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青森県青森市 浪岡城跡
Namioka casle,Aomori city,Aomori

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Aug.7 ,2017 瀧山幸伸 source movie

史跡
青森市浪岡大字浪岡

浪岡城は1460年代に浪岡北畠氏によってつくられました。浪岡北畠氏は、南北朝時代、後醍醐天皇を助けた北畠親房、顕家の子孫と伝えられます。1500年代前半の最盛期には、京都と盛んに交流し、寺社を建立するなどしています。しかし、1562年におきた親族間での争いにより勢力が衰え、1578年に大浦(津軽)為信に攻められ落城してしまいます。以後、約400年、城跡は畑や水田として使われてきました。昭和15年2月10日、青森県で初めて国史跡指定を受けました。
指定面積約136,300平方メートル(東西1.2km、南北600m)。幅20m、深さ5mほどの二重堀で分けられた8つの館(郭)が扇のように広がる形が特徴です。堀と、堀の中の土塁により守りを強化しようとしたものと考えられます。また、土塁の上を通路としても使用し、城全体を迷路のようにしていたようです。
昭和52年度からはじまった発掘調査により多くの発見がありました。これらの結果から、当時の人々がどのような風景を見て生活していたのかを体験しながら歴史学習のできる場所、史跡(歴史)公園にしてゆくための整備を続けています。
浪岡城跡の中心である「内館」と、「北館」、「東館」及び「西館」と堀跡の一部を調査しました。発掘調査により当時使っていたものが大量に発見され、浪岡城が戦国城館としてだけではなく、住むための、いわゆる居館であることがわかってきました。とはいえ、調査は全体の3割程度が終了したというところですので、まだ多くの建物跡や遺物が眠っています。
食器や調理器具・武器類・農耕具・日用品・宗教用具・建築関係用品など様々なものが4万点以上も見つかりました。詳しくわからなかった江戸時代以前の生活が土の中から目をさましたのです。これらの遺物は、中世の館で保管展示しています。
(青森市)
                                                  





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