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福島県三春町 三春の街並 
Downtown,Miharu town,Fukushima

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旧来の街並再生の試み、元遊郭の街並
Facility
 
Food
 





Apr.13, 2013 瀧山幸伸 source movie

弓場新地の建物群







Apr.2004 撮影:瀧山幸伸  HD 1280x720



元資料:国土地理院

福島県郡山の東、田村地方の中心三春は、室町戦国時代、田村氏に支配されていた。
永正元年(1504)田村義顕が三春城を築き入城した。
二代後の田村清顕は伊達政宗正室愛姫(めごひめ)の父として有名だ。
その後秀吉の奥州仕置で勢力を失い、領主が頻繁に交代し落ち着かない。
正保元年(1644)から秋田氏が領主となり、三春五万五千石が明治まで続いた。


三春は火事や近代化の波に圧され、城下町の街並を消失していたが、近年昔の面影を再現する街づくりが行われている。
町を歩いてみると、土蔵や和風の民家、に城下町の面影を感じるが、ほとんどは街並復元の努力によるものである。
庁舎などの公共建築も和風のデザインを意識しており、街並に調和する。
有名デザイナーを起用して古い街並みを壊す庁舎や美術館を建築する伝統的都市が多い中、公共建築のあり方として見習う点は多い。

昭和58年から、HOPE計画という景観と歴史に配慮した街づくりが始まったのがきっかけである。
その頃、谷あいの町を取り囲む裏山全てが風致地区に指定された。
東京大学の渡邊定夫名誉教授の提言により、「三春町住宅研究会」が地元の大工、工務店、設計事務所、土木業者、造園業者の集まりとして発足した。
住宅研究会では行政と一緒にまちづくりシミュレーションを行い、三春中心部の整備計画の骨格、及びあるべき建物形態に対する考え方の基本を作成した。

雪仕舞いを考慮して屋根を平入りにする、三春の緑を守り、風致地区の裏山を見せるために3階建ての場合は大きくセットバックする、等々というものである。
このガイドラインを模型を使って説明し、5分間のビデオ作品も作った。
それを公民館などで展示説明し、結果は地元の人々や子供たちに好評であった。
このような地道な活動が今日の三春の街並再生の基盤となっている。





蔵を改造した和食処


歴史民俗資料館と桜
街を望む裏山に建つ。 坂道が美しい。





新地の建物群
 
新地と呼ばれていた元花街の、歴史を偲ばせる街並。
「千と千尋」に出てくるような家のたたずまいは、今にも崩れそうだ。
地元の人には無価値なのだろうが、都会人には新鮮な驚きを与える街並だ。
この付近だけが異次元の空間となっている。
築100年程度だろうか、手入れされず廃屋となっているのは残念だ。保存活用が望まれる。




真性寺と水芭蕉
池に映る古刹が美しい。桜の賑わいに惑わず、水芭蕉が境内で静かに咲く。


化粧坂の井戸
化粧坂の井戸
現役で使われている。おいしい水が飲める。



中山家
Nakayamake

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