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福岡県うきは市 吉井

Yoshii,Ukiha city,Fukuoka

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Dec.13,2019 瀧山幸伸 

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うきは市の中心部の筑後吉井地区は、江戸時代に有馬藩の城下町久留米と日田天領を結ぶ豊後街道の宿場町として大いに賑わいました。江戸中期以降には精蝋、酒造、菜種の製油など農産物加工品の製造が盛んになり、「吉井銀(よしいがね)」と呼ばれる有力商人による金融活動などによって繁栄しました。

明治2年(1869年)の大火が契機となり、、草葺きの町屋に代わって瓦葺塗屋造が普及し、商家や地主は競って火災に耐えられ冨を誇示する豪勢な建築を建てるようになりました。経済の最盛期であった大正期に、ほぼ現在の町並みが形成されています。

現在でも、豊後街道の街路沿いに漆喰塗の重厚な土蔵造りの商家跡が連続する町並みと、災除川と南新川沿いに広がる屋敷群が約250軒ほど、ほぼ当時の姿のまま残されており、1996年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。

本保存地区では、町屋や土蔵が連続する町並みと、豊かな緑に包まれた屋敷や社寺建築、さらに吉井の経済基盤を支えてきた河川や水路などが一体となって歴史的景観を形づくり、筑後地方の商業都市として、特色ある歴史的景観を今に伝えています。

(うきは市)

      

       

居蔵の館

                             

                                                                                                                      

白壁通り周辺

               

                                                                    

豊後街道

                                      

                                                               

             

                  

浮羽島

   


Jan.18,2017 田中康平

福岡県うきは市吉井町

国指定重要伝統的建造物群保存地区:うきは市筑後吉井、 選定年月日:1996.12.10(平成8.12.10)

筑後川中流域のうきは市吉井は古くより豊後街道の宿場町として栄え、現在は明治期の白壁の蔵造の街並みが広く残されていてその景観は美しく一見の価値がある。

国指定文化財等データベース解説文:久留米と日田を結ぶ豊後街道の宿場町で、江戸時代後半は筑後地方の経済の中心的役割を担う在郷町に発展した。明治2年の大火後塗家造が普及し、豊後街道沿いの塗家造の町家群とその北側に広がる屋敷群、吉井の経済基盤を支えてきた河川や水路が一体となって歴史的風致を形成する。

全体図

  

街並み及びその周辺

                                

居蔵の館

                               

鏡田屋敷

                                 


Dec.2014 瀧山幸伸 source movie

                                                                                                         

ぱんのもっか

                 

                                                         

居蔵の館

                                                                                                                                                   

                 


May 2011 瀧山幸伸 source movie

A camera

               

B camera

                            


Dec.2003 瀧山幸伸 source movie

吉井は、筑後川中流に発展した在郷町の性格が強いが、豊後街道の宿場町でもあった。

周辺の産物の取り引きの拠点として「吉井銀(よしいがね)」と呼ばれる金融商人の隆盛を背景に、街道沿いに土蔵造りの街並が形成された。主要な土蔵造り(居蔵)の建物は、同じく商家の街並を持つ八女と同様、大火を経験し、明治から大正にかけて建築されたものである。八女と異なる点は、騒々しい街道沿いの街並ではなく、街道に交差する白壁通りおよび災除川、南新川沿いの情緒ある景観を持っていることだ。

街並に水路があるかどうか、その街路の交通量の過多が街の印象を大きく左右する。目で見る景観よりも、耳で聞く景観、車や人などの移動物体(マス)の動きがいかに心理的な印象を左右するかが理解できよう。

もちろん、水があれば良いということではない。その水質、川底のゴミ、護岸、植栽などは改善の余地が大きい。

そうなれば、柳川や倉敷や佐原とは違い水の流れる水路と街並の調和を楽しむことができる。

庄内金山、飛騨古川、萩藍場川地区のように、ヒューマンスケールのしっとりとした街並を堪能できるようになるだろう。

 

 

     

     

          

 

     

    

  

  

     

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