福岡県柳川市 北原白秋生家
Kitahara Hakushu's Parents' Home and Museum ,Yanagawa city, Fukuoka pref.
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福岡県柳川市
北原白秋生家・記念館
885年(明治18年)柳川藩御用達の海産物問屋を営む旧家(現・白秋生家)に生まれ、1904年(明治37年)に早稲田大学に入学。学業の傍ら詩作に励み、1909年(明治42年)処女詩集「邪宗門」を発表。2年後、詩集「思ひ出」を発表。名実ともに詩壇の第一人者となります。
その後も、「東京景物詩」「桐の花」などに代表される詩歌集、「とんぼの眼玉」、「赤い鳥」などの童謡集などさまざまな分野で次々と作品を発表。
「雨ふり」、「待ちぼうけ」、「からたちの花」・・・。
聴いたら誰もが知っている、今なお、語り継がれる作品を数多く残しています。
白秋の故郷柳川への思いは強く、20年ぶりに訪問した際には感激の涙を流し、
また晩年に発表した、故郷柳川を舞台にした写真集「水の構図」では「水郷柳河こそは我詩歌の母体である」と述べています。
1942年(昭和17年)11月2日死去。享年57歳でした。
(白秋記念館ウェブサイトより)
アプローチ
パンフレット
北原白秋生家
明治18年、北原白秋の生家は、代々屋号を「油屋」とか「古問屋」と称する海産物問屋でしたが、白秋の父の代になると、柳川地方でも一、二をあらそう酒造業を営むようになりました。当時の北原家屋敷は、一町三反という広大な敷地を有し、母屋との間には、流れのきれいな掘割りがありました。しかしそんな生家も、明治34年の沖端大火災で大半を焼失。昭和44年11月に復元され、平成元年2月には母屋に附属していた隠居部屋も復元されました。現在、この生家内には白秋の著書や遺品、さらには柳川の風物にゆかりの深い資料が数多く展示されています。
(白秋記念館ウェブサイトより)
白秋書斎
蔵の展示
白秋記念館
立花12万石の城下町として古い歴史を持ち、北原白秋詩歌の母体となった水郷【柳川】。この街には、有形無形の文化遺産が数多く伝承され、詩聖北原白秋の遺品など多数見ることができます。これらの貴重な文化財を保存し、展示公開するために、昭和60年白秋生誕百年を記念してこの記念館(資料館)がオープンしました。北原家の広大な旧跡地の一隅に建てられた記念館の外観は、柳川独特の"なまこ壁"の土蔵作りとなっています。館内では、水郷柳川の民俗資料や白秋の詩業を紹介。楽しく見応えのある記念館となっています。
(白秋記念館ウェブサイトより)
福岡県柳川市沖端町
福岡県指定文化財
詩人北原白秋(明治18年ー昭和17年)本名北原隆吉が少年時代をすごした家。明治34年に火事で焼失したが戦後復元された。記念館も隣接して設置してある。
周辺の街並み風景
掘割がはりめぐらされており風情がある。近くには旧戸島家庭園等もある(この日は休館日)。
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