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Monthly Web Magazine May 2020

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■ パンデミックは今も変わらず。疫病退治の効能: 長谷寺と古典文学  瀧山幸伸

 

医学が発達していなかった時代、疫病を恐れた人々は超能力にすがるか薬草にすがる以外に方策がなかった。超能力は神仏、大木、巨岩など、神羅万象のいろいろだ。

地理学は神羅万象を扱う学問だから守備範囲が広い。要するにあらゆる自然現象社会現象の法則を発見し対処する学問だともいえる。

以下は自己流で法則を解釈したものだから定説に反しているかもしれないが。

 

村の入り口や川のほとりなど重要な交通結節点に置く庚申塚や三界萬霊塔などの賽の神と、ムラに入ろうとするよそ者に危害を加えるなど度を過ぎた疫病へのおそれは、今日のパンデミック騒動で知事自ら「来ないで」と悲痛に叫ぶ姿の背景と全く変わっていない。人々の心の中で科学や合理的判断は追いやられて不安から来る深層心理が異常行動を起こしているようだ。

神仏の超能力として古くから疫病退治の効能があり、祈祷の場所として人々を集めたのは自然界の超能力や薬草に最も近い関わりを持っていた修道者系の寺社だった。

明治以降政府により禁止された修験道だが、現在でも通過儀礼としての修験行や中高年の観音霊場詣では衰えているように思えない。

祈祷に比べはるかに少ない金額でおみくじを引いたり賽銭箱に小銭を入れて神仏の超能力にすがるスタイルはさすがに心広い神仏も苦笑いしているようだ。

長谷寺は古くより疫病退治の寺として著名で、多くの文献、特に古典文学に頻繁に登場している。源氏物語、枕草子、更級日記、蜻蛉日記など、長谷寺への「初瀬詣で」は今日の初詣でよりもはるかに重要な行事だった。

更級日記と蜻蛉日記は知性と感性に満ちた奥深い文学で大好きだが、一般にはあまり読まれていないようだ。一方の枕草子は有名だが軽薄極まりないという人が多い。

源氏物語に登場する長谷寺は、玉鬘の章が情緒豊かで印象的だ。味が薄いけれどなぜか教科書に登場する序章部分とは違う。そもそも源氏物語は宇治十条から逆順に読むほうがもっとも味わい深い。

玉鬘の章を紹介すると限りが無いので、興味ある人はその章だけでもぜひ読んでほしい。おそらく他の章も読みたくなるだろうけれど、原作を体験すると漫画や映像とは違う世界と人生が待っている。 

 

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