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青森県七戸町 七戸城跡 

Shichinohe castle ato,Shichinohe Town,Aomori

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Aug.8 ,2017 瀧山幸伸 source movie

史跡

 七戸は平安時代後期には既に開かれていた。七戸の給主としては、14世紀はじめには北条氏の代官としての工藤氏の名が確認できるが、城の位置や築城年代は不祥である。北条氏が滅んだのち、七戸は伊達氏・結城氏を経て建武2年(1335)3月、八戸根城南部師行の弟政長の所領となる。七戸城はこの南部政長の築城と伝えられており、南北朝時代には、八戸根城とともに南朝方の一大拠点として重きをなした。

 城は柏葉城とも呼ばれ、作田川、和田川合流点付近の、北西から市街地へ延びる比高40mの洪積台地の先端を利用して造られている。遺構は本丸、二の丸、北館、下館、宝泉館、西館、角館の7郭より成り、(指定面積は約9万5千m2)各郭には独立性が認められ、空堀、帯郭、腰郭、虎口、武者隠し等もみられる。天正19年(1591)、城主七戸家国は九戸政実の一揆に加担して滅び、翌年城は壊された。この時埋められた本丸、二の丸間の堀跡が平成8年確認された。

 廃城後も七戸城の名は残り、三戸南部氏の一族が在城したが、寛文4年(1664)からは城内に代官所が置かれた。明治2年(1869)に七戸藩が創設され、藩庁がここに置かれた。現在、七戸城跡保存管理計画に基づき、北館の発掘調査を行っているが、出土遺物は15世紀のものが主で14世紀のものはまだ出土していない。

(青森県)

                                           


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