群馬県桐生市 旧群馬衛生所兼医学校(桐生明治館)
Kiryu Meijikan,Kiryu city,Gunma
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桐生市相生町2-414-6 旧群馬県衛生所 重文 近代/官公庁舎 明治 明治11(1878) 木造、建築面積260.1㎡、二階建、桟瓦葺、南面玄関ポーチ付 棟札1枚 19760203
Mar.2013 瀧山幸伸
A camera
B camera
Nov.2008 撮影・文 柴田由紀江
群馬県桐生市相生町2-414-6
明治11年(1878年)竣工 設計者:須藤代吉
昭和51年、国の重要文化財の指定を受ける
木造2階建てで桟瓦葺のこの建物は、明治11年に現在の前橋市大手町に建設された。明治12年に衛生所が、次いで14年に医学校も廃校となった為に、その後は県立女学校や師範学校付属小学校、農会や村役場と様々な役割を担い、昭和29年からは30年間市役所出張所・公民館として使用された。
その後2年の月日をかけて半解体修理を行い、建設当初の姿に復元され「桐生明治館」として再生された。
帝冠様式と呼んでよいのか、シンメトリーで2層のバルコニーを持つ白亜の洋館の屋根は、これまた白く塗られているが、桟瓦葺は江戸時代から伝わる伝統的な日本建築の瓦の葺き方である。オーダーを模した木製の角柱の柱頭には、外側には牡丹のような花が、屋敷側にはギリシャ様式に見られるアカンサスの葉の彫刻が、ややバランスを損なうくらいの大きさで施されている。
正面の破風には金の菊花が飾られ、バルコニーの手摺り子は鋳造のスクリーン製と豪華であるが、室内は縦長の上げ下げ窓は紐で開閉する仕組みになっており、天井や壁などは凝った装飾や意匠は見られない。
130年もの長きにわたり、あらゆる公共用の施設として転用されつつ、取り壊されずに現在もなお堂々とした姿で佇んでいることが何より嬉しい。この日は七五三の写真撮影用にと金屏風の部屋が無料公開され、明治の浪漫建築と記念撮影する地元の人々で賑わっていた。
Jan. 2004 瀧山幸伸 source movie
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