立し、サステイナブルアースと永久平和へ向けた世界規模での融合が確保されるのだろう。その時には大国と覇権主義は崩壊し、国家間の覇権争いや世界規模の戦争などは意味を持たなくなっているだろう。