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秋田県仙北市 角館 

Kakunodate Senboku city,Akita


Nov10,.2014 柚原君子

武家屋敷を堪能して角館から帰京の新幹線の中、うっかりに気がつきました。武家屋敷はたくさん散策したのですが、肝心のお城を見てこなかったのです。持っていた昭文社の「ことりっぷ」を広げてみたら、武家屋敷が並ぶ一番北側の石黒家の先の国道46号を渡った古城山の中に、「角館城」の印がありました。山の上の本丸と思われる広大な広場、そこに「小松山城跡」という石碑が建っている、とガイドブックには書いてあります。次回、桜の頃には是が非でも城跡に登ってみようと思っています。

角館城の推移は複雑です。1424年(応永31年):戸沢氏が北浦郡の門屋城から移ってきます。1602年(慶長7年):戸沢氏が常陸多賀郡へ転封されたあと、佐竹氏が秋田へ入部し久保田藩領となります。1603年(慶長8年):佐竹義宣の実弟にあたる蘆名義勝が所預(ところあずかり)として角館に入り角館城主となります。1615年(元和元年):一国一城令発令に伴い1620年(元和6年)に廃城となります。廃城となったため蘆名義広(盛重)氏は麓の屋敷に居住して防衛のための町割りを行ないます。1656年(明暦2年):三代続いた蘆名家が断絶すると、佐竹氏の分家である佐竹北家の佐竹義隣が出羽長野紫島城から角館へ入部し、以後明治まで続きます。

佐竹義隣の実父は京の公家・高倉家の出。高倉家は衣文道の家元です。また、2代佐竹義明も公家・三条西家一門である西郊家の西郊実号の娘を正室に迎えました。三条西家は歌道と香道の家元でもありましたから角館には多くの京文化が移入されました。

現在、角館城南側一帯は蘆名氏や佐竹氏家臣たちによって造られた侍屋敷が建ち並び、「みちのくの小京都」と呼ばれるようになっています。ちなみに現在の秋田県知事、佐竹 敬久(サタケノリヒサ)氏は、佐竹北家第21代当主さんです。

1、 武家屋敷通り(重要伝統的建造物群保存地区)

角館は秋田藩の中では最も大きな城下町です。と言っても一国一城令発令に伴い1620年(元和6年)に角館城は廃城となっていますから、城山を降りた町のほうに防衛を考えた町づくりが進められました。

西の檜木内川を自然の堀とみたてて、北が丘陵地、東には小残丘が点在して南にひらけ、南西側は檜木内川と玉川の合流点があって自然をそのまま利用した要塞の町づくりとなっています。防火対策も整えられて、南北に細長い町を東西に貫く形で作り、中央に土塁を築いた「火除け地」も造られてあります、武家屋敷は武家町(内町・ウチマチ)と町人町(外町・トマチ)に分けられて390年後の現在でも子孫の方々が居住、管理されて京都を凝縮したような街並みがきれいに残されています。

「内町」は、築200年近い屋敷が建ち並び黒板塀に垂れ下がる枝垂れ桜が続きます。この武家屋敷群の表通りは、国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けて保護されています。「外町」は内町と対照的に商家などの町並みが続いていて歴史を感じさせます。古い建物や土蔵も多く残り、店舗やレストランなどに活かされています。

国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されているにふさわしい武家屋敷の黒板塀の続く町並みですが、何と言ってもそれに色を添える春の枝垂れ桜には圧倒されます。藩政時代、角館佐竹家の二代目、義明の妻が輿入れの際に京都三条西家から持ってきた嫁入り道具の中に3本の桜の苗木があり、それらが元になって長い年月を受け継がれ、今日まで続いていると伝えられています。現在450本ほどある枝垂れ桜の中で、162本が国の天然記念物に指定され、それぞれに番号札が下げられています。角館の裏道など散策をすると意外なところに番号札をぶら下げられた枝垂れ桜に出会うことができます。

枝垂れ桜は「エドヒガンザクラ」の変種だそうです。本来は上に向かうはずの枝が、枝先の細胞分裂が早く進むことで先端部分の重みが増し、そのため枝が自然に下を向いてしまったと考えられているそうです。もみじと共に桜の葉の紅葉もとてもきれいな武家屋敷通りでした。

                                                                                    

2、成就院薬師堂(所在地:仙北市角館町西勝楽町)

勝楽山成就院、真言宗智山派。通称 お薬師さまと呼ばれる成就院は、かつては勝楽村の鎮守様でした。角館城主戸沢能登守の眼病が、「峰の薬師」を遥拝したところ治癒し、また他の所願が成就したのでその霊験が薬師信仰として民衆に拡がったとされています。 現在のお薬師さまは、いつの頃に誰によって祀られたのかは不明です。寺地は、元和7年(1621)まで伝承館南角にありましたが、町割計画で今の地に移転させられました。 薬師堂の祭典が角館町民の祭典であったのは、勝楽村にお薬師さまが祀られて以来続いているのだそうです。

「駅通り若者曳山」という山車が勝楽山成就院薬師堂の曳山で9月上旬にはお祭りがあります。

      

3、花葉館界隈(所在地:角館町西長野古米沢30-19)

思い立っての角館行きでしたので宿も取らずに東京を出発しました。駅前にアパホテルなどがパーン!と建っている、というイメージで行きましたが駅前は平屋ばかり。えっ!とあわてて観光協会に飛び込みました。電話をかけていただいてとりあえずは宿を花葉館に確保しました。駅より送迎バスで20分と、思っていたより遠い場所にありましたが、そのために農道散策、朝霧、柿の木や残月、朝の紅葉などを気持ちよく撮影することができて嬉しかったです。地面から生えているセロリをはじめて見ました。

                                                                                                                  

4、檜木内川(ヒノキナイガワ)

桧木内川は、秋田県を流れる一級河川です。雄物川水系玉川の支流になります。国指定名勝の角館の桜並木として有名です。武家屋敷のほうは「エドヒガンザクラ」が京都より藩政時代に嫁入り品として持ってこられましたが、桧内川堤の桜は1934年(昭和9年)4月に古城山西南麓から内川橋に至る桧木内川左岸堤防築堤の完成と、当時の皇太子明仁親王(現天皇陛下)の誕生を祝して、角館の町民によって植えられました。約400本のソメイヨシノの並木が約2kmに渡って続いています。1975年(昭和50年)国により名勝に指定(注1)。ソメイヨシノは、武家屋敷通りの枝垂れ桜よりわずかに花のピークが異なるそうです。訪れた日の桧木内川桜並木の紅葉は盛りを過ぎていて、可憐なコスモスが点在して揺れていました。

(注1)、1972年ごろ、樹木が根をはると堤防に穴があき、そこから水がしみ込むと堤防が崩れてしまうと考えられ、堤防上には樹木を植えないという規則が河川法で定められました。町民が育て上げた桜の木が切り倒されてしまうかもしれないという危機に直面。「桜を残したい」町民が講じた案は「桧木内川堤の桜を法律で守ってもらおう」という考えでした。河川法に対して文化財保護法を使う、すなわち桧木内川堤2キロの桜のトンネルを残すために国の指定で文化財として法で守れるようにしようと考えついたのです。結果、町が議会に提案して堤を町道に認定。「堤防上の桜」は「並木道としての桜」となったのです。ことで切らずに残され、国名勝の指定を受けるに至りました。まるでメルヘンの世界に誘われるように広がる桜色のトンネルには、町の人々の桜に寄せる熱い思いがたくさんつまっている檜木内川の桜並木です。(注1は仙北市公式サイトより引用)

                 

5、旧松本家住宅主屋(所在地:角館町小人町)(秋田県指定有形文化財)

松本家は佐竹氏の重臣今宮家の組下で、芦名家臣団とは別に田町菅沢に住居を構えていました。芦名氏断絶後、佐竹北家の組下となり現在地の小人町に移り今に至ります。小人町は、足軽、中間などが住んでいた所で、松本家も軽輩でしたが、郷校弘道書院の教授を勤め「烏帽子於也えぼしおや」の著者として知られる須藤半五郎を出した向学の家です。建物は茅葺の簡素なつくりで、入り口より居間、座敷兼仏間、裏側に至り水屋、広縁、寝室が配されています。建築年代は幕末の頃と推定。垣根は柴垣ですが、旧藩時代は殖産事業の原料となる植物や食用植物が植え込まれていたそうです。正面右側の紅葉と裏側の柿ノ木と井戸に風情がありました。質素な暮らし向きというイメージでした。公開期間 4月下旬〜11月中旬 無料、午前9時〜午後4時30分(不定休)

                  

6、河原田家(カワラタケ)(仙北市指定史跡)

河原田家は芦名氏の会津時代からの普代の家臣の家柄です。芦名氏断絶後は佐竹北家の家臣となり廃藩まで仕えましたが、木山方を代々勤めて実務派として重きを置かれていました。 現在地には明治期に移転しましたが、藩政時代の建築をそのまま踏襲しており、座敷には、この地方の書院造りの典型的な様式を残しています。書院造りの表座敷には蝶の欄間があるそうですが、雪囲い作業が進められている最中となり見えませんでした。残念。お庭が狭いですけれども緑の苔に赤い落葉が映えていました。渡り廊下で小田野家につながっている様子でしたが、あいにくとお隣の小田野家は工事中で公開されていず、渡り廊下の続きは見られませんでした。公開期間 4月中旬〜11月30日 無料、午前9時〜午後4時30分

           

7、岩橋家(秋田県指定史跡)

岩橋家は芦名家の重臣で、禄高は75石。芦名氏断絶後角館支配となった佐竹北家に召抱えられその後廃藩になるまで仕えました。この屋敷は江戸時代の末期に改造、屋根は萱葺でしたが、木羽葺に変わりました。木羽はザクと呼ばれる天然杉の正目に沿って薄く割った板のことです。屋根材として多く使われていましたが、秋田藩では江戸時代の中期に木材資源の枯渇を心配して使用を禁止して、茅葺にするようにの指導がありました。角館の場合は特に願い出て許可をもらって、木羽葺ができたという経緯があるそうです。

表座敷にはこの地方の書院造りの様式が残されています。角館の中級武士の家屋として間取りなど典型的な形を残しているそうです。河原田家同様に中にあがることは出来ませんが、重臣だけあって河原田家よりも大きな屋敷でした。

裏に回ると井戸につるべに枝垂れ桜が寄り添うようにありました。天然記念物に指定されている岩橋家のカシワは盛大な紅葉の中にありました。推定樹齢300年余り。内陸部では非常に珍しいそうです。公開期間4月中旬〜11月30日 午前9時〜午後4時30分

                              

8、そば処古泉洞

「この建物は江戸時代の寺子屋で裏町(200m)先から移築したもので、角館で一番古いと言われています」という看板が店先にありました。「裏町」という町名は今もあって、東勝楽丁の北側、丁度石黒家の裏側あたりで、上級武士が住んだ表町の東側の通りになります。武家の子息たちが通った寺子屋ということですから、神社仏閣に多い火災除けのお守りの懸魚が下がっているのも、寺子屋ならではのものでしょうか。馬止めもあって武家屋敷に負けない立派な家でした。

                  

9、青柳家(所在地:角館町東勝楽丁26)(母屋・門・蔵:秋田県指定史跡)

「当家は天正8年常陸の国青柳和泉の守より、続く角館を代表する武家屋敷です。3千坪の屋敷は植物園のように草木に、覆われ、その中に6つの資料館武器蔵・青柳庵・郷土館・武家道具館・幕末資料館・ハイカラ館がございます。万延元年建立の薬医門からご入場され、安永2年建造の母屋を通ってごゆるりとご散策ください」

という立て札が薬医門右側に立っていました。

薬医門のいわれは、矢の攻撃を食い止める「矢食い(ヤグイ)」からきたとも、医者の門として使われたことからともいわれています。門の脇に木戸をつけて扉を閉めても四六時中患者が出入りできるようにしていたものといわれています。青柳家の薬医門の脇にも小さな出入り口が設けられていました。「のぞき窓」のついた黒塗りのささら子塀が紅葉とよくマッチしています。

青柳家は芦名(アシナ)氏家臣団の優力な武将でしたが、芦名氏断絶後佐竹北家の組下となりました。門から入って北側に井戸屋形、米蔵等があり、それに近く正玄関、その北側に脇玄関があり客の格式・身分によりその使用を分けたそうです。

展示物が非常に多く歴史資料館のようでした。鎧兜、生活様式の桶から水周り道具、千両箱、お雛様、絵草紙、近年の召集令状、軍服など、観て回るのに疲れる(笑)くらいあります。寄贈されたビクターレコードの数々もあり、武家屋敷らしからぬ思いをめぐらしながら散策をしました。武家屋敷の建築様式を今につたえる母屋は寄棟萱葺屋根。ハラハラと紅葉が萱葺屋根に落ちていました。入場料金:大人450円、中学生・高校生250円、小学生150円。イタヤ細工の実演もあるようです。

                                                                                                                      

10、石黒家(所在地:角館町表町下丁1)(仙北市指定史跡)

石黒家は佐竹北家の用人(江戸時代の武家の職名。家臣中の有能者を任じて財政,庶務万端を取扱う)を勤めた家柄で、家伝によると嘉永6年(1853年)に現在地に移転したとなっています。薬医門には、文化6年(1809年)日付の矢板があり、門を入ると起り破風に懸魚のついた正玄関と脇玄関があります。母屋は萱葺で庭に築山、巨石、樅の大木、東屋があり、武士の格式を示しながら、簡素なたたずまいを呈しています。道路面にはのぞき窓を付けた黒板塀がめぐり現存する武家住宅の中でも最も古いものです。

案内の説明をしてくださる方がいらっしゃって、音声は録画はNGですが写真はOKとのことでした。鴨居の脇に部屋の空間を横切るような棒を異動させるものがあって(洗濯物を乾かしたり、干物をしたり?する、という説明がありましたが、そのものの名称を忘れたのは少し心残りです。欄間の亀の絵柄は陽射しの入り込みによって影絵のようになりきれいでした。奥の土蔵は自由見学ですが、とてつもなく大きなもので驚きました。が、居住の部屋が少なく、質素な暮らしだったんだなぁと思いました。大人(高校生以上)300円 小学生・中学生150円※気をつけていると、意外なところで割引券が出ます。もしゲットできたら50円割引です。

                                                            

11、

松本家の横の広場に武者の格好をした観光協会の方が集まって剣を掲げて練習をしていらっしゃいました。武家屋敷の方にお出ましになるそうです。私も今日は一日、武家屋敷をゆったり散策に充てているので、どこかで遭遇できると思いました。姫様と殿様とおつきのお女中さんもいらっしゃるとのことでした。

武家屋敷通りは割りと閑散としていました。樹木の雪吊りが忙しく行われている風景や、家の脇に板を立てかける雪よけの風景や、マンホールの脇に枝を刺してリボンが結んである風景など(防火水槽のあり場所?)にであいました。紅葉のきれいな中にも冬の準備が着々と進められている角館でした。

武家屋敷通りの岩橋家の前には、明治7年に開校した「角館小学校」の跡地がありました。開校は明治7年6月2日。前身の「弘道書院」から数えると220年に渡る学校だったそうです。開校当時は生徒数60人、授業料は一人一円以下、教師は6名、学費で足りない部分は有志が寄附して学校を運営していたそうです。

樺細工伝承館の前に出ると、午前中に松本家の横の広場で見た武者さんの方々に会い私も写真を撮ってもらいました。姫様殿様もいらっしゃいました。

一人旅のこともあり、時間もありということで、道路に落ちる木の陰を楽しんだり、角館ネコを追いかけては逃げられて、と自由な時間を過ごして楽しみました。武家屋敷通りより一本裏道の小田野家の前の紅葉が、人通りもなく惜しげもなく紅葉が地面にあふれていきれいでした。ここでは、歩く人の影が欲しくって20分くらい待ちました(待ち人来たらずでしたが)。

一人旅は少し寂しいですが、道の脇に腰掛けてカメラの設定をゆっくり見直したり、猫を追いかけてみたり、太陽の加減で絵になる位置を待ったりなどもできるので楽しいことも多くあります。ただちょっとねぇ、私は方向音痴なので一人旅の時の地図を読むのには困ります。今回も地図を見せて「私のいるところはどこですか?」と、土地の人に示してもらったことが数回ありました。もう見るところも無くなってしまって、18時に取ってあった新幹線指定を2時間早めてもらって(1回だけ変更が効きます)、16時に角館を後にしました。

                                                                                 

12、角館駅

『地名の由来は諸説ありますが、最近では檜木内川と院内川が交わった角に館が建ったので角館になったのではないかと言われています。角館が歴史の表舞台に登場するのは豊臣秀吉の小田原攻めに参戦した戸沢氏が、その功により秀吉より「領地朱印状」を渡されたのが始まりです。城下町として栄え、江戸時代の街並みが今も残る……』と駅前の案内板には記してありました。が、……領地朱印状って、高校の歴史では徳川時代に、って習った記憶があるけど、秀吉さんも出していたのかしら。まっいいか。それに舘とは高い台地や丘陵に使うもので日本には意外と多いのですよね、函館、下舘、岩館、同じ秋田県には大館もありますしね、でも、まっいいか、と一人でつぶやいて写真を撮りに駅のロータリーに出ました。角館駅は平屋建ての横に広い駅です。駅と同じくらいの大きさの観光案内所もあります。貸し自転車もあるようですね。改札を入るとすぐにホームです。秋田内陸線の一両のみの列車とお隣同士のホームが新幹線ホームです。その辺のローカル線がやってくるように新幹線が入ってきます。お隣の田沢湖の駅まではとても新幹線とは思えないゆるいスピードでした。

            

13、小田野家(仙北市指定史跡)

「小田野家は、今宮弾正組家で後、佐竹北家に支えました。建築物は、明治33年(1900年)の大火により全て焼失しましたが、屋敷割は、旧藩時代のままです。また樅、紅葉等の樹木に菖蒲、小笹等の植物を配した前庭は、京都庭園作法の伝統植栽法を取り入れ、幕末期武家屋敷の一様式を伝えます」と公式サイトにはありますが、残念ながら工事中で非公開でした。塀の上より三枚の写真をいただきました。

   

14、白瀧神社

鳥居の先の急な階段を上がったところに神社らしきものがありました。細長い板に「白瀧神社」と表札のように出ていました。お祈りするところもないような雰囲気。???

地元の人しか知らない湧き水が飲めるスポットだそうです。

           

 

 

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