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滋賀県甲賀市 信楽
Shigaraki,Koka city,Shiga


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Sep.12,2016 瀧山幸伸

     


Dec.2010 中山辰夫

信楽焼 参考資料

その技術と歴史について、関連資料を列挙する。

滋賀県教育委員会発行資料
    


信楽焼歴史年表
  

穴窯跡と操業期間「推定」
  

登り窯の炉内と構造
 

製品の推移
   

古信楽の特徴
古信楽とは・・・
桃山以前、古代穴窯によって焼成されたものをいう。古信楽のもつ独特の土味、窯あじ、粗野なしかも大胆な造りは、古陶愛国家のたまらぬ魅力であり、壷はなんと言っても古信楽が一番という声が多い。
壷の鑑賞をする上で、特に時代的な特徴をあげるとするならば次のように感じられる。

信楽焼の創始時代
紫香楽宮の瓦がどこで焼かれたかは不明であるが、大仏鋳造に取り掛かった当時は、全国各地からあらゆる技術を持った奉仕者が終結した。穴窯や炭焼き窯も築かれた。始まりは天平時代から関連している。
 

鎌倉時代812世紀末〜14世紀末)
信楽焼は、鎌倉時代後期(13世紀末から14世紀初頭)に常滑窯の影響を受けて開窯したとされる。
時代の背景から、造りだされる器は無造作である。だがそこに重量感があり侍を思わせる武骨、野性的なスタイル。あまり美意識に走ってないが、そこに素朴さの美がある。
  
室町時代(14世紀末〜16世紀末)
常滑窯が衰退し始めた室町時代中期(14世紀後半)から、信楽焼はその影響下から離れ、徐々に独自の様式を確立していった。
やや大振りになる。窯の改良のためか。大衆向きの前兆と思われるが、野生美が整い自然美が豊かになってくる。
    

桃山時代〜江戸時代初期
他陶に並んでこの期のものは優しさを保ちつつ徐々に商品化の姿となって軟化され、美意識をかもしだす。
安土・桃山時代(16世紀末)
   

江戸時代(17世紀初〜19世紀末)
大衆の必需品として素朴の中に量産化されてくる。中期から後期になるほど薄造りで人為的に長珪石の砂を粘土に入れた石爆(あられ)壷などが多くを占める。江戸時代のものは古信楽といわない。(竹永藤三郎氏)
    

江戸〜明治〜大正時代(17世紀初〜20世紀初)
 

明治時代(19世紀末〜20世紀初)
 

明治〜大正時代(19世紀末〜20世紀初)
 

昭和時代「20世紀初〜20世紀末」
 

昭和時代前期(20世紀前半)
京都で修行を積んだ藤原銕造(てつぞう)が大物製作を得意とする信楽での製作を望み、移住して信楽焼のタヌキを生み出した。
昭和天皇が昭和26年(1951)信楽行幸の際、「幼きとき 集めしからに なつかしも 信楽焼の狸をみれば」と詠まれたことが全国に知れ渡る切っ掛けとなった。昭和41年(1966)近代絵画の巨匠ジョアン・ミロも訪れ、タヌキに熱中した。
 

昭和35年〜
信楽の古典復興と陶芸家たちの活躍
   

『滋賀県管下 近江国六郡物産図説』

明治6年(1873)のウイーン万国博覧会への出展に際し、明治政府の要請により当時の滋賀県が、管下六郡(滋賀・栗太・甲賀 野洲・蒲生・神崎)の物産を、地元からの報告をとりまとめた調書綴。
信楽焼に関する報告は長野村と神山村から明治5年に報告されている。
陶器製造員数取調詳細書上帳と陶器製造図面取調調書上帳からなり、幕末から明治にかけての信楽焼製産の全容が伺える貴重な資料である。
陶器製造員数取調詳細書上帳 長野村
       

陶器製造図面取調調書上帳 神山村
     

六古窯とは
鎌倉時代以前より継続している古い窯の中で、後世大きな産地となった代表的な六つの窯、瀬戸・常滑・越前・信楽・丹波・備前の六窯を指す言葉である。
古陶磁研究科の小山冨士夫氏によって昭和23年ごろ命名されたもので、信楽はその中でも最古のものの一つとされている。
土味を生かした素朴な風合いが、年月を超えて多くの人々に愛されて来たということであろう。
 

レポート資料
信楽焼き―その技術と歴史
    

参考資料《近江やきものがたり、信楽焼歴史図鑑、近江の文化財教室、甲賀をひもとく、その他》








旧信楽町の概況

現在の信楽は、町の中心を国道308号線が走り、陶器の町として成り立っている。「信楽焼」のフアンは全国に多い。
”信楽まちなか芸術祭“と銘打って、10月から2ヶ月間にわたり、5会場で多彩なイベントが展開され、街中燃え滾っている感じである。
         

信楽は滋賀県の東南部にあり、南は三重県、西は京都府に接し、町の大部分を高原状の信楽山地が占めている。
大戸川(雲井川)が中央を流れ、その流域に上流から杉山〜柞原(ほそはら)、小川、神山〜江田、長野、勅使、牧の地域が続く。
また支流の馬戸川、隼人川流域には宮町〜黄瀬(きのせ)と、それぞれ小さな盆地が谷状に細長く連なっている。
 

古くは聖武天皇によって都が移され、大仏建立の詔が発せられた歴史を有している。
周囲は山々に囲まれるが、中央の奈良、京都とも近い立地は当時から交通の要衝として、また政治的にも重要な位置関係にあった。
 

中世には、信楽庄が成立。南部が近衛家、北部は飯道山が治めていた。
さらに、北部の村々と南部の朝宮は南近江―佐々木氏の勢力が占めた。
やがては。信楽庄の庄官であった当地の豪族多羅尾氏が一帯を支配するようになった。
その後徳川家康から幕府代官に任じられ、多羅尾には信楽代官所が置かれた。その陣屋跡が残る。

本場信楽焼きの開窯は鎌倉時代後期頃とされる。その窯跡は信楽谷のほぼ全域にわたるが、特に多いのは大戸川流域だった。
その生産活動は今日に及んでいる。愛嬌のあるタヌキの置物に代表される焼き物の町として発展している。
  

信楽の火鉢が特に珍重されてきた。これは、花崗岩の風化した土の中に亜炭の粒子が多く含まれていることによる。
この土を焼き上げると、小さな無数の空洞が出来、このため少ない炭でも暖かいとされてきた。
中井出古窯跡をはじめ、町内至る所に古窯跡群や陶芸の森、信楽焼美術館など信楽焼に関する施設が多い。

信楽焼以外に立地に適合した産物として茶業が盛んで、幕末開港以降は一層の伸張が見られた。
 

信楽の文化財

考古遺跡として大戸川左岸に勅旨古墳群がある。聖武天皇の造営になる紫香楽宮跡も有名である。
文化度は中世の石造品や民俗からもうかがい知れる。
社寺では、飯道神社が歴史的もは古く、本殿は慶安2年(1649)の建立になる建物で、国重要文化財に指定されている。
その他町内の神社は流造が多いが、切妻造、入母屋造、春日造と少数であるが様々な形式の本殿が分布する。
一般に細部の装飾は豊かである。屋根に千鳥破風と軒唐破風をつけたものもある。
また、三所神社と同様に宮座の建物が付属する例も多い。
寺院は浄土宗寺院が大部分である。

信楽にある文化財のほとんどは旧街道に沿って存在するといえる。この旧街道は聖武天皇がかつて行幸された道筋である。
  

この旧街道は今、紫香楽宮歴史街道と称されているようだ。
「続日本書紀」、天平14年(742)2月5日の条に、恭仁京東北道がはじめて開かれ、近江国甲賀郡に通ずるとある。
古代の官道歴史古道にあたる。
新たに設けられた東北道は、恭仁京の東北隅から出て、東北へ向かう山越えの道である。
《加茂町瓶原》−《和束》−《湯船》を経由してほそ峠を経て信楽へ入る。
信楽は、《朝宮》−《中野》《柞原》《長野》《勅旨》を通り大戸川沿いに北上して《牧》《黄瀬》−甲賀寺-《宮町》− 紫香楽宮と進む。
恐らく未開の山地を眺めながらの旅であったろう。

聖武天皇の一回目の行幸は、天平14年8月、恭仁宮から和束を経て湯船、ほそ峠を越え、信楽へと向かわれたとされる。
二回目は、天平12年12月29日のことで、恭仁宮に翌15年元旦に戻られた。
三回目の行幸は、天平15年(743)4月3日から16日までの約2週間とされる。

一回目の行幸の頃から、現在の甲賀市信楽町の宮町を中心に黄瀬・牧周辺を遷都の地に定め、紫香楽宮の造営が始まった。
  

現在の信楽町は街の真ん中を走る国道308号線を軸に発展している。
旧街道は山裾をそうようにつながっている。車のすれ違いがギリギリ出来る幅である。山が迫っているところも多い。
国道307号線と合流したり、離れたり、近江鉄道とも並行に走ったり、交わったりする。
朝宮「三所神社」、杉山「杉尾神社」から宮町「紫香楽宮」に至る間、約20kmの距離の間に文化財が点在している。
信楽駅前で自転車をレンタルし、一気に朝宮まで駆け、紫香楽宮跡まで戻るのも一策である。

参考資料《甲賀市史、信楽焼歴史図録、信楽 壷中の天、よみがえる紫香楽宮、その他》





June 2009 撮影: 中山辰夫

信楽はタヌキで有名な[信楽焼き]の本場として、広く知られる陶器の町です。
若い陶工がその伝統をまもりつつ、明日への脱皮に精を出す息吹が感じられる町です。

 パンフレット
      
 信楽駅、街中、お店
             
 窯元・・・宗陶苑
                             
 パンフレット
 
伝統産業会館
  
 信楽産業展示館
                                                
 陶芸の森
                 
 太陽の広場 屋外展示場
                     
 小花と陶器
                   
 某販売店 販売状況
                               




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