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福岡県太宰府市 戒壇院
Kaidanin,Dazaifu city,Fukuoka


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April 2,2015 田中康平

福岡県太宰府市 戒壇院
Kaidanin,Dazaifu city,Fukuoka

福岡県太宰府市観世音寺5丁目7?10

開山は鑑真で天平勝宝5年(753年)とされる。天平宝字5年(761年)日本三戒壇(奈良東大寺、下野薬師寺、観世音寺)のひとつとして観世音寺の区域内に建立された。出家する者に対して、僧侶として守るべき戒律を授けるための儀式が行われる場所である。
現在の本堂は延宝8年(1680年)天王寺の了夢再建のものとされている。
本尊の毘廬舎那仏は平安時代(12世紀)の作で国の重要文化財、漆の上に金箔をはっている。
(太宰府観光協会の紹介文およびWikipediaに基づく)




Nov.2011 野崎順次

福岡県太宰府市観世音寺5-6-1

撮影日: 2011年10月29日

戒壇院は、天平宝字5年(761年)、西海道諸国の僧尼の受戒場(正式な戒律を授けられて、正式に僧や尼となる場所)として観世音寺に置かれたのが始まりとされる。その後、戒壇院は観世音寺49子院の一つとして、常にその盛衰を観世音寺と共にし、南北朝、戦国の争乱の中で、兵火にかかり焼失したものの、仏像だけは残存していた。江戸時代、様々な人物の尽力により幾度も再興されたが、元禄16年(1703年)に福岡藩の裁定により観世音寺から分離独立し、臨済宗となり、現在に至る。

山門あたり


戒壇院本堂

重文 盧舎那仏坐像 平安最末期
戒壇院の本尊とされる仏像で、像高149cm、桧材の寄木造で、前後二材を中心に、側部は両肩から矧ぎつけている。平安後期の美しさを持った像ですが、肩の張り、肉の薄さ等に形式化された固さがみられ、最末期に造られた像と考えられている。

市文 文殊菩薩像・弥勒菩薩像 江戸時代初期
盧舎那仏の脇侍。水城村を中心に観世音寺村、宰府村など現在の太宰府市およびその近隣にあたる村々の人たちが喜捨して造立している。

佇まいの良い境内

観世音寺に続く裏口

参考資料
福岡県 西都太宰府HP

 


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