JAPAN GEOGRAPHIC

岐阜県垂井町 南宮大社
Nangutaisha,Tarui town,,Gifu

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不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 本殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺 棟札3枚、造営文書623冊 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 幣殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行一間、梁間一間、一重、唐破風造、妻入、檜皮葺 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 拝殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付、檜皮葺 棟札1枚 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 摂社樹下神社本殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺 棟札3枚 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 摂社高山神社本殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺 棟札7枚 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 摂社隼人神社本殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 一間社流造、檜皮葺 棟札7枚 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 摂社南大神神社本殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 一間社流造、檜皮葺 棟札4枚 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 摂社七王子神社本殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 七間社流見世棚造、銅板葺 棟札2枚 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 回廊 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行十一間、梁間一間、一重、唐破風造、銅板葺 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 回廊 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行十一間、梁間一間、一重、唐破風造、銅板葺 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 勅使殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行七間、梁間五間、一重、入母屋造、妻入、銅板葺 棟札2枚 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 高舞殿 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、檜皮葺 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 楼門 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 三間一戸楼門、入母屋造、檜皮葺 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 神輿舎 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行正面七間、背面九間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦葺 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 神官廊 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 桁行九間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦葺、背面庇附属 19660611
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 輪橋 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 石造反橋、橋脚二基、擬宝珠高欄付 19711228
不破郡垂井町宮代峯1734-1 南宮神社 下向橋 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 石造桁橋、橋脚二基、高欄付 19711228
不破郡垂井町垂井1284地先 南宮神社 鳥居 重文 近世以前/神社 江戸前期 寛永19(1642) 石造明神鳥居 19711228

June 2013 中山辰夫

不破郡垂井町宮代1734−1

垂井町のど真ん中に建つ、国重文の石造大鳥居から南へ行くと朱塗りの大鳥居が見えてくる。
大鳥居からさらに600m程行くと、周囲をスギの大木に囲まれた南宮大社が見えてくる。

祭神:金山彦命で、崇神天皇の時代に創建されたとされる。平安時代の中期の「延喜式神名帳」に名神神社に列し、また、美濃国一宮とされた。
1600(慶長5)年関ヶ原の戦いで焼失し、1642(寛永19)年に徳川家光が再建し、現在の社殿が造営された。この造営には、家光の乳母で西農出身の春日局の願いもあった。江戸時代の代表的な神社建築が多く残っている。
1868(明治元)年の神仏分離により神宮寺が分離移転した(現 朝倉山真禅院)。戦後、雨宮大社と改称した。

■輪橋
国重要文化財:1642(寛永19)年建造 石造反橋 橋脚二基 擬宝珠高欄付

■楼門
国重要文化財:1642(寛永19)年建造 三間一戸 入母屋造 檜皮葺


■高舞殿
国重要文化財 桁行三間 梁間三間 一重 宝形造 檜皮葺 十二支の丸彫がある。

うさぎの装飾は十二支を象った「くり抜き蟇股」

■拝殿
国重要文化財 1642(寛永19)年建造 桁行三間 梁間三間 一重 入母屋造 妻入 正面唐破風付 檜皮葺

■回廊
国重要文化財1642(寛永19)年建造 左右とも桁行十一間 一重 唐破風造 銅板葺

■幣殿
国重要文化財 1642(寛永19)年建造 桁行一間 梁間一間 唐破風造、妻入、檜皮葺
拝殿の奥でよく見えない

■本殿
国重要文化財 1642(寛永19)年建造 桁行三間 梁間四間 一重 入母屋造 向拝一間 檜皮葺
回廊内、拝殿の後方にある檜皮葺の大きな建物。

■手水舎

■神官廊
国重要文化財 桁行九間 梁間三間 一重 入母屋造 本瓦葺 背面庇付属
楼門入って右手の瓦葺の建物であるが、修復中であった。「平成25年6月9日現在」

■神輿舎・ほか
国重要文化財 1642(寛永19)年建造 桁行七間 背面九間 梁間三間 一重 入母屋造 本瓦葺
楼門入って左手の建物である。

前記以外にも、摂社樹下社本殿ほか、国重要文化財の社殿が多くある。

■ふいご祭
南宮大社は、鉱山・金象業の総本宮として信仰を集めてきた。境内には、企業が自社の金属製品を取付ら金属絵馬が奉納されている。
毎年11月8日の「ふいご祭と呼ばれる恒例行事では、ふいごで熱したハガネを打つ古式ゆかしい鍛錬式が行われ、全国から金属関連業者が集まる。

■徳川家との関わり
南宮大社は、関ヶ原の戦いの際にほとんどの社殿を焼失した。高須藩藩主徳永寿昌と竹中半兵衛の従弟竹中伊豆守重孝が社殿再建に尽力し、1611(慶長16)年に仮社殿が出来た。竹中伊豆守重孝は、関ヶ原の戦いのとき徳川家康の代参として雨宮大社に戦勝を祈願した関係もあり、雨宮大社の経営に尽力した。1642(寛永19)年には、幕府の費用で社殿が造営された。
1600(慶長5)年関ヶ原戦での祈願、桃配山を陣場にするよう進言、1615(元和元)年の大阪夏の陣での祈願、1634(寛永11)年の家光病気祈願、1639(寛永16)年の春日局代参「若君誕生祈願」、など因縁浅からぬ関係が続き、幕府による社殿造営などにつながった。





Dec.2012 大野木康夫 source movie

石鳥居(重要文化財)
寛永19(1642)年の築造
石造明神鳥居

南宮大社がある宮代から離れて垂井宿の真ん中、垂井町垂井1284地先の交差点に立っています。

諸社殿(Feb.2012撮影)

楼門(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
三間一戸楼門、入母屋造、檜皮葺

下向橋(重要文化財)
寛永19(1642)年の建造
石造桁橋、橋脚二基、高欄付

輪橋(重要文化財)
寛永19(1642)年の建造
石造反橋、橋脚二基、擬宝珠高欄付

高舞殿(重要文化財)

桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、檜皮葺

神官廊(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行九間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦葺、背面庇附属

楼門を入って右手の瓦葺の建物です。

神輿舎(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行正面七間、背面九間、梁間三間、一重、入母屋造、本瓦葺

楼門を入って左手の瓦葺の建物です。

拝殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、正面軒唐破風付、檜皮葺

回廊(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
左右とも桁行十一間、梁間一間、一重、唐破風造、銅板葺

幣殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行一間、梁間一間、一重、唐破風造、妻入、檜皮葺

拝殿の奥でよく見えません。

本殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行三間、梁間四間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺

回廊内、拝殿の背後にある檜皮葺の大きな建物です。

摂社七王子神社本殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
七間社流見世棚造、銅板葺

本殿背後にあるためよく見えません。

勅使殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行七間、梁間五間、一重、入母屋造、妻入、銅板葺

回廊右手に接続する長い建物です。

摂社樹下神社本殿、摂社隼人神社本殿

回廊内、拝殿より右手にあります。
三間社が樹下神社、一間社が隼人神社です。

摂社樹下神社本殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺

摂社隼人神社本殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
一間社流造、檜皮葺

摂社南大神神社、摂社高山神社は回廊内、拝殿より左手にあります。
三間社が高山神社、一間社が南大神神社です。

摂社南大神神社本殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
一間社流造、檜皮葺

摂社高山神社本殿(重要文化財)
寛永19(1642)年の建築
桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、向拝一間、檜皮葺









Nov.2010 野崎順次

岐阜県不破郡垂井町宮代峯1734-1

撮影日: 2010年11月27日

金山彦命を主祭神とする全国の鉱産、金属業の総本宮である。「延喜式神名帳」にも仲山金山彦神社として名が見え、美濃国一宮であった。神仏分離により神宮寺を分離移転(現朝倉山真禅院)。近代社格制度のもとで、1871年に南宮神社として国幣中社に列し、1925年に国幣大社に昇格した。戦後、南宮大社と改称した。江戸時代の神社建築の遺構18棟などが国指定重要文化財に指定されている。

パンフレット

JR垂井駅から歩いて、新幹線の下をくぐると直ぐに大鳥居がある。

南宮大社に着く。聖なる岩のようなものがある。

重文 下向橋

重文 石輪橋

重文 楼門

重文 高舞殿

境内の左から、神輿舎、神饌所、回廊、拝殿、回廊、勅使殿と続く。いずれも重文。

重文 本殿と幣殿

摂社隼人神社本殿、摂社樹下神社本殿、摂社高山神社本殿、摂社南大神神社本殿、いずれも重文。

重文 神官廊と北門、その近く。

南門を出てハイキング道を少し行くと、瓦塚、聖なる岩などが見られる。

参考資料
南宮大社HP
ウィキペディア「南宮大社」(注: 文化財名に不正確な記載がある、例えば、輪橋→石輪橋、神官廊→神饌所)


Nov.2010 柚原君子




Nov.2010 撮影:瀧山幸伸 source movie

A camera



B camera


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