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京都市北区 源光庵
Genkoan Temple,Kitaku,Kyoto city,Kyoto

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November 27, 2016 野崎順次 movie

京都市北区鷹峯北鷹峯町47
曹洞宗 
鷹峰山寶樹林 源光庵

京都では、全般的に紅葉の盛りも過ぎた雨の日である。久しぶりに源光庵に行こうと思った。主要観光地からは離れているので、静かな時間が持てるのではないかと期待していた。時間も少しずらして午後三時についた。ところが、後から後から観光バスが押し寄せて、行列状態であった。日時の決まった紅葉巡りのコースだから雨天決行は当たり前。

静かな時間は駄目だったが、源光庵の紅葉はなかなかよかった。

パンフレット

  

総門あたり

             

山門あたり、山門は赤土で盛土されている。

               

本堂

                           

書院の玄関へ

   

書院内部

        

書院庭園

                    

書院から見た本堂の一部

     

本堂内部、悟りの窓と迷いの窓

             

本堂内部、血天井など

     




Apr.2012 中山辰夫

北区鷹峯北鷹峯町47

宗派;曹洞宗
本尊:釈迦牟尼仏
紅葉のシーズンが素晴しい。盛夏の頃は訪れる人も少ない。秋に備えて樹木が懸命の育っているように感じられる。
ひとけが少なく、庭をゆっくりと拝見できた。

北山杉と山門
       

本堂前庭
        

本堂外観
    

書院へ続く和室
“お香”に癒され、屋久杉屏風(推定3000年前)や山口雪渓筆の襖絵、ついたてが目を惹く。
お香は"堀川”という銘品。香りが本堂に移らないこと。このお香に惹かれて来る女性が多いとか。最近価格が3倍にアップし困っている
         

縁側に接している書院の間は「お茶室」である。前面は、北山を借景とする枯山水の本堂裏庭園。
    
大半の木が紅葉であるが四季を通じて趣がある。特に秋の紅葉時は一段格別の風情がある。
      

本堂内部へ進む。渡り廊下の花頭窓から見る景色もいい。
    

本堂 入母屋造
        

鳥居彦右衛門元忠位牌と恨跡の残る天井
    

丸窓「悟りの窓」と角窓「迷いの窓」
       

開山堂
享保4年(1719)の建立で、復古堂とも称す。卍山(まんざん)禅師の木像を安置し、その下に舎利を収む。卍山禅師は学徳兼備の
当世随一の高僧。
毎年10月19日、開山忌が行われ開扉される。最近、本堂とつなぐ廊下が設けられた。屋根瓦部分に注目。
     








Feb.2012 中山辰夫

撮影 Nov.2011

宗派:曹洞宗。号は鷹峯山、本尊は釈迦如来。
貞和2年(1346)大徳寺二代目の徹翁が隠居所として開いた。当初は臨済宗であったが、元禄7年(1694)
石川県大乗寺の道白禅師が再興し、曹洞宗に改められた。
禅師は曹洞宗の原点に戻る復古改革に努め、自らを「復古道人」と称したという。
  
見所は本堂。「悟りの窓」と呼ばれる丸い窓と、「迷いの窓」と呼ばれる四角い窓、庭園を望む二つの窓がある。
丸い方は禅と円通の心を表現し、四角の方は人間の一生、すなわち生老病死や四苦八苦を象徴しているとされる。
また、天井は伏見城の血天井で、血の手形や足跡がついている。

棟門
    
道沿いから入口に入ると、簡素な門がある。装飾を拝し、こぢんまりとしている。
構造は二本の角の本柱に冠木を渡し、上部は腕木などを架して切妻屋根を支えている。
二本の柱で立ち、両脇は築地土塀で門に安定感がある。
風雪で文字が摩滅した扁額に「源光普照」とある。

棟門をくぐり左の参道を進む

山門
江戸中期の建立 高さ4.9m×9.2m 三間一戸 二階建 
   
堂々とした山門である。

   
両脇は空間で残されている。普通はここに仁王像や金剛像が置かれるが、このお寺には「本尊の釈迦牟尼仏を
中心にコの字型に高さ40〜50cmの羅漢像が8体ずつ、計16体並び、寺を守護している」と聞く。

    
屋根の下部の左右に、曹洞宗の証でもある丸い窓状の輪が二つ付されている。
さらに屋根には二尾の鯱(しゃち)が置かれる。鯱の装飾は宇治の萬福寺にもあった。萬福寺では、俗と聖を
分ける結界を意味するとされるが、この寺には「火を防ぐ意味もある」と聞く。

 
扁額「復古禅林」は当時の曹洞宗の慣習を批判した道白禅師に清人薫愛師から送られたもの。
道白禅師の改革は一人の師匠の教えを受け継いで法脈を守る、という思想の普及で、その事業は精神的なもので
あったが、宝蔵院・鉄眼禅師の大蔵経刻版東大寺・公慶上人の大仏殿建立と並ぶ、この世界の三大功績の一つ
に数えられるとされる。

    
山門を抜けると正面に本堂が控える。間口は20余mと長い。入母屋造で美しい佇まいである。
落着いた前庭である。


Nov.2010 瀧山幸伸 HD video


A camera

                                                                                                                                               


B camera

                                                                                                          


July 2009 撮影/文 野崎順次

京都府京都市北区鷹峯北鷹峯町47
曹洞宗 鷹峰山寶樹林

大徳寺の高僧、徹翁国師が南北朝時代の1346年に隠居所として開き、卍山道白が1694年に曹洞宗に改修した。京都の北西の山麓で、静かなお寺が好きな人々にとても親しまれている。
訪問した当日(July 5)は午前9時40分から11時40分まで法事のため拝観できなかった。そのように檀家さんと密着したお寺でもある。

                       

本堂内の血天井は、伏見桃山城の廊下を転用したもので、慶長5年7月(1600年)、関が原の戦いの前哨戦で徳川方の鳥居元忠ら一党1800余人が、石田三成の軍勢と交戦したが、武運拙なく討死し、残る380余人が自刃して相果てたときの血糊の痕跡である。足形、手形、引きづり跡が残る。


           

本堂は江戸時代に再建された入母屋造りで、「悟りの窓」という丸窓と「迷いの窓」という角窓がある。悟りの窓は円型に「禅と円通」の心を表し、円は大宇宙を表現する。迷いの窓は角型に「人間の生涯」を象徴し、生老病死の四苦八苦を表している。

                  

本堂裏の庭園は枯山水で、北山を借景とし、四季を通じて趣がある。

                 

 

 




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