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兵庫県明石市 善楽寺
(Zenrakuji Temple, Akashi City, Hyogo Pref.)

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September 13, 2020 野崎順次 source movie

兵庫県明石市大観町11-8
法寫山 善楽寺


善楽寺は戒光院・実相院・圓珠院の総称です。 善楽寺は法道上人によって大化年間 (645~650) に創建された明石で最も古い寺ですが、残っているのはこれらの三寺だけです。圓珠院と戒光院は隣り合わせで、実相院は道路を隔てた南側にあります。

平安時代には十七ヵ院あり、寺域も明石川東岸一帯を占め、七堂伽藍がそびえる明石で最古の寺院という。大寺院も火災や兵火で、焼失、再建を繰り返していく。元和五年(1619)、小笠原忠政により黒印を与えられ、諸役を免除され、以後、代々の藩主の庇護を受けてきた。明治四年の火災で三重塔を失い、戦災でも堂宇を焼失した。古刹も時代とともに縮小され、現在三ヵ院が残るだけとなり………
(西桂「兵庫県の日本庭園 歴史と美を訪ねて」2004年より)
  


圓珠院
  


圓珠院庭園
本堂の前方に位置する枯池式枯山水庭園である。もとは庫裏書院に面した書院庭園であったが、いくたびかの変遷により建物の位置関係が変わってきた。
池泉は、瓢箪形の枯池で、くびれのところに自然石橋を架けへ園内を巡ることもできる。一方、立面構成の中心は滝石組で、二ヵ所に枯滝を組む。左手に大滝(雄滝)、右手に小滝(雌滝)を配し、築山の景観とともに、視点を移していくに従って変化する景観と遠近感を重視している。
また築山の上部には、遠山石や蓬莱石と考えられる石組もあり、平面構成とともに立面構成も重視した石組の見られる一庭である。
明石藩内の、武蔵作庭と伝承のある福聚院.本松寺・圓珠院の三庭について共通するのは、いずれも池泉(枯池)を掘り、築山を築き、池泉庭園形式でありながら、降雨時は水が溜るが枯池であること。
二つ目は、滝組を枯滝にして大・小二ヵ所に組み、遠近感をもたせている。これは視点を移しても庭景に変化を与え、同時に庭園全体のバランスを考えた手法で、物理的.心理的に安定した構成を持たせている。比較的小庭園にして滝が二ヵ所に、それもすべての庭園にることは大きな特徴であり、武蔵の二刀流をつい想像してしまう。
このようにいくつかの共通点が見られ、作庭者を限定することはできないまでも、同じ作者によ作庭の可能性もある。以上の三寺院のほかに、雲晴寺庭園(明石市人丸町)が武蔵作庭と伝わる。埋まって見ることができなかったが、本堂建て替えに伴う発掘調査で、平成十六年一月に池の遺構と石橋等が検出され、武蔵作庭の可能性も出てきた。
(西桂「兵庫県の日本庭園 歴史と美を訪ねて」2004年より)
                           


戒光院

六地蔵から本堂あたり
             


源氏物語に登場する明石の入道の「浜の館」跡にみなされ、「明石入道の碑」がある。
    


市文 善楽寺平清盛供養塔 
当寺には、清盛の弟教盛の子忠快法院が寺僧としており、源平合戦の最中である養和三年(1183)に亡くなった清盛の供養のため、巨大な五輪塔を建てました。
      


その他石造物など
       


本堂横の庭園
       


参考資料
現地説明板

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