JAPAN GEOGRAPHIC

持続可能都市(サステイナブルシティ)に関する研究 (モデルタウン「J-town2010」の研究)
Study of Sustainable City


サステイナブルシティのライフスタイル
Lifestyle of  Sustainable City

瀧山幸伸  初稿 2010 


1.「サステイナブルシティのライフスタイル」と「現状のライフスタイル」との比較


サステイナブルシティ「J-town2010」に住むと、ライフスタイルがどのように変化するのだろうか。
わかりやすく具体的なライフスタイル像を、モデルを使って例示してみたい。
サステイナブルシティの理念 、産業の章で概念的なライフスタイル像を述べた。本論ではわかりやすいように、「Before: 現状のライフスタイル」と「After: サステイナブルシティのライフスタイル」とを比較して、実際にありそうなライフスタイル像を考察する。


2.想定する世代と人物と都市のプロフィール

ライフスタイルといっても多種多様だ。モデルを選定するにあたり、最もふさわしいライフスタイルのカテゴリーは何だろうか。産業の章で検討した以下の「ライフスタイル / 住形態 / コミュニティの相関図」を再度参照してみよう。最大多数を構成する人々がサステイナブルシティへ遷移すると仮定すると、図の中心部の円の中に示すような、農村と都市の居住者が主な対象となる。その中でも特にサステイナビリティが問われている巨大都市の労働者のライフスタイルをモデルとしよう。


3.「Before: 現在のライフスタイル」


具体的な巨大都市のモデルは世界中どこでも良いが、身近な東京を想定する。家族のモデルは、家族A と家族 B の 2 つを想定する。これらは各読者が相応しいと考えるプロフィールに置き換えるための例示モデルであり、必ずしも実際の状況と細部が整合するものではない。
 家族 A は、小さい子を持つ若夫婦の核家族と、その祖父母世帯、及び曾祖母世帯で構成される。サステイナブルシティの理念の一つは「4 世代近居」なので、それの対極として 4 世代の核家族世帯が東京の各地に分散して居住していると想定する。
 家族 B は、結婚予定のカップルを想定する。結婚は人生やライフスタイルのターニングポイントであり、結婚前は職業や住居の選択が比較的自由である。具体的には、結婚を控えているが就職や住居など将来に悩みを抱えている若者のカップルを想定する。


(1)家族 A 4 世代で 4 世帯の家族 本田家 被雇用者(サラリーマン)のライフスタイル


A 子育て世帯 本田世帯 A1 (夫婦と子供 2 人の 4 人世帯)


a. 住まいと環境


江東区の分譲マンション。交通の利便性が良いが、ハザードマップで水害区域に指定されている。
震災時の地盤沈下や火災、津波も心配。公園や緑は少ない。公立小中の教育環境はあまり良くない。国・私立の小・中・高、塾への通学には便利。図書館は近い。結婚後、都区内の賃貸マンションに住んでいたが、子供の誕生後に面積 16 坪のマンションを 4000 万円で購入した。通勤に便利な場所での住まいを優先してこの場所に決めたが、住居費が非常に高く、狭い。現在の査定額は 3000 万円。
借金は 3000 万円で、返済が大きな負担。住居費の削減と家の広さ拡大が課題。自家用車なし(欲しいが駐車場と維持費が高いので無理)


b. 世帯構成

本田まい(長女 7 歳) 区立小学校 1 年生。
学校でいじめられたので学校嫌い。絵と人形作りが大好き。


本田建人(長男 12 歳) 区立小学校 6 年生。 
私立中学受験のため進学塾に通っている。模型の組み立てが大好き。将来の夢は自動車の整備士になって一人乗りミニカーを作ること。親からは良い学校に入れと言われているが、塾も受験勉強も好きではない。大きな犬を飼いたいし、かっこいい自転車にも乗りたいが、マンションではそれができない。


本田良子(母 36 歳) 主婦
草加市の松原団地で一人っ子として育つ。( 松原団地は 1962 年に入居が開始され、完成当時は東洋最大規模と言われたマンモス団地 )
自分の両親はサラリーマンをリタイア直後で健在だが、もうすぐ松原団地のリニューアル工事が始まるので引っ越しが必要。再度入居すると負担が増えるし、今は元気だが要介護になった時に別居しているのは不安。絵やデザインが好きだったので、芸術系の大学を卒業後、出版社で編集の仕事をしていた。ウェブデザインも得意。長男の建人を出産後は派遣事務職。
まいを出産後は近所のスーパーでアルバイト。自分のキャリアを活かしつつ時間が自由になる働き口、例えば自宅でできるデザイン関連の仕事を探している。自分の両親と同居したいが、夫は通勤が楽で広い家なら同居OK。子供は環境の良い一戸建てと芝生のある環境でのびのび育てたかった。
これからの教育費に頭が痛い。夫の親との同居も視野に入れているが、だめなら水商売のアルバイトに手を出すしかないか。


本田健一(父 37 歳) 会社員 
多摩ニュータウンの分譲マンションで育つ。ガンダムなど、ロボットやメカが大好きだったので、都内の大学の工学部を卒業後、工作機械メーカーで技術者として働く。工作機の制御プログラム開発が得意。PC やサーバも自作する。自宅でもモノ造りに没頭しているが、家が狭くつらい。工作が可能な広いスペースが欲しい。発明が大好きなので今の会社に就職したが、会社の業績が思わしくなく、技術開発の能力が活かせていないのが不満。
部門ごと外資に売られるという噂もあり、自分には町工場のおやじが似合っていたのかもと自問自答の毎日。手元資金なし。今後は学歴があっても就職口が無いだろうから、子供には手に職をつけさせたい。とは言っても大学に行かせることになるだろうが、会社の先行きも不透明で、教育費を考えると憂鬱だ。


B. 父方の祖父母世帯 A2 (リタイア夫婦世帯)

a. 住まいと環境

多摩ニュータウンの分譲マンション。多摩ニュータウンは多摩丘陵に開発された日本最大規模のニュータウン。通勤通学には不便だが自然環境はまあまあ。バブル期の 1988 年に公団の分譲住宅、面積 22 坪を 6000 万円で購入。現在の査定額は 2000 万円。
5 階建て、エレベータなし。2 人が住むには広すぎるが息子夫婦は通勤が不便なので同居を希望していない。老母の別居が気になり、自分らの老後も不安。息子家族との同居、近居も意識してそのうち引っ越したいと考えているが、皆が幸せになる住まいの具体案は無い。もしバブル期に不動産を買っていなければもっと資産があったかもしれないと考えることもある。

b. 世帯構成

本田智子(旧姓豊田)(祖母 60 歳) 無職
世田谷区の団地で、サラリーマン家庭の長女として育つ。都内の大学の文学部を卒業。教員免許はあるが、卒業後足立区の食品工場に勤務。結婚後退職して専業主婦。2 男 1 女を育てる。料理作りが大好き。食品関連の仲間が多く、仲間と共同で無農薬素材を使った漬物や味噌など加工食品を作り、孫や近所に喜ばれている。花が好きでドライフラワーやハーブ製品などを作っている。
自分が小さい頃のような広い庭付きの一戸建てで、子やかわいい孫と一緒に生活したかった。実家を継いだ弟は裕福ではないが幸せそうだ。味噌や漬物、どぶろくも作ってみたいが今の家では無理だ。できれば自分の畑を持って野菜や花を栽培したい。夫の母親は足が不自由で要介護 2 だが、近所にサービス付き高齢者住宅が見つかったのでほっと一息。自分の母は軽い認知症で同じく要介護 2、サービス付き高齢者住宅住まい。自分は高齢や要介護になっても家族のそばで暮らしたい。


本田宗郎(祖父 64 歳) 無職
大阪府堺市の一戸建てで 2 男1女の長男として育つ。父は九州出身の次男で堺の工場に勤めるエンジニアだった。母は四国出身の次女で職場結婚。高校卒業後上京し、足立区の機械工場に勤務。旋盤の鬼と言われたほどの技術を持っていたが、60 歳で退職後は無職。退職金などの手元資金が 2000 万円ある。最近関西の母を近所に呼び寄せた。趣味は戦車や重機など大型のラジコン。
自分で設計し製作した。災害用探査ロボットにも興味がある。昔は田舎だったので良かったが、周囲が都市化したのでラジコン模型を操縦する場所に困っている。保管場所にはもっと困っている。退職後は漆塗りにも興味があり、近くの空き倉庫を借りてろくろで木の椀を作り、漆を塗って遊んでいる。凝ったものを作るので 1 年に数点しかできないが、地域の芸術文化展で入選した。
民芸風家具造りも得意。自然豊かな場所に引っ越し、自分の工房を持ち、自分の作った家具や食器に囲まれ、自分が作った野菜で自然食レストランを経営したい。退職金などの手元資金が 1000 万円ある。


C. 祖父方の曾祖母世帯 A3 ( 独居老人世帯 )


a. 住まいと環境

多摩地区、祖父母世帯 A2 から 30 分圏内のサービス付き高齢者住宅(8 坪)。食事介護込みで月額20 万円。10 年前に夫が死亡し、大阪府堺市の老朽化した一戸建て(土地 25 坪、建物 25 坪)で一人暮らしを続けていたが、足が不自由で要介護 2 となったので、自宅を処分し祖父母世帯 A2 に近いサービス付き高齢者住宅に入居。堺市時代の友人との付き合いは無くなった。先祖代々堺ではないので、墓を移しても良いと思っている。世帯 A2 にはエレベータが無いので世帯 A2 との同居は無理。

b. 世帯構成

本田マツ江(曾祖母 85 歳) 無職
四国の高校卒業後、堺の工場で働き、職場結婚。専業主婦で 2 男 1 女を育てる。手元資金が 2000 万円ある。


D. 祖母方の曾祖母世帯 世帯 A4 ( 独居老人世帯 )


a. 住まいと環境

祖父母世帯 A2 から 1 時間圏の調布市のサービス付き高齢者住宅(8 坪)。食事介護込みで月額 20 万円。
5 年前に夫が死亡し、世田谷区の団地で一人暮らしを続けていたが、古くて住みづらく、軽い認知症で要介護 2 となったので、サービス付き高齢者住宅に入居。世帯 A2 にはエレベータが無いので世帯A2 との同居は無理。認知症が進むと他の施設への転居が必要となる。

b. 世帯構成

豊田スエ(曾祖母 80 歳) 無職
高校卒業後、家事手伝いを経て結婚。2 男 2 女を育てる。労働経験なし。
手元資金が 1000 万円ある。

 

 

(2) 家族 B (近く結婚するが、住居や就職に悩む若者カップル)


石森章太(独身 24 歳) 
パートタイム。川口市のマンションで育つ。両親は健在。父親は都内の工場の技術職。都内の私立大学経済学部を卒業したが就職が決まらず、パートで 2 年間働く。小さいころから漫画書きと作曲が一番好き。理想は、宮崎駿のようなアニメを、自分で描き、自分で作曲して作品に仕上げること。漫画はコミケで数百冊単位で売れている。自作 CD は仲間内では「癒される」と評判。彼女も応援してくれるので漫画関係か音楽関係で独立してみたいが、結婚して家族を養っていけるか全く自信が無い。漫画やアニメの専門学校に行くならまだしも、就職できないなら学歴は意味が無かった。中卒でも良かったのではないかと自問している。宮崎作品に登場するような森や山でのアウトドアライフが大好き。
料理はプロ並み。帰国子女なので英語は得意だが、活かせていない。ネット分業でアニメが作れる時代だし、仲間とのライブ演奏も近所の気兼ねなくできるし、いっそのこと田舎に引っ越す案もありうるか。


手塚うらん(独身 22 歳)
大学 4 年生。船橋市の団地で育つ。両親は健在。父親はホテルの料理人。母親は看護師。都内の家政・栄養・調理系の大学に在籍。自分の好きな道(健康食材と料理の開発)に進みたいが、職は見つからない。独立するにも店や工房を持つ資金もノウハウも無い。このままだと派遣の事務仕事だけど気が進まない。
かといって飲食業界で働くのは夜が遅く彼が好まない。彼が好きな道を応援したいが自分の稼ぎでは足りないだろう。趣味の歌とピアノはプロ級。彼とは音楽サークルで知り合ったが、音楽で食って行くことは無理だと思っている。大学に行かないで専門学校でも良かったか。彼と一緒に都会を離れると、自分の仕事はますます無いだろう。子供はたくさん欲しい。安全安心な環境で、自分の目が届く安全な食材で育てたい。歌って踊っておいしいものを食べるようなエンタテインメント型ペンションを経営したいけど、お客さんが集まるかなあ。


住まい と環境
それぞれ親の家に同居。結婚しても生活できる収入が無いのが大問題。住居費も捻出できず、親の家も狭い。辺鄙な田舎の空き家を借りることは可能だが、アメニティに不満。地域の人々とはライフスタイルが異なるので、コミュニティになじめるかどうか。コロラドのブールダーのような、リゾートの環境で、同じようなライフスタイルの人が暮らしており、仕事もあり、格安の住居が手に入るような小さな町があればよいのだが、日本では無い物ねだりか。

 


4. After: サステイナブルシティを想定する場所

東京居住の家族 A(4 世帯)と家族 B(1世帯)が転居する先のサステイナブルシティのモデルを想定する。具体的な場所は、「J-town 那須塩原牧場」と仮定しよう。この場所は関東の縁辺部で、首都圏への通勤通学は不可能だが、高環境な立地である。かつてのリゾート適地だが、J-town2010 はリゾートの優良環境と居住と職とを兼ね備えた都市であり、場所のモデルとしては相応しい。栃木県那須塩原市千本松の、栃木県畜産酪農研究センター付近である。千本松牧場と東北道に隣接し、那須塩原インター下車 2 分。那須は荒野であったが、明治に入り那須疎水により開発が進んだ。安積疎水など明治政府によって奨励された原野の開拓は、維新によって俸禄を失った士族の救済がその目的であったが、那須野ヶ原は明治の華族が開発した農場という特殊事情があった。当地周辺も松方農場が元で、かつて 1,640ha を誇り、英国貴族の農場のようであった。現在は千本松牧場やゴルフ場、畜産試験場に変遷しているが、必ずしも「最有効利用」の土地利用形態とは言えない。

広域


5. After: 「サステイナブルシティ J-town 那須塩原牧場」の居住者プロフィール


(1) 家族 A(本田家)の関係者


本田家の家族と関係者 4 世帯 8 人(父母と子 2 人の 4 人世帯、父方の祖父母 2 人世帯、父方の祖父の母一人世帯、父方の祖母の母一人世帯 )
「J-town2010 型サステイナブルハウス」は定員 5 名なので、この家族全体で「J-town2010 型サステイナブルハウス」を 2 ロット借りる。賃料は 2 万円 x2=4 万円 / 月 (「水と食糧のサステイナビリティ」の章にあるとおり、J-town2010 型サステイナブルハウスは敷地が広いので家は大きくても良いが、自給自足の食料生産能力で定員が決まっている)
働ける家族はスモールビジネスを家内興業し、助け合って働く。働けない高齢者も家族やコミュニティとの交流を楽しむ。
本田健一(父 37 歳)は独立し、オーダーメードマシンを製作する事業を興す。1 年に 1000 万円の売上、利益 500 万円の目標だが、経費が低いので軽く達成できそう。
本田宗郎(祖父 64 歳)は本田健一(父 37 歳)を手伝うが、趣味のクラフトを通販するビジネスも始める。
利益は小遣い程度。ボランティアとして、自宅でエンジニア養成のアントレプレナー塾を始める。孫や近所の子供にものづくりの面白さを教えたい。
本田智子(祖母 60 歳 ) は自宅で学習塾を始める。孫や近所の子供に、学校の先生よりもうまく教える。

同時に、近所の主婦を組織化し、加工食品、ハーブ製品などをネット通販する事業を立ち上げる。塾の利益は小遣い程度だが、通販はエコの評判が良いので拡大している。
本田良子(母 35 歳)はウェブデザインその他で家族ビジネスのマーケティングや近所の人のマーケティングを支援する。利益は小遣い程度。
こ れ に 加 え、5 年 以 内 に、 草 加 松 原 団 地 に 住 む 母 方 の 祖 父 母 2 人 と、 本 田 家 の 知 人 友 人 でJ-town2010 の理念に賛同する 5 世帯の 12 人が移住すると想定する。家族 A(本田家)とその縁者合計 20 人が居住することとなる。


(2) 家族 B(石森家)の関係者

新婚の石森章太と手塚うらんは 「J-town2010 型サステイナブルハウス」1 ロットを使う。賃料は 2万円。
夫婦でアニメと音楽のスモールビジネスを興す。特にアニメと音楽を使った幼児向けエデュテインメントソフトを作って売ることとした。本田良子がソフト作りとマーケティングを支援してくれる。
幼児向けの手作り情操教育楽器を本田宗郎に作ってもらい、自分たちのシグネチャーモデルとして通販を始める。利益が安定するまではタウンセンターのロッジレストランで働き、家計の足しとする。
ライブ時間には出演できるので楽しい。週末はタウン内で仲間とのライブコンサートや近所の子供たちとのライブを行い、収録した作品をネットで販売する。石森章太は近在の神秘の森で四季折々演奏する自然派音楽や癒し映画も手掛ける。リゾート風の土地なので、夏場はタウン内の人々の協力を得て都会の子供たちのサマーキャンプ(英語教育・情操教育・健康増進・博物学教育)もやりたい。本田智子は真っ先に協力を約束してくれた。
これに加え、5 年以内に、家族 B(石森家)の知人友人で J-town2010 の理念に賛同する 5 世帯 10人が移住する。家族 B(石森家)とその縁者合計 12 人が居住することとなる。


(3) その他、J-town2010 の理念に賛同して移住する世帯

本田家、石森家と同様なプロフィールで、5 年以内に、1200 世帯 4000 人程度の町が完成すると仮定する。その後子供が増え、10 年後の安定期には 1200 世帯 5000 人の町になる。1200 世帯(サステイナブルハウス 1200 ロット)が町の定員、サステイナブルシティの巡航状態であり、それ以上の世帯の増加には対応せず、周囲に J-town2010 を新設することとなる。

 

6. 「J-town 那須塩原牧場」への移住選考基準(理念との整合性)


大都市居住者が 「J-town 那須塩原牧場」に移住を希望する場合、どのような手続きがあるのだろうか。「田園都市型サステイナブルシティ」の章で述べた通り、かつてハワードが提唱した田園都市のレッチワースでは、大都市ロンドンからの移住者を拘束条件なく受け入れたため、ハワードの理念を担保するタウンマネジメントが難しかった。今日のどの都市もほぼ同様であり、「入居審査」もなく、「町の憲章」への拘束も少ない。誰でも資金さえあれば住むことが可能であり、コーポラティブ住宅や会員制クラブのような緊密なコミュニティは形成されてこなかった。さらに悪いことに、ほとんどはベッドタウンであり、全住民の関心がコミュニティに向かわないという根源的な問題が継続してきた。
「J-town 那須塩原牧場」は小さいコミュニティなので直接民主制である。公共サービスは全て民営化しているので、名誉職で無報酬の首長以外、役所や役人は不要である。「J-town 那須塩原牧場」のタウンマネジャーは、「J-Town2010 憲章」とそれに基づく「公開運営ガイドライン」、いわば町条例の発展版のような自主運営方針に沿って全てのタウンマネジメントを行う。例えば移住においては以下の審査を行い、移住希望者から念書を貰うことが想定される。

この町独自の拘束条件は、

・J-town 憲章に賛同すること
・生活の本拠として定住すること(別荘的利用は不可)
・家族・子孫の定住を重視すること(老人だけの移住や老人を残したままの移住は不可)

などであり、以上の条件に合致していれば、ソーシャライズ(1 週間程度の滞在または数回の訪問)を経て、既存住民の意見を勘案し、「J-town2010 型サステイナブルハウス」の土地 240 坪+建物 30坪+水耕栽培施設を月額 2 万円程度で賃貸する。賃貸は月次契約である。モバイルハウスは動産なので借家権は発生しない。敷地は底地所有者から一括格安で手当てしているので、敷地の賃料はハウスの賃料に含まれている。


7. 「J-town 那須塩原牧場」移住後のライフスタイル

移住後は以下の「サステイナビリティの理念」が実現される。再度 「サステイナブルシティの理念」に立ち返って確認しておこう。

■セルフコンテインド

A 自給自足
a エネルギー
b 水(生活用水、灌漑用水、産業用水)
c 食糧(地産地消、自家生産)
d 資材 (地域で生産される資材以外は外部から調達せざるを得ない)
e 交通(域内交通中心;通勤通学なし、域内最高速 6km/h)
f その他インフラ

B 環境改善
a 「CO2 ゼロ」「廃棄物ゼロ」「水使用量の極小化」
b ライフサイクルフットプリントの極小化
c 生物多様性の確保、潜在植生の復元と拡大

■安全安心

A 防災の安心
B 不慮の事故の安心
C 防犯の安心
D 環境の安心
a 自然環境の安心
b 資源・エネルギーの安心
c 食料の安心(フードセキュリティー)
・プリベンティブフード(疾病予防食;医食同源)
・ローカルフード ( 地産地消 )
・フードストレージ(備蓄食糧) 
・フードファクトリー(水耕栽培工場)
・クリエイティブフード(食の知財産業化)
E QOL の安心 ~ ICF を活用した統合システム
a 医療、介護などの安心
b 教育の安心
c 仕事の安心
d 財産の安全 
e 死後の安心、心の平安 

■知財産業と教育

A 職住学遊一体化
B 知財指向の自主教育
C ミュージアム / 知識アーカイブス
D グローバル交流
E インキュベーション、コミュニティファンド

■自律コミュニティ

A 「真の自治」
B 「自己実現と QOL」
C 「四世代近居とパワーコミュニティ」 
D 「広域連携と地方行政、国家、世界との関係」

8. ライフスタイルの [Before and After] 時間軸での比較

「現状のライフスタイル」と「サステイナブルシティのライフスタイル」を、時間軸を変えて比較してみよう。今まで当然と思っていたライフスタイルががらりと変わることになる。このような変化は、今までの社会の問題を根本から変えることであり、最近出版された図書でも盛んに警鐘が鳴らされている。
例えば、ジャレド・ダイアモンドは『昨日までの世界』で、リンダ・グラットンは『ワークシフト』で、クリス・アンダーソンは『メイカーズ』で、E・ブリニョルフソンは『機械との競争』で、J グラーフ/D バトカーは『経済成長って、本当に必要なの?』で、サステイナブルな社会のライフスタイルを示唆している。


9. Before and After 経済的な比較

生活のコストと収入を、移住前と移住後で比較してみよう。本田家が東京から「J-town 那須塩原牧場」へ移住すると、どのような家計の変化が期待されるだろうか。総務省の家計調査の項目に準拠して、家族 A(本田家)の世帯別に支出削減額を推計する。
詳細に仮定しても意味が無いので、ざっくりと比較するにとどめが、かなりのコスト削減が可能で、収入が少なくてもより良い生活が得られる。


(1) 東京の生活費と全国平均

以下は東京都の生活コストの乖離グラフであり、東京のコストがいかに高いかを示している。
図 1 消費支出における10大費目別支出金額の対全国倍率(平成 22 年)-二人以上の世帯 (出展:東京都) 



(2) 家族 A(本田家)の世帯別支出削減額の推定

A . 子育て世帯 本田世帯 A1 (夫婦と子供 2 人の 4 人世帯)の削減額

本田健一(37), 本田良子(35), 本田建人(12), 本田まい(7)

表1 世帯 A1 の削減額


B. 高齢夫婦 世帯 A2 の削減額

本田宗郎(64)・本田智子 (60) 本田世帯 (父方の祖父母 リタイア夫婦世帯)


表 2 世帯 A2 の削減額

図 S1 高齢夫婦無職世帯の家計収支-平成 23 年- ( 注 1)


C. 高齢単身 世帯 A3,A4 の削減額


A3 本田マツ江(85) 祖父方の曾祖母世帯 独居老人世帯
A4 豊田スエ (80) 祖母方の曾祖母の世帯 世帯 A4 独居老人世帯

表 3 世帯 A3,A4 の削減額

 

図 S2 60 歳以上の単身無職世帯の家計収支-平成 23 年 -( 注 1)


D. Before and After 本田家の世帯合計(家族 8 人)の収入と削減額

家族 A(本田家)の 8 人を合算すると、東京でのばらばらの核家族生活から「J-town 那須塩原牧場」の 4 世代近居に移行することにより、毎月 70 万円近くの支出削減となる。
子育て世帯は収入が半減しても生活が成り立つし、高齢者世帯は年金などの収入を若夫婦や孫の支援に回すことができるので、家族のつながりがさらに増すであろう。それにつけても住居費がいかに生活を圧迫しているかが改めて浮き彫りとなる。


表4 本田家の世帯合計(家族 8 人)の収入と削減額


図 2 本田家の世帯合計(家族 8 人)の収入比較



10. まとめ

田舎のネズミと都会のネズミの寓話ではないが、求める価値に伴ってライフスタイルもそれぞれだ。だが、地球温暖化、紛争、恐慌その他で、現在の社会システムが崩壊する危険は目の前に潜んでいるとも言える。
グローバル化の時代、国内のみならず世界中のどこに住むか、どの仕事に就くかが自由に選べる時代はそう遠くない。大都市の仕事が吸引力となっていた時代は終わるかもしれない。多くの学者は世界中で大都市への集中が加速すると言うが、今までの事実に基いて推計しているだけであり、その根本原因を究明する者は少ない。
水は高きから低きに流れる。水に落としたインクはあっという間に拡散する。奴隷制度や資本家の労働搾取が無い限り、それと同じ原理で、21 世紀が終わらないうちに先進国と途上国の経済格差は解消され、アフリカの人々の収入が先進国の人々のそれと均衡する時代が来るだろう。逆にいえば、新しいビジネスモデルは途上国にあり、それを先に育てた者が大きな果実を得るのではなかろうか。
サステイナブルシティへの遷移を念頭に、広い視野でライフスタイルとコミュニティと仕事とを根底から見直し、現在の都市のあり方を根本から見直すことが重要だと思われる。



参考資料
『ワークシフト』 リンダ・グラットン プレジデント社 2012 年
『メイカーズ』 クリス・アンダーソン NHK出版 2012 年
『機械との競争』 E・ブリニョルフソン 日経 BP 社 2013 年
『経済成長って、本当に必要なの?』 J グラーフ /D バトカー 早川書房 2013 年