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奈良県奈良市 東大寺、手向山八幡宮、若草山
Todaiji/Tamukeyamahachimangu/Wakakusayama,Nara city,Nara

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奈良市雑司町406-1 東大寺廻廊 東廻廊 重文 近世以前/寺院 江戸中期 "正徳6-元文2(1716-1737)" 桁行折曲り延長四十一間、梁間一間、一重、本瓦葺 19000407
奈良市雑司町406-1 東大寺廻廊 西廻廊 重文 近世以前/寺院 江戸中期 "正徳6-元文2(1716-1737)" 桁行折曲り延長四十一間、梁間一間、一重、本瓦葺 19000407
奈良市雑司町406-1 東大寺開山堂 国宝 近世以前/寺院 鎌倉前期 "建長2(1250)正治2(1200)(内陣)" 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、本瓦葺 須弥壇及び厨子1具 18981228 19530331
奈良市雑司町406-1 東大寺勧進所経庫 重文 近世以前/寺院 平安前期 平安前期 桁行三間、梁間三間、校倉、寄棟造、本瓦葺 19020731
奈良市雑司町406-1 東大寺金堂(大仏殿) 国宝 近世以前/寺院 江戸中期 宝永2(1705) 桁行五間、梁間五間、一重もこし付、寄棟造、本瓦葺、正面唐破風付、銅板葺 棟札1枚 18981228 19520329
奈良市雑司町406-1 東大寺三昧堂(四月堂) 重文 近世以前/寺院 江戸中期 延宝9(1681) 桁行三間、梁間三間、二重、寄棟造、本瓦葺 19030415
奈良市雑司町406-1 東大寺鐘楼 国宝 近世以前/寺院 鎌倉前期 承元(1207-1210) 桁行一間、梁間一間、一重、入母屋造、本瓦葺 棟札1枚 18971228 19510609
奈良市雑司町406-1 東大寺大湯屋 重文 近世以前/寺院 室町中期 応永15(1408) 桁行八間、梁間五間、一重、正面入母屋造、背面切妻造、妻入、本瓦葺 19030415
奈良市雑司町406-1 東大寺中門 重文 近世以前/寺院 江戸中期 正徳4(1714) 五間三戸楼門、入母屋造、本瓦葺 19000407
奈良市雑司町406-1 東大寺転害門 国宝 近世以前/寺院 奈良 天平宝字(757-765)頃 三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺 18990405 19520329
奈良市雑司町406-1 東大寺東西楽門(東) 重文 近世以前/寺院 江戸中期 享保7(1722) 三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺 19000407
奈良市雑司町406-1 東大寺東西楽門(西) 重文 近世以前/寺院 江戸中期 享保4(1719) 三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺 19000407
奈良市雑司町406-1 東大寺南大門 国宝 近世以前/寺院 鎌倉前期 正治元(1199) 五間三戸二重門、入母屋造、本瓦葺 18971228 19510609
奈良市雑司町406-1 東大寺二月堂 国宝 近世以前/寺院 江戸中期 寛文9(1669) 懸造、桁行十間、梁間七間、一重、寄棟造、本瓦葺 19440905 20051227
奈良市雑司町406-1 東大寺二月堂参籠所 重文 近世以前/寺院 鎌倉後期 "建治3-弘安5(1277-1282)" 桁行十間、梁間四間、一重、切妻造、本瓦葺 19060414
奈良市雑司町406-1 東大寺二月堂仏餉屋(御供所) 重文 近世以前/寺院 鎌倉前期 鎌倉前期 桁行五間、梁間二間、一重、切妻造、本瓦葺 19030415
奈良市雑司町406-1 東大寺二月堂閼伽井屋(若狭井屋) 重文 近世以前/寺院 鎌倉後期 鎌倉後期 桁行三間、梁間二間、一重、切妻造、本瓦葺 19030415
奈良市雑司町406-1 東大寺念仏堂 重文 近世以前/寺院 鎌倉前期 嘉禎3(1237) 桁行三間、梁間三間、一重、寄棟造、本瓦葺 19030415
奈良市雑司町406-1 東大寺法華堂 国宝 近世以前/寺院 奈良 "天平19(747)頃(正堂)正治元(1199)(礼堂)" 正面五間、側面八間、前部入母屋造、後部寄棟造、本瓦葺 棟札1枚 18971228 19510609
奈良市雑司町406-1 東大寺法華堂経庫 重文 近世以前/寺院 平安前期 平安前期 桁行三間、梁間三間、校倉、寄棟造、本瓦葺 19020731
奈良市雑司町406-1 東大寺法華堂手水屋 重文 近世以前/寺院 室町前期 建武2(1335) 桁行七間、梁間四間、一重、切妻造、本瓦葺 19060414
奈良市雑司町406-1 東大寺法華堂北門 重文 近世以前/寺院 鎌倉前期 延応2(1240) 四脚門、切妻造、本瓦葺 19030415
奈良市雑司町406-1 東大寺本坊経庫 国宝 近世以前/寺院 奈良 奈良 桁行三間、梁間二間、校倉、寄棟造、本瓦葺 19060414 19530331
奈良市雑司町434 手向山神社境内社住吉神社本殿 重文 近世以前/神社 鎌倉後期 鎌倉後期 一間社流造、檜皮葺 19210430
奈良市雑司町434 手向山神社宝庫 重文 近世以前/寺院 奈良 奈良 桁行三間、梁間二間、校倉、寄棟造、本瓦葺 19531114
奈良市川上町601三笠霊苑内 東大寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉前期 鎌倉前期 石造五輪塔 19550202

Oct.2016 中山辰夫

奈良市雑司町406-1

撮影:Sep.09.2016

名称:転害門、西北大門、佐保路門、手掻門、碾磑門、景清門、大門などの呼称・愛称をもつ。現在は災いを転ずる門として、転害門と称す。
創建:756(天平勝宝)〜762(天平宝字6)年頃で確定されていない。
規模:南北約17m、東西約8m、高さ約11m
構造:三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺、三棟造、花崗岩製檀正積基壇、礎石は花崗岩
所在:平城京・東七条大路と南一条大路(佐保路)の交差点にあって西面する。

案内
    

外観
      
国分寺の総本山として、東大寺には大仏殿や南大門など壮大な七堂伽藍が整えられた。しかし平安時代に入り、幾度もの天災でいくつかの建物が失われた。
さらに平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火でも大仏殿、他の伽藍が悉く焼失したが、転害門と本坊経庫だけは残り、天平時代の東大寺創建時の伽藍建築と面影を想像できる唯一の遺構となった。鎌倉時代の修理で改変されてはいるが、基本的には天平時代の建物といえる
毎年10月5日には、手向山八幡宮の祭礼(転害会 てがいえ)が行われ、神輿の「お旅所」となる。

天平時代の門で現存するのは、法隆寺の東大門と転害門(てがいもん)だけである
法隆寺東大門(国宝)
 

転害門は、平城京一条南大路(現在の一条通り)に向かって構えられた通用門として、最も北に位置し往時は多数の出入りがあったという。
門柱
築後1250年、この門を支える門柱には長い歴史が刻みこまれ、風格が感じられる。
   
構造は門柱が横に四本並び、門柱の前後にそれぞれ一本ずつ、計八本の控柱を持つ八脚門である。
柱間三間のうち、通り抜けられるのは中央一間のみの、三間一戸の形式である。

シメナワ
 
中央の二本柱には地元の人達の手でシメナワが掛けられ、結界の役目をしている。全長約15m
749(天平勝宝元)年、大仏建立にあたり、寺の守護神として大分県の宇佐八幡宮から分霊を迎えた際(手向山八幡宮)、転害門から神輿が入り、祭礼が行われたことから、大シメナガが掛けられるようになった。大シメナワは、餅米の稲藁で作られ、近年では4年に1度、秋分の日に架け替えが行われている。
大シメナガには、稲藁で作られた〆の子(しめのこ)が5つ取り付けられ、〆の子と〆の子の間に紙垂(しで=四手)が4枚取り付けられている。

傷だらけの柱
   
創建時は丹土で塗装され節は見えなかったと推定。特に南西角のもの年月を経て節が露出し痩せて来た。土門拳 この柱に魅了された。
柱には鏃(やじり)や銃弾の跡が多く残っている。主に永禄10年の戦い時のものである。1931〜32(昭和6〜7)年の改修で老朽柱3本が取替えられた。

柱上部の形状
   
柱の最上部が、すりこぎの先のように丸くアール状になっている(注連縄の丁度、上のところ)。これが奈良時代の柱の最大の特徴といわれる。

軒廻り
地垂木は奈良時代特有の丸垂木で、また門の内部は正面中の間だけ天井板のない組入天井になっており、全体は山形の化粧屋根裏が前後に並ぶ。
  

組物
本瓦で葺かれた切妻造の妻面は二重虹梁蟇股(大虹梁の上に小虹梁を架け、その間に蟇股を入れる構架法)で飾られている。大斗の上に長い肘木を入れたものが目立つ。当初は単純な三ツ斗で、大仏様型等一切なかったとされ、原状の破風・懸魚は鎌倉以後のものとされる。蟇股の形も奈良時代をよく示している。
     


 
宝相華文様の丸軒瓦で、天平時代特有のものである。

「転害」と書くのは、手向山八幡宮の祭礼当日、畿内、伊賀を合せて六カ国で殺生が禁じられ、「害を転じて活かす行事」と言う事で、中世以降は専ら「転害」の字があてられるようになり、門を転害門、祭礼を転害祭と記すようになった。
現在転害門周辺の地名は、手貝町である。時代により漢字の表記は変わる。

転害門をくぐり参道を進むと左手の塀越に小学校が見える。

鼓阪小学校(つさか)
      
鼓阪小学校は、東大寺境内を校区に含み、東を正倉院、西を転害門という世界遺産に接する奈良市立の小学校。
東大寺尊勝院跡に奈良町第三小学校として、1878(明治11)年に開校。
130年を超える歴史があり、国宝の転害門は小学校にとっては正門のようなもの。

お寺の巨大な屋根と見間違うのは、1936(昭和11)年に建てられた本瓦葺きの講堂で小学校のシンボルになっている。
東大寺を意識したデザインで、円い柱、回廊、車寄せまで付いている。
滋賀県の豊郷小学校(国登録文化財)の講堂より、1年後に建てられた。
校名の由来となった「鼓阪」は、小学校の東側、正倉院の柵の中にある100mほどの坂で、東大寺転害会の時に、楽人が、この坂で楽器を演奏したことからこの美しい名前が付いたとされる。


Aug.25,2016 瀧山幸伸 movie

                                                                         


Mar.16,2016 瀧山幸伸 

movie preview  (YouTube)
movie



南大門
Nandaimon
                           

本坊
Honbo
     

  

中門と東西回廊
Chomon, Kairou
                     

金堂
Kondo
                                                                                                                                                              

東西回廊
Kairou
              

  

    


戒壇院と戒壇堂
Kaidando
          


     

  

   
鐘楼
Shourou
                     

俊乗堂
Shunjodo
   

念仏堂
   

行基堂
Gyokido
 

  

開山堂
Kaizando
   

四月堂
Shigatsudo
    

二月堂
Nigatsudo
                                                                    

二月堂閼伽井屋
Nigatsudo Akaiya
  

二月堂参籠所
Nigatsudo sanrosho
     

二月堂湯屋
Nigatsudo Yuya
          

        

大湯屋
Oyuya
       

法華堂
Hokkedo
            

法華堂経庫、手向山八幡宮経庫
Kyoko
        

手向山八幡宮
Tamukeyama hachimangu
                                   

若草山周辺
Wakakusayama
                      



February 7,2016 大野木康夫 movie

大仏前交差点から見た若草山

1月23日の若草山焼きの日が雨だったので、まだ草が残っていました。

  

南大門(国宝)

                                       

南大門下から見る本坊経庫(国宝)の屋根

 

大仏殿へ

 

中門(重要文化財)
      

東西廻廊(重要文化財)

        

金堂(大仏殿、国宝)

                           

金銅八角灯籠(国宝)

     

金堂内部

銅造盧舎那仏坐像(国宝)、木造如意輪観音・虚空蔵菩薩坐像(重文)、広目天・多聞天像など

                    

中門(回廊内から)

   

東西廻廊、東楽門(回廊内から)

               

廻廊内の参拝風景

       

東廻廊(重要文化財)

        

東楽門(重要文化財)

    

東、北方向から見た金堂

      

西廻廊(重要文化財)

    

西楽門(重要文化財)

        

勧進所へ

 

勧進所経庫(重要文化財)

       

西から見た金堂

   

転害門(国宝)

                           

鼓阪小学校付近で見た鹿など

   

鐘楼に向かう途中から見た金堂

   

鐘楼(国宝)

梵鐘も国宝

                  

念仏堂(重要文化財)

       

鐘楼付近の参拝者

   

大湯屋(重要文化財)

              

二月堂裏参道(奈良県景観資産)

   

二月堂仏餉屋(重要文化財)

     

二月堂参籠所(重要文化財)

          

二月堂湯屋(奈良県指定文化財)

 

二月堂閼伽井屋(重要文化財)

     

二月堂(国宝)

                

二月堂から見た風景

 

良弁杉

 

開山堂(国宝)

               

法華堂北門(重要文化財)

                 

法華堂手水屋(重要文化財)

             

法華堂(三月堂、国宝)

                                      
四月堂(重要文化財)

      

法華堂経庫(重要文化財)

          

手向山神社宝庫(重要文化財)

       

手向山神社境内社住吉神社本殿(重要文化財)

              

若草山方面へ

     

若草山

   


Mar.24,2015 川村由幸

                                                                                                          




February 8,2014 大野木康夫 movie

雪化粧の東大寺

若草山

   

南大門とその付近

           

南大門から中門へ

        

中門

     

東回廊

      

西回廊

    

八角燈籠

     

金堂(大仏殿)

                                             

西楽門

 

東楽門

      

鐘楼

     

念仏堂

 

手向山八幡神社

 

境内社住吉神社本殿

       

手向山神社宝庫

     

法華堂経庫

       

法華堂

           

四月堂

  

法華堂北門

  

法華堂手水屋

  

二月堂

        

開山堂

  

二月堂閼伽井屋

    

二月堂参籠所

    

二月堂仏餉屋

     

二月堂湯屋

  

坂の下から見た二月堂

  

大湯屋

   

二月堂遠望など

    





October 20, 2013 野崎順次 HD video

東大寺 大仏殿
(Great Buddha Hall, Todaiji Temple, Nara City, Nara Pref.)

雨の日、大仏殿に行った。

アプローチ

     

大仏殿、子供たちには、はるか上の軒から落ちる雨水のほうが面白い。

            

暗い内部を写真と動画でうまく(ノイズ少なく、ピントシャープに)撮るため、レンズとISOを工夫したが、結果はどうかしら……..

                 

中門に戻る。修学旅行生と外人観光客が多い。

                     

南大門あたり

             

なぜか吉本の芸人がいた。ケンドーコバヤシと宮川大輔。

                      


東大寺 四月堂

October 20, 2013 野崎順次 HD video

 

毎年4月に法華三昧が行われるので『四月堂』と称され、三昧堂(さんまいどう)、普賢堂とも呼ばれる。三月堂の西側に建っているが、創建は治安元年(1021)で鎌倉時代に再建され、現在の建物は江戸前期(17世紀後半)に鎌倉・室町時代の古材を用いつつ再建されたものという
9月下旬に予定される三昧堂の拝観再開後は、十一面観音立像(重文、平安時代 像高1.75メートル)を本尊として祀る。約60年前まで二月堂に安置されていたが、現在は収蔵庫に保管されている仏像の由である。(平城宮跡の散歩道ウェブサイトより)

H25-09-9 四月堂(三昧堂)一般参拝の再開について
工事などの為、平成25年5月21日より四月堂(三昧堂)を一時閉鎖致しておりましたが、10月初めには工事も終了する見込みとなりました。御本尊に十一面観音立像(平安時代・重文)、その他、普賢菩薩騎象像(平安時代)、阿弥陀如来坐像(鎌倉時代・重文)、阿弥陀如来立像(鎌倉時代)等を安置して、10月17日朝の法要後から、四月堂(三昧堂)の一般参拝を再開させていただきます。
平成23年10月の開館以来2年を経過いたしました。このたび、新たに四月堂から重要文化財 木造千手観音立像(平安時代前期)をお迎えします。
阿弥陀如来坐像(重文)、普賢菩薩像

アプローチ、石段と石敷の坂道を登る。

       

四月堂
                 

前には二月堂と三月堂(法華堂)

     

帰途、東塔基壇跡と鹿

     

様子の良い外人親子に会ったので、写真を撮らせてもらった。

    

参考資料
東大寺ウェブサイト
平城宮跡の散歩道ウェブサイト
ウィキペディア「東大寺」



August 1,2013 大野木康夫

夏の東大寺、朝は雨模様でした。

南大門とその付近

            

本格的に降ってきたので東大寺ミュージアムで展示を見て雨宿りしました。
カフェから見た南大門、雨はかなり激しく降っています。

   

ようやく小降りになったので、ミュージアムを出て大仏殿に向かいます。
中門に雨宿りするグループなどもいて、普段と違う雰囲気です。
雨のせいか人出は少なかったです。

           

大仏殿廻廊内

                    

大仏殿内部

               

大仏殿を出て再び廻廊内を撮影

            

廻廊を出て鐘楼方面に向かいました。

     

鐘楼、念仏堂

               

修理が終わった法華堂に向かいました。

 

法華堂、法華堂北門、二月堂、四月堂、開山堂

            

再び南大門に向かいました。

            

雨も上がり、南大門付近は外国人観光客を中心に多くの人でにぎわっていました。

                  

駐車場から見た南大門の屋根

    





June 30, 2013 野崎順次 HD video

奈良県奈良市
東大寺法華堂(三月堂)
(Hokkedo Temple of Todaiji Temple, Nara City, Nara Pref.)

東大寺建築のなかで最も古く、寺伝では東大寺創建以前にあった金鍾寺(きんしょうじ)の遺構とされる。752(天平勝宝4)の東大寺山堺四至図(さんかいしいしず)には「羂索堂(けんさくどう)」とあり、不空羂索観音を本尊として祀るためのお堂である。旧暦3月に法華会(ほっけえ)が行われるようになり、法華堂、また三月堂ともよばれるようになった。もとは寄棟(よせむね)造りの正堂(しょうどう)と礼堂(らいどう)が軒を接して建つ配置であったが、鎌倉時代、礼堂を入母屋(いりもや)造りに改築して2棟をつないだ。正堂は天平初期の建築だが、礼堂は大仏様(だいぶつよう)の特色が見られる鎌倉時代の建築。時代の異なる建築が高い技術によって結ばれ、調和の取れた美しい姿を見せる。
(東大寺公式HPより)

3年をかけた法華堂須弥壇及び諸尊像修理事業が無事終了し、平成25年(2013)5月18日(土)から拝観を再開した。しかし、全ての尊像が戻ったわけではない。本尊不空羂索観音菩薩、梵天、帝釈天、金剛力士(阿吽)、四天王、執金剛紳(秘仏)の十躰が戻り、日光・月光菩薩、弁財天、吉祥天、地蔵菩薩、不動明王の六躰は東大寺ミュージアムに安置されることになった。法華堂の中に入るとやはり寂しい感がある。

アプローチ

                      

国宝 法華堂 正堂 奈良 天平十九年頃(747頃)、礼堂 鎌倉初期 正治元年(1199)
正面五間、側面八間、前部入母屋造、後部寄棟造、本瓦葺、閼伽棚を含む

                           

近くの外人観光客

      





Nov.2012 野崎順次 HD video

東大寺大仏殿

撮影日:2012年11月17日

雨の日に大仏さんを見に行った。

アプローチ

               

中門と廻廊
大仏殿江戸再興期、享保元年(1716)に中門と南面の東西回廊が完成。京仏師山本順慶が一門を率いて中門安置の持国・多聞の二天の一丈三尺の像を造立し、同四年(1719)に開眼供養。

                 

大仏殿前の金銅八角燈籠(レプリカ)、本物は国宝で一部が東大寺ミュージアムにある。

            

大仏殿外部

              

大仏殿内部

                                                    






Feb.2012 大野木康夫 HD video

2012.1.26撮影 

転害門と勧進所経庫を撮影に行きました。

転害門(国宝)

天平宝字年間(757-765)頃の建築
三間一戸八脚門、切妻造、本瓦葺

西の法華寺からまっすぐ東に向かうと、突当たりが転害門です。
東大寺でも北の方にありますが、南大門同様雑司町の区域内です。
門の東奥に覗いているクレーンは、正倉院正倉の修理用のものです。

                               

勧進所経庫(重要文化財)

平安時代前期の建築
桁行三間、梁間三間、校倉、寄棟造、本瓦葺

勧進所経庫は、東大寺塔頭惣持院の境内にあります。
普段は非公開ですが、戒壇院の東、東大寺学園幼稚園の門の脇にあるので、塀越しに撮影しました。
4月12日の公慶堂の開扉及び10月5日の転害会の法要終了後に行われる勧進所阿弥陀堂での僧形八幡神坐像(国宝)の公開の際に、正面から撮影することができます。

     

新薬師寺に向かう途中、シカと南大門を撮影しました。

   






Oct.2011 大野木康夫

2011.8.31撮影 

夏休み最後の日の東大寺です。

南大門

                   

南大門から大仏殿へ

    

中門

       

西廻廊

              

西楽門

     

東廻廊

            

東楽門

  

金堂(大仏殿)

                                                

正倉院方面への道筋

  

大湯屋、二月堂方面への道筋

  

大湯屋

            

二月堂方面への道筋

    

二月堂仏餉屋(御供所)

バスガイドさんが研修をしていました。

       

二月堂湯屋

   

二月堂参籠所

       

二月堂閼伽井屋

       

参籠所を通って二月堂に上る

        

二月堂

下の芝生で工事が始まっていました。

             

開山堂

二月堂からはほぼ全景が見えます。
12月16日の朝、良弁忌の法要後に一般公開されます。

    

二月堂からの眺め

    

四月堂

      

法華堂(三月堂)

改修工事中です。

         

法華堂北門

       

法華堂手水屋

  

大鐘楼

梵鐘は「奈良太郎」と呼ばれる現役の大鐘で、毎朝8時に撞かれるそうです。

            

念仏堂

     

法華堂経庫

       

手向山八幡宮

       

境内社住吉神社本殿

      

手向山八幡宮宝庫

       

戒壇院、勧進所、転害門方面へは行きませんでした。


Oct.2011 野崎順次 HD video

東大寺南大門
(The Great South Gate of Todaiji Temple, Nara City, Nara)

奈良県奈良市雑司町
撮影日: 2011年10月1日

天平創建時の門は平安時代に大風で倒壊した。現在の門は鎌倉時代、東大寺を復興した重源上人が再建したもので、今はない鎌倉再建の大仏殿の威容を偲ばせる貴重な遺構である。正治元年(1199)に上棟し、建仁3年(1203)には門内に安置する仁王像とともに竣工した。大仏殿にふさわしいわが国最大の山門で、国宝に指定されている。

入母屋造、五間三戸二重門で、ただ下層は天井がなく腰屋根構造となっている。大仏様(天竺様)と言われる南中国の建築様式を導入して造られており、基壇上から直径約1mの列柱が宙高く約24m伸びて、上層の屋根裏まで達している。また柱の上部には深い屋根を支える肘木という大仏様特有な組み物が水平に迫り出し、その先端を門の間口一杯に繋ぎの貫きが何本も横に走りながら、屋根裏まで重層している。その架構は荒削りで素朴だが、構築の力強さが漲っている。

南から、

            

少し西へ、

     

東に回り、

           

北(大仏殿)側から、

      

門に入って内部を見上げると、更に迫力ある構造が見られる。林立する円柱群が頂部の化粧屋根裏まで伸び、それを繋ぐ貫きが四方に何段にも出ている眺めは壮観である。

     

石造獅子像(重文)

      

鎌倉時代の柱

   

木造金剛力士立像(国宝)二体は、昭和63年から5年間にわたって全面解体修理が行われ、天平創建期から向かい会って立っていたことや、山口県で伐採された木材が、約1年程で搬送され、古文書の記述通り、ほぼ70日間で二体同時進行で、造像されたことも証明された。

       

参考資料
東大寺公式HP
日本建築の美HP


Sep.2011 瀧山幸伸 HD video

A camera

戒壇院戒壇堂付近
Kaidando
                                 

東大寺勧進所
   

塔頭指図堂

  

  
講堂跡
Kodo ato
  
正倉院正倉
Shoso
 

大仏殿
          
鐘楼、念仏堂、俊乗堂
Shoro,nenbutsudo,Shunjodo
                           

B camera

                                               

   

   

  

   

   

    

                            

       


Sep.2011 野崎順次

奈良県奈良市手貝町51

撮影日: 2011年9月11日

平城京の東七坊大路、現在の国道369号に面し、一条大路(佐保路)に向かって立つ。東大寺境内の西北にあり、吉祥の位置で害を転ずる意から転害門と呼ばれ、三間一戸八脚門の形式をもつ堂々とした門である。平重衡の兵火(1180年)、三好・松永の戦い(1567年)の2回の戦火にも焼け残った寺内で数少ない建物のひとつで、天平時代の東大寺の伽藍建築を想像できる唯一の遺構である。鎌倉時代の修理で改変されているが、基本的には奈良時代の建物で国宝に指定されている。

佐保路と説明板

      

国宝 転害門(奈良時代)西面

                           

東面(境内側)

            

大仏池あたり

   

参考資料
東大寺HP
奈良の名所・遺跡HP




Aug.2011 野崎順次 HD video

奈良県奈良市雑司町406-1

東大寺講堂跡
(Ruins of Study Hall of Todaiji Temple, Nara City, Nara)

大仏殿北側には、かつて幅約60mの大仏殿に匹敵する講堂が建っていた。度々の戦火で近世以降は再建されなかった。本尊として千手観音、脇侍の虚空菩薩、地蔵菩薩が在ったことが「東大寺要録」に記されている。この地蔵菩薩は天平19年(747)光明皇后様が発願され作られた「日本初のお地蔵様」だったようだ(講堂と共に焼失?)。幸い、礎石だけが残っている。

北の正倉院から大仏殿の方に歩くと東側に講堂跡が見えてくる。

   

北の列の礎石

        

西から南へ

        

東より

   

戒壇院の方へ向かう。

   

参考資料
奈良の名所・遺跡HP



Nov.2010 撮影:大野木康夫

五輪塔

(重要文化財)
所在地 奈良県奈良市川上町三笠霊園内

鎌倉時代に東大寺を復興した俊乗坊重源の墓石とされる三角五輪塔です。

              





May 2010 撮影:瀧山幸伸 HD video

A camera
                                   

B camera
                                          



Dec.2009 撮影/文: 野崎順次


奈良県奈良市雑司町406−1
東大寺戒壇院
(Todaiji Kaidanin, Nara, Nara)

撮影日: 2009年10月17日

754年(天平勝宝6)、聖武上皇は光明皇太后らとともに唐から渡来した鑑真(がんじん)から戒を授かり、翌年、日本初の正式な授戒の場として戒壇院を建立した。
戒壇堂・講堂・僧坊・廻廊などを備えていたが、江戸時代までに3度火災で焼失、戒壇堂と千手堂だけが復興された。

県重文 戒壇堂 (江戸時代)
出家者が受戒(正規の僧となるための戒律を授けられる)するための施設として、天平勝宝7歳(755年)に鑑真和上を招いて創建された。
現在の建物は享保18年(1733年)の再建である。
内部には中央に法華経見宝塔品(けんほうとうほん)の所説に基づく宝塔があり、その周囲を四天王像が守っている。
その国宝 四天王立像(奈良時代)は法華堂の日光・月光菩薩像とともに、奈良時代の塑像の最高傑作の1つで、国中連公麻呂の作。
怒りの表情をあらわにした持国天、増長天像と、眉をひそめ怒りを内に秘めた広目天、多聞天像の対照がみごとである。
記録によれば、創建当初の戒壇院四天王像は銅造であったようで、現在の四天王像は後世に他の堂から移したものであると考えられている。
(東大寺ホームページなど)

雨の日、近鉄奈良駅から東へ向かい、氷室神社の手前の小道を北へたどる。右に折れ、依水園あたりで道なりに左に行くと戒壇堂の屋根が見えてくる。

             

大和路や仏像の写真家、故入江泰吉の自宅がある。
戒壇院の石段や二月堂から見下ろす東大寺の写真などが思い浮かぶ。
その石段までほんの数十メートルである。

    

来た道を振り返る。

   

戒壇院への石段。

     

戒壇院と戒壇堂。

          

 


June 2009 撮影 高橋久美子

                                    



Mar.2009撮影:瀧山幸伸 HD video

  

転害門
Tegaimon

           


                
  



南大門
Nandaimon
                   

中門
Chumon
                       

回廊
Kairou
  

金堂
Kondou
                                              

                                                                            
          
           
                 

                                      
                                            

東西楽門
Touzai Gakumon
         

 
猫段
   

  

鐘楼
Shourou
                           

念仏堂
Nenbutsudou
         

行基堂
Gyoukidou
      


俊乗堂
Shunjoudou
    

   

大湯屋
Oyuya
            

                        

二月堂仏餉屋(御供所)
Nigatsudou Busshouya
    

二月堂参籠所
Nigastudou sanrousho
        

二月堂閼伽井屋(若狭井屋)
NIgatusdou Akaiya
        

二月堂
Nigatsudou
                                                                                                 


開山堂
Kaizandou
             

法華堂
Hokkedou
                       

       

法華堂北門
Hokkedou Kitamon
     

法華堂 手水屋
Hokkedou Temizuya
   

法華堂経庫
Hokkedou Kyouko
     


四月堂
Shigatsudou
         

                          

手向山八幡宮
Tamukeyama Hachimangu
        

宝庫
  


若草山
Wakakusayama
                  
       
  



May 2004撮影:瀧山幸伸 Preview video 500Kbps High Vision

                       



二月堂 お水取り
Nigatsudou Omizutori

Mar. 2006 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps Preview video 500Kbps High Vision

東大寺
                                            

二月堂 Nigatsudo
            
 

三月堂 Sangatsudo
 

四月堂 Shigatsudo
 

手向山八幡宮 Tamukeyama hachimangu
  
 

若草山 Wakakusayama
   
事務局用

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