JAPAN-GEOGRAPHIC.TV

愛知県豊明市 桶狭間
Okehazama,Toyoake city, Aichi


Category
Rating
Comment
 General
 
 
 Nature
 
 
 Water
 
 Flower
 
 Culture
 
 
 Facility
 
 Food
 



Mar.22.2016 中山辰夫

桶狭間古戦場公園
名古屋市緑区桶狭間北三丁目

桶狭間(おけはざま)は、愛知県名古屋市緑区と愛知県豊明市にまたがる地域の汎称地名・歴史的地名である。
織田信長が今川義元を破ったことで有名な「桶狭間の戦い」、その主戦場を巡り、名古屋市緑区と愛知県豊明市の間で論争が続いているが、戦国時代の歴史の舞台となってから450年余り。この件に関し定説はない。

桶狭間古戦場公園は、名鉄有松駅の南約1300m、市バス停幕山から約100mの所にある。
      

この一帯は、桶狭間の戦いの中心地であり、おけはざま山の本陣から追われた今川義元が、討ち取られた最期の地とされている。
地元では「田楽坪」とも呼び、公園は合戦当時の地形、城、砦などをジオラマ化し、中央に織田信長と今川義元の銅像を配した桶狭間古戦場公園として、合戦から450年目の2010(平成22)年に整備された。
   

今川義元の墓碑
 

首洗いの泉
  

田楽坪・ほか
     

近郊の関連するスポット
大池と重臣瀬名氏俊陣所跡
公園近くの大池(ため池)を水源とする鞍流瀬川は、戦いの折り、血で真っ赤に染まったとされる。池の傍に案内が立つ。
今川義元の本陣設営のため、武将瀬名氏俊が着陣した所。
  

長福寺 
緑区桶狭間42 1538(天文7)年草創 浄土宗 今川義元の供養寺 今川義元と松井宗信の木像が寺宝
戦いの後、首検証をさせられた義元の茶坊主林阿弥は、許されて国に帰った後、主君を弔うために阿弥陀如来像を持って訪れた。
     

木像
 

供養塔と首検証の場
    

桶狭間神明社 長福寺近くにある。
神社の起源は定かでない。桶狭間村は1340年頃、南朝の落武者が逃げ込み隠遁生活を始めた人々が開村したといわれ、これらの人により奉祀された。
今川方の先手侍大将の瀬名氏俊が戦勝を祈願した折り奉献した神酒の酒桶が残されており、この宝物は今川義元が水を汲んだ桶であるともいわれる。
         

高根山
標高54.5m、この辺りでは一番高い所。今川軍が着陣し、織田軍の動静を監視した。ここにある有松神社派日清戦争以降の戦没者を祀るために建立された。
       

参考資料 ≪引用:公益財団法人 名古屋観光コンベンションビューロー発行資料≫
   


Jan.12,2014 瀧山幸伸 video


                    


                                     

戦人塚
        

      




All rights reserved 無断転用禁止 通信員募集中