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福井県永平寺町 永平寺

Eiheiji,Eiheiji town,Fukui

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曹洞宗
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吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 仏殿 重文 近世以前/寺院 明治 明治35(1902) 桁行三間、梁間三間、一重もこし付、入母屋造、本瓦葺

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 法堂 重文 近世以前/寺院 江戸末期 天保13(1842) 桁行32.2m、梁間23.2m、一重、入母屋造、東面下屋附属、桟瓦葺一部銅板葺、西面及び北面軒下張出附属 棟札1枚 天保一三年三月

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 山門 重文 近世以前/寺院 江戸中期 寛延2(1749) 五間三戸二重門、入母屋造、銅板葺 棟札1枚 延享四年七月

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 中雀門 重文 近世以前/寺院 江戸末期 嘉永5(1852) 一間一戸二重門、入母屋造、前後軒唐破風付、銅板葺、左右袖廻廊附属、桟瓦葺

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 僧堂 重文 近世以前/寺院 明治 明治34(1901) 桁行26.6m、梁間21.1m、一重、入母屋造、桟瓦葺一部銅板葺、西面下屋附属、銅板葺、仏龕付、西面衆寮附属、桁行18.0m、梁間14.1m、一重、両下造、銅板葺、仏龕付

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 大庫院 重文 近世以前/寺院 昭和 昭和4(1929) 桁行41.6m、梁間13.4m、鉄筋コンクリート造及び木造、三階建、地下一階、入母屋造、一回及び二階西面玄関附属、二階南面張出附属、桟瓦葺

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 大光明蔵 重文 近世以前/寺院 昭和 昭和4(1929) 桁行23.6m、梁間19.0m、一重、入母屋造、北面軒下張出附属、桟瓦葺、西面向拝附属、銅板葺

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 監院寮 重文 近世以前/寺院 昭和 昭和4(1929) 桁行18.9m、梁間5.8m、西面入母屋造、東面寄棟造、西面及び北面下屋附属、桟瓦葺、廊下附属

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 廻廊 重文 近世以前/寺院 明治 明治35(1902) "山門東方廻廊、山門西方廻廊、中雀門東方廻廊、中雀門西方廻廊、仏殿東方廻廊の5棟からなる

山門東方廻廊 折曲り延長38.1m、切妻造、桟瓦葺

山門西方廻廊 折曲り延長66.1m、切妻造、桟瓦葺

中雀門東方廻廊 折曲り延長21.0m、切妻造、桟瓦葺

中雀門西方廻廊 折曲り延長14.9m、切妻造、桟瓦葺

仏殿東方廻廊 折曲り延長60.5m、切妻造、桟瓦葺"

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 承陽殿本殿及び拝殿 重文 近世以前/寺院 明治 明治14(1881) "本殿 土蔵造、正面三間、側面四間、一重、宝形造、銅板葺

拝殿 桁行五間、梁間五間、一重、入母屋造、桟瓦葺、向拝一間、南面及び北面下屋附属、銅板葺"

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 承陽門 重文 近世以前/寺院 明治 明治14(1881) 一間一戸向唐門、銅板葺

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 経蔵 重文 近世以前/寺院 江戸末期 嘉永5(1852) 正面一間、側面一間、一重もこし付、宝形造、向拝一間、銅板葺、八角輪蔵付

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 松平家廟所門 重文 近世以前/寺院 江戸後期 安永7(1778) 四脚門、切妻造、銅板葺

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 舎利殿及び祠堂殿 重文 近世以前/寺院 昭和 昭和5(1930) "舎利殿 一重もこし付、宝形造、東面切妻破風付、銅板葺

祠堂殿 桁行24.0m、梁間15.9m、一重、入母屋造、向拝一間、軒唐破風付、南面、北面及び東面下屋附属、銅板葺" 棟札1枚 大正一五年一〇月

吉田郡永平寺町志比5-15 永平寺 勅使門 重文 近世以前/寺院 江戸末期 天保10(1839) 四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、左右袖塀及び築地塀附属、銅

 


November 2,2019 大野木康夫 source movie

所在地 福井県吉田郡永平寺町志比

永平寺は道元が寛元2年(1244)に開創した曹洞宗の大本山寺院である。

九頭竜川支流の永平寺川上流に位置し、谷沿いに広大な境内を占める。

創建以来たびたび伽藍を焼失し、現在の堂舎は近世から近代にかけて整えられた。

山門から中雀門、仏殿、法堂を一列に並べ、大庫院や僧堂を廻廊で連絡する。

承陽殿は宗祖道元の廟所である。

各堂とも規模雄大で、内部空間、細部意匠とも優れ、永平寺大工らの力量が発揮されている。

山中の自然環境と一体となった優れた境地を創出し、今なお禅宗伽藍の規範となる壮麗な堂舎群として価値が高い。

(文化審議会答申より)

永平寺は言わずと知れた曹洞宗の大本山で、永平寺町の谷沿いに壮大な伽藍が広がっています。

伽藍内では修行僧の撮影を禁ずるなど、一定の秩序の中で多くの観光客を受け入れています。

旧参道入り口付近の個人駐車場を利用しました。だいたい1回400円で駐車できます。

  

伽藍入口付近

    

勅使門(重要文化財)

天保15(1844)年頃の建築

桁行5.1m、梁間3.8m、四脚門、切妻造、前後軒唐破風付、銅板葺、左右袖塀及び築地塀付

勅使門は住持の晋山式や、皇室など特別な来賓の上山時などに用いる正門。

多様な彫刻や金具により細部まで装飾されている。

(答申資料より)

伽藍入口を過ぎて奥に見えています。

普段は石段の下までしか近づくことができませんが、初詣の時には一般の参拝者でも通ることができるようです。

                      

舎利殿及び祠堂殿(重要文化財)

舎利殿

江戸末期の建築

桁行8.6m、梁間9.4m、一重もこし付、宝形造、銅板葺

祠堂殿

大正15(1926)年の建築

桁行24.0m、梁間15.9m、入母屋造、向拝付、銅板葺

舎利殿及び祠堂殿は、檀信徒の位牌を 安置し、法要を行うための建物。

(答申資料より)

勅使門の右上方に見えるのが祠堂殿です。

大きな建物で、各所から姿を眺めることができます。

舎利殿は山門手前や祠堂殿に向かう廻廊から見えます。

勅使門手前から見た祠堂殿

                    

参拝受付の前後から見た祠堂殿

(他の場所から見たものは後から)

     

参拝受付

 

内部の注意書きなど

  

傘松閣の絵天井

                          

山門西方廻廊(重要文化財)

昭和5(1930)年頃の建築

折曲がり延長66.1m、切妻造、桟瓦葺

山門の手前、祠堂殿に向かってL字に下りる部分です。

           

廻廊から見た祠堂殿

    

廻廊から見た舎利殿

    

祠堂殿手前から見た祠堂殿、舎利殿

   

祠堂殿廊下から

     

傘松閣廊下から

         

山門手前から

   

祠堂殿から見た納経塔

  

経蔵(重要文化財)

嘉永4(1851)年頃の建築

桁行8.4m、梁間8.4m、一重もこし付、宝形造、向拝付、銅板葺

経蔵は山門東方の高台に立ち、輪蔵を納める。

(答申資料より)

経蔵は立ち入り禁止区域にあるので、木々の間から少し覗くだけです。

祠堂殿手前から

 

山門東方廻廊の折曲がり部分から

 

山門(重要文化財)

延享4(1747)年の建築

桁行16.6m、梁間9.1m、五間三戸二階二重門、入母屋造、銅板葺

七堂伽藍の入口に位置する門。

延享 4 年(1747)建築。

永平寺大工の手による 本格的な禅宗様大型二重門で、多種多様 な彫刻がみられるなど独自の細部を備える。

(答申資料より)

正面が立入禁止区域なので、背面からしか撮影できません。

大きな門ですが、中雀門西方廻廊付近から撮影すれば全体を撮影できます。

山門下から

    

山門東方廻廊から

 

中雀門付近から

               

中雀門(重要文化財)

嘉永5(1852)年頃の建築

桁行8.3m、梁間2.8m、一間一戸二重門、入母屋造、前後軒唐破風付、銅板葺

大庫院と僧堂をつなぐ廻廊中央に位置 する二重門。

仏殿正面にあり、禅宗様を基調とし、彫刻を多用した装飾豊かな門。

(答申資料より)

特徴がある形をした門です。

山門付近から

              

仏殿付近から

         

僧堂(重要文化財)

明治34(1901)年の建築

桁行26.6m、梁間21.1m、一重、入母屋造、桟瓦葺一部銅板葺、西面衆寮附属

衆寮 桁行18.0m、梁間14.1m、一重、両下造、銅板葺

僧堂は修行の根本道場で、坐禅、食事、就寝などを行う。

建物は永平寺大工により、明治34年(1901)に建てられた。

僧堂西側には古教照心の道場である衆寮が接続し、今回僧堂と併せて指定となる。

(答申資料より)

衆寮は僧堂の背後なので見えません。

山門付近から

         

中雀門付近から

            

仏殿付近から

      

大庫院(重要文化財)

昭和4(1929)年の建築

桁行41.6m、梁間13.4m、鉄筋コンクリート造地下1階、木造3階建、入母屋造、桟瓦葺

庫裏や迎賓施設の機能を備えた地下1階、地上3階建の大規模建築。

昭和4年(1929)の建築で、設計・施工は武生の師田組。

鉄筋コンクリート造と木造をあわせ、洋風小屋組を用いるなど、近代技術を駆使。

(答申資料より)

三階建ての大きな建物です。

山門付近から

   

中雀門付近から

     

仏殿付近から

              

仏殿東方廻廊から

   

法堂付近から

  

内部

    

中雀門西方廻廊(重要文化財)

昭和5(1930)年頃の建築

延長14.9m、切妻造、桟瓦葺

     

中雀門東方廻廊(重要文化財)

昭和5(1930)年頃の建築

延長21m、切妻造、桟瓦葺

        

山門東方廻廊(重要文化財)

昭和5(1930)年頃の建築

折曲がり延長38.1m、切妻造、桟瓦葺

  

松平家廟所門(重要文化財)

正保4(1647)年頃の建築

桁行3.6m、梁間2.5m、四脚門、切妻造、銅板葺

山門東方の高台に松平家廟所が立つ。

廟所門は、廟所がつくられた正保4年(1647)年頃の建築で、福井藩大工の手によるとみられる。

境内で最古の建築。

(答申資料より)

山門東方廻廊の折曲がり部分から見上げることができます。

          

仏殿(重要文化財)

明治35(1902)年の建築

桁行18.4m、梁間17.2m、一重もこし付、入母屋造、本瓦葺

仏殿は釈迦如来等の本尊を祀る。

大檀那・岩崎彌之助などの寄進を受け、名古屋や永平寺の大工を中心に、明治35年(1902)に完成した。

重厚で均整の取れた外観と広壮な内部空間をもつ本格禅宗様仏殿。

(答申資料より)

                                             

仏殿東方廻廊(重要文化財)

昭和5(1930)年頃の建築

折曲がり延長60.5m、切妻造、桟瓦葺

仏殿の東から大庫院、監院寮、大光明蔵の前を通り、法堂の東まで続いています。

          

指定外の仏殿西方廻廊

  

監院寮(重要文化財)

昭和4(1929)年の建築

桁行18.9m、梁間5.8m、西面入母屋造、東面寄棟造、桟瓦葺

監院寮は寺務全般を統括する監院の居所で、大庫院と大光明蔵の間に建つ。

(答申資料より)

大庫院の上(北側)、大光明蔵の南側にあります。

中雀門付近から

  

大庫院付近から

      

法堂付近から

      

大光明蔵付近から

    

法堂(重要文化財)

天保13(1842)年の建築

桁行32.2m、梁間23.2m、入母屋造、桟瓦葺一部銅板葺

法堂は住持が法を説く道場である。

建物は、永平寺大工によって天保13年(1842)に建てられた。

380畳を超える広壮な内部空間をもち、曹洞宗寺院における近世の法堂として最大規模を誇る。

(答申資料より)

伽藍内の最高所です。

                 

承陽門(重要文化財)

明治14(1881)年の建築

桁行3.3m、梁間2.9m、一間一戸向唐門、銅板葺

承陽殿本殿及び拝殿の門。

本殿、拝殿と同様に、明治14年(1881)の建築で、意匠的にも繊細な彫刻で飾られる。

(答申資料より)

仏殿西方廻廊(指定外)から見上げる

      

法堂の西側の廻廊から

   

承陽殿拝殿から

 

法堂付近からの眺め

      

大光明蔵(重要文化財)

昭和4(1929)年の建築

桁行23.6m、梁間19.0m、一重、入母屋造、桟瓦葺、向拝付

大光明蔵は住持が説法を行い、また賓客との対面などを行う。

126畳の大広間に上段を備え、広壮な空間と高い格式を体現した優美な建築である。

愛知県の寺院と檀信徒が寄進し、工事も愛知県関係者が中心となった。

(答申資料より)

               

承陽殿本殿及び拝殿(重要文化財)

明治14(1881)年の建築

本殿:桁行6.5m、梁間7.5m、土蔵造、宝形造、銅板葺

拝殿:桁行11.8m、梁間11.6m、入母屋造、桟瓦葺、向拝付

主要伽藍西の高台に位置し、宗祖道元禅師などを祀る。

本殿、拝殿とも明治14年(1881)永平寺大工による建築で、繊細な彫刻を多用し、荘厳な廟所である。

(答申資料より)

拝殿までは行くことができますが、本殿はよく見えません。

                    

帰路、本参道

     


May.2005 瀧山幸伸 source movie

          

 

門前の街並

 

  

格天井

  

いたるところに修行僧が

            

       

門前の精進料理

 

*取材メモ

 丸岡から昼前に到着。ゴールデンウィークなので多くの観光客が拝観していた。建物が新しく、人の出入りも激しいので禅宗の雰囲気は薄い。宝物館は興味深い。

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