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岐阜県垂井町 真禅院

Shinzenin,Tarui town,Gifu

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不破郡垂井町宮代朝倉2006 真禅院 本地堂 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永19(1642) 桁行四間、梁間三間、一重、入母屋造、妻入、桟瓦葺 19770627

不破郡垂井町宮代朝倉2006 真禅院 三重塔 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永19(1642) 三間三重塔婆、本瓦葺 19770627


June 2013 中山辰夫

岐阜県不破郡垂井町宮代2006

宗派:天台宗

本尊:阿弥陀如来像(開山の行基が自ら彫刻したとされる) 創建:739(天平11)年 創建時は、象背山宮処寺であったが、延暦年間に最澄が南宮寺と改めた。

■南宮大社脇の坂道を西へ1kmほどのぼると樹間に三重塔が見えだす。ここが朝倉山といわれている真禅院である。

表参道は緩やかな石段道。山門をくぐると境内で、正面に本地同が見える。

■鐘楼

県指定文化財

関ヶ原の戦火で焼失したが1642(寛永19)年の徳川家光の手で再建された。

梵鐘:国重要文化財で、総口高約1.65m、口径約1.01mで、平安時代末期の作といわれる。美濃国最古の梵鐘である。

■三重塔

国重要文化財:1634(寛永20)年再建 高さ:25.38m、心柱:20.34m 神仏分離の際に南宮大社から移された。

この塔は、741(天平13)年に建立されたと伝承されている。

■鉄塔

県指定文化財 

鉄塔は、高さ1.8m、上経0.7m、下経1.0mの二重塔で、1398(応永5)年の銘がある。上層には菩薩6体、下層には四天王像が鋳つけられている。

この鉄塔は、北条政子が源頼朝の菩提を弔うために、雨宮神社に寄進したものと伝わる。

■観音堂

町指定文化財 本尊:十一面観世音菩薩

■本地堂

国重要文化財 1642(寛永19)年再建 一重 入母屋造 妻入 明治の移築時に、檜皮葺を棧瓦葺屋根に改められた。

■不動堂

■薬師堂

■釈迦堂

参考資料≪パンフレット、岐阜県の歴史散歩、他≫


Nov.2010 撮影:野崎順次

岐阜県不破郡垂井町宮代2006

朝倉山真禅院(あさくらさんしんぜんいん)

天平11年2月(739年)に行基菩薩により創建された天台宗の古刹である。美濃国一の宮南宮大社の元神宮寺にて、通称「朝倉山」「朝倉寺」又は「朝倉観音」として知られる。

十一面観音霊場として昔から親しまれ、江戸時代の木曽路名所図会にも記された。

三重塔・本地堂・梵鐘が国重要文化財に指定されており、梵鐘は美濃国最古である

アプローチ

重文 本地堂

再建:寛永19年(1642年)9月11日、一重の入母屋造妻入り造り、明治の移築時に、檜皮葺を棧瓦葺屋根に 改められた。

町指定有形文化財 観音堂

重文 三重塔

再建:寛永20年(1634年)7月落成、高さ:25.38m、心柱:20.34m

重文 梵鐘

梵鐘調査結果(京都橘大学 文化財学科 五十川伸矢教授) 

奈良時代に奈良の地でつくられた梵鐘、かなり大きいので特種な技術集団による作製物

・鋳込みあと(湯道末端部切断痕跡2箇所の位置 : 奈良時代 はじ 横にある)

・鋳型の継目(奈良時代 3段)

・撞座(しゅざ)に対し竜頭(りゅうず)が直角に交叉調査

・撞座(しゅざ)の位置(古い時代の鐘ほど撞座の位置高い 奈良時代:平均37%)

・袈裟襷の紋様および幅の広さ(古い時代の鐘ほど幅が広い)

・乳を囲む紋様等による結果

県重文 鐘楼

その他諸堂と境内

帰途

参考資料

本寺HP

ウィキペディア「真禅院」


Nov.2010 柚原君子


Nov.2010 瀧山幸伸

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