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長野県塩尻市 平沢
Hirasawa,Shiojiri city,Nagano

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平沢は宿場ではないが漆器関連の街並が美しい
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Culture
平沢の漆器工場と漆器店
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Sep.2009 瀧山幸伸 HD video


漆芸術の里 長野県塩尻市平沢


■漆のアイデンティティ

漆の語源は諸説あるが、「麗し」ではなかろうか。英語では陶器のチャイナに対しジャパンと呼ばれるとおり日本を象徴する工芸だ。
最も古い漆は9千年前。北海道函館市の垣ノ島B遺跡から出土した副葬品が世界最古の漆塗り製品であることがわかった。
ウルシの木のDNA分析でも日本の木は日本固有種であることが確認されており、漆器の起源は日本であるというのが通説だ。

明治時代にはジャポニスムがブームとなり重要な輸出品だった。
フランスの老舗バッグメーカーは日本の漆器などに使われている家紋からデザインを得たと言われている。現代の日本人がそれを好むのも当然だろう。
高級品は国立博物館をはじめ各地の美術館や文化財に指定された旧家などでも鑑賞できるので、普段から審美眼を養っておきたい。


国宝 方輪車蒔絵螺鈿手箱 東京国立博物館 平安時代 12世紀
平安時代の工芸を代表する蒔絵の名品。金、青金の研ぎ出し蒔絵と螺鈿を用いて流水に半ば浸された無数の車輪を描き、内面には金銀の研ぎ出し蒔絵で草花や飛鳥を散らす。


美人、麗人、佳人のニュアンスが異なるように、漆器は見た目だけでは語れない。紫外線に弱く、薄衣を重ね着する点も似ている。
洋風のライフスタイルに押され佳人は遥か昔に絶滅した。漆も永きにわたり絶滅危惧種だったが、皮肉にも海外旅行ブームが流れを変えつつあるように思える。
とり憑かれたように西洋ブランドを買い漁っていた人々が、そのようなライフスタイルでは永遠に本物の美への飢えが満たされないことを悟ったのだ。
高級車の内装にも漆が使われる時代、西洋ブランドかぶれから漆かぶれ・和かぶれに回帰し、伝統的な日本文化を日々の生活に取り入れる人々が増えつつある。
ちなみに物理的な漆かぶれは主成分のウルシオールによるものだが、漆製品はもちろん大丈夫。マンゴーにもアレルギーがあるが、マンゴーは漆の仲間だそうだ。

漆製品のある生活は意外に身近だ。食器はその代表で、消耗品と割り切って使用したい。
最も格安な品は木曽ヒノキの漆塗り箸。麺類が好きな人には、すべらない、軽いと良い事づくめ。割箸代わりに漆生活を始めるにはとても気軽だ。
漆器に限らず、食器でその店の質が判断できる。テレビでよく紹介される都内の某料亭は予約がとれないほど人気があるそうだが、プラスチックの漆器もどき一式が使われていたのはご愛敬。

装身具は機能のみを追求するものではなく、個人のアイデンティティの中核だ。
世界に二つと無い自分だけの蒔絵装身具などは愛着もひとしおだろう。
筆記具、携帯、時計はもちろん、漆はプラスチック、金属、革、織物などほとんどの素材と相性が良い。
柔らかいものでは、鹿皮に漆を施した印伝もおすすめだ。洋物ブランド品よりも長持ちし、良い風合いが長く保たれ体にも馴染む。
織物に漆を施す乾漆技法の千年以上の持続性能と表現能力は阿修羅像をはじめ多くの仏像が証明している。


■平沢と木曽漆器

中山道塩尻宿から上方方面へ、洗馬宿本山宿贄川の関、贄川宿と進む。その先の平沢は奈良井宿の手前に位置する工人町で、宿場町ではない。
平沢の街並は中山道が整備された16世紀末頃から形成された。発展した理由は、原料と技術と交通と気候だ。
原料に関しては、ヒノキ、カツラ、トチなどの木工材料が得やすかったことから、木地師が曲物、ろくろ細工、櫛といった日用品を作っていた。
漆は当地では生産されないが、明治初期に発見された錆土は鉄分を多く含み、堅牢な漆器を作ることができた。
技術に関しては、中山道経由で近江の日野商人が持ち込んだ漆工芸技術があったのではなかろうか。
日野漆器の技法は蒲生氏郷とともに会津まで伝播し会津塗として今日まで続いている。
また、平沢の職人は修行先として輪島へ行っている。
その輪島塗りは和歌山の根来塗りを原点としており、平沢には地理的に複数のルートから高度な技法が伝承されていると考えられる。
交通に関しては、中山道ほか主要街道経由で製品を運搬しやすい立地である。
夏涼しく冬寒い当地の気候は漆を塗る作業環境に適している。

■平沢の街並

漆工芸の産地は数あれど漆工芸の街並は貴重なもので、平沢と和歌山の黒江によく残っているが、平沢は唯一国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。
保存地区は東西200m、南北850m、面積12haの範囲で、200件余りの建築物等で構成されている。中央に中山道が通り、街道沿いは店舗、西側の金西町は漆工の工房兼住居となっている。

中山道沿いの街並

漆工を行なう街並の特徴を見てみよう。
敷地には街路に面してアガモチと称する空地を取って主屋を建て、中庭を介して作業場である塗蔵を配し、その奥に離れや物置などが続く。
主屋は敷地の間口いっぱいに建てず隣家との間に空地を取っているため、塗蔵への通路となり、防火、通風の役目も果たす。これが独特の街並景観を形成している主な要素だ。
主屋は中二階建あるいは本二階建の切妻造、平入で、かつては板葺石置屋根だった。
間口は三間が標準で、通り庭(土間)に沿って表からミセ、カッテ、ザシキが一列に並ぶ一列三室を基本とし、間口が広い敷地は二列六室になる。
塗蔵は二階建、白漆喰塗の土蔵造で、湿度と温度の管理が重要な漆塗の作業に適した建物だ。
一階は開口部を大きく取り引戸となっており、一、二階ともに板敷の一室空間となっている。
一階で下地付けや研ぎの作業を行い、二階では埃を極端に嫌う中塗や上塗が行なわれるため、一階から埃が進入することのないように階段を間仕切るようにしており、この塗蔵も平沢を特徴づける建物といえる。
塗蔵のほかにもホウゾウ蔵と称される一般的な物を収納する土蔵もあるが、通常の土蔵の開口部であるほかは塗蔵と共通している。

技術の伝承はどうなっているのだろうか。
平沢の漆器関連産業の規模は、企業数190、従業員数850という。漆関連の高度な知財産業を永続発展させるには十分な規模だ。
平沢は戦後も漆器の産地として全国的に認められてきた。
昭和24年には旧通商産業省から重要漆工集団地の指定を受け、昭和49年に制定された「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」により、翌年に木曾漆器(木曽春慶、木曽堆朱、塗分呂色塗)が伝統工芸品に指定された。
昭和45年に完成した木曾漆器館が収集した木曾漆器の製作用具や製品など3729点が平成3年に国の重要有形民俗文化財に指定された。
館は人間国宝、伝統工芸士などの作品を中心として木曽漆器の製作工程や製品に関する道具類・作品・資料を展示している。
木曽くらしの工芸館は道の駅に併設されており、伝統工芸体験学習として、木曽堆朱の研ぎ出し、沈金、摺り漆塗りヒノキ箸のコースが提供されている。
また、木曽漆器工業協同組合の協力を得て国宝の厳島神社をはじめ多くの神社仏閣、山車舞台など文化財の修復を行っている。
このような高度な修復の一方、日常使いの漆製品の修復も請け負ってくれる。
愛着の品がこの世で唯一のアート作品として生まれ変わると思えば、複雑で手間のかかる費用にも納得できよう。

街並の伝承はどうなっているのだろうか。
隣の奈良井は宿場町として昭和53年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
平沢では平成15年に街並保存推進委員会が組織され、伝統的建造物群に関する学習会、先進地視察研修、講演会などが実施された。
続いて平成15、16年に伝統的建造物群保存対策調査が実施され報告書が刊行された。
その中で漆工に立脚した文化財としての街並の特性が明らかにされ、保存と利活用について提言がなされた。
これを受けて平成17年に保存地区と保存計画を決定し、平成18年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。
これでようやく技術のソフトと街並のハードとの統合的な保存環境が整うこととなった。


■工房へ潜入

平沢のまちを歩いてもひっそりとしている。
店舗のガラス戸は白い布で覆われ内部を 隠している。
歓迎されていないような気配だが、漆は日光を嫌うのでやむを得ない。
だが、一歩店に入ると美しい工芸品が放つ魅惑の光線に射られてしまう。
このような魔法を使う工人はどのような仕事をしているのだろうか。
彼らの日々の営みの現場を知らずして漆工芸の価値を理解することは難しいので、無理をお願いして密着取材させていただいた。

沈金の石本玉水工房は金西町にある仕舞屋風の建物だ。
沈金とは漆面に刃物で文様を彫り金箔金粉を押し込む装飾技法で、かつては中国、タイ、インドなどでも行われたが、現代では日本で最も盛んに行われている。
作業されているすぐ近くで映像撮影させていただいたが、その手の動きと力の加減に驚いた。
重厚な通奏低音の強さと主旋律のしなやかさが織りなす音楽のような所作だった。
できあがった作品は無造作に室内に置かれているが、そのまま美術館や国宝級寺社の書院に飾りたいほど知的で上品な、佳人のような美しさだ。



巣山元久家は平沢の街並を代表する国登録文化財の建物で、中山道に面して建つ。
街路からは深窓は垣間見れないが、通り庭から奥に進むと中庭の向かいになまこ壁の土蔵が佇む。塗蔵は現役ご夫婦の工房となっている。
巣山さんは創作漆器を得意とする。
あえて木工には相応しくない個性の強い原木を使用して微妙な反りや歪みを出し、作品に独特の風合いを醸し出している。
手間はかかるが同じ品は二つと無いそれらの令嬢たちは主屋にひっそりと展示されている。

巣山家の主屋、通り庭、塗蔵外観と二階内部

巣山さんの作品

■平沢の未来

オンシーズンには高山と並び喧騒に包まれる奈良井に比し、平沢への訪問者が少ないのは、その魅力を知る人知らせる人が少ないからだろう。
一般観光客が多く訪問してもお互い不幸なので、平沢に相応しい知財戦略すなわちマーケティング戦略と研究開発戦略を三つ提案したい。アート指向、国際的直販、漆工芸大学院だ。

日本の伝統工芸は皆そうだが、特に漆工芸品は再び重要輸出産業になりうると確信している。
漆は実用のアートではあるが、アーツアンドクラフツ運動の系譜から発展した民芸とは異なる至高のアートであり、もっと芸術品としてアピールすべきだ。
そのためには、漆工芸の技法が高度で貴重なものであることを理解してもらわなければならない。
工程がいかに高度で複雑かだけではなく、作品は百年千年続く財宝となりうることを世界中の人に知ってもらいたい。
既存の販売チャネルに依存し過ぎることは言うに及ばず、西欧ブランドや高級工業製品とコラボレーションして数を追うのも時として道を間違える。
制作に膨大な時間とコストがかかる漆工芸のデメリットを逆手に取り、芸術性を重視したアート作品として世界中から受注生産を行う道が相応しいのではなかろうか。
インターネットが普及した今日、国際的芸術家やミュージアム、高感度需要家とのコラボレーションを通じ、作家個人のシグネチャ入りで数量限定のダイレクトな受注生産への道を推進してほしい。

例えば漆アートの世界大会など、日本の漆工芸と文化の地位を象徴する活動も必要だ。
長野オリンピックの漆メダルは平沢の漆工芸家、伊藤猛さんが企画してオリンピック実行委員会に持ち込み、紆余曲折を経て実現させたものだ。
東京にオリンピックを誘致したいなら、誘致活動のバッジも当然漆工芸など日本の魅力を伝えるものにするべきではなかったか。
国レベルでは伝統工芸は経産省、伝統文化と教育は文科省と、連携が苦手だ。
都道府県間も漆関連の連携事業は少ない。
狭隘な役所の垣根を越えて漆をキーワードに連携推進すべき政策は多い。

漆工芸の技術の伝承だけではなく、革新的な研究開発を行うシステムが重要だ。
それを仮に漆工芸大学院と名付ければ、そこには既成概念の殻を破るようなグローバルクラスの幅広い人材による創造のるつぼが必要だ。
漆の未知の領域を開拓するためには、漆関連の川上から川下までの専門家に加えて、今まで無関係と思われていた文化や産業の専門家が世界規模で関与する創造的ネットワークと、そのアウトプットを世界に発信するシステムが求められている。

世界中が工業製品の価格競争に走る中、高度な技術を活かした芸術品を創作し続けられる平沢の未来は明るい。








巣山(元久)家


 


July 2005 瀧山幸伸 Preview video 500Kbps HD(1280x720) Video FAQ






沈金 石本




平沢と贄川(にえかわ) 
July 2004 Preview video 500Kbps HD(1280x720) Video FAQ
Aug.2003 Preview video 500Kbps Hi Quality

【平沢の街並】

平沢は宿場ではないが、木曽漆器製造の町だ。町はずれに漆器工場があり、町の中心部では伝統工芸品を扱う店の街並が美しい。



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