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兵庫県赤穂市 赤穂城跡
Ako Castle,Ako city,Hyogo

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Feb.19/24,2017 瀧山幸伸 source movie

Feb.24
                                                                                                                                             

Feb.19
                                                         


Dec.10,2016 中山辰夫

赤穂市加里屋1278番地赤穂城跡公園内

12月は「忠臣蔵」の季節。赤穂四十七士の物語は、今や12月の風物詩として人々に愛されている。
「赤穂義士祭」を数日後に控えた赤穂を訪れた。祭の準備が方々で行われていた。駆け足で粗い取材で終わった。
     
市制施行60周年を記念して造られた、高さ4m程のからくり時計「義士あんどん」。忠臣蔵名場面「松の廊下」「はやかご」「勝どき」などを再現している。
赤穂市のマンホール−中心部の星状マークが赤穂市章、市木桜と市花ツツジ 及び清流千草川の流れを陣太鼓のギザギザの中にデザイン化した

1648(慶安元)年に浅野長直が新城構築を始めた平城で、忠臣蔵(赤穂事件)の舞台となった近世城郭。
 

三代続いた浅野家は刃傷事件により断絶し、その後は永井家、次いで森家の居城となり、明治の廃藩置県後、城は払い下げられ、屋敷地は民有地となった。
しかし城郭復興の気運が高まり、1912(大正元)年には三之丸に大石神社が建立、1925(大正14)年には二之丸に山鹿素行銅像が建立された。
1940(昭和15)年には城跡が風致地区に指定、昭和27年には都市公園の計画決定、さらに1971(昭和46)年には国史跡に指定、赤穂城整備が推進された。
また2002(平成14)年には、旧赤穂城庭園(本丸庭園・二之丸庭園)が国名勝に指定され、現在も計画的に整備が図られている。
  

三の丸大手門と北隅櫓周辺
    
赤穂城跡の玄関口 明治初期に門は失われたが、1955(昭和30)年に高麗門が大手櫓門とともに再建された。
大手隅櫓は、大手門の北にある二重櫓で、東西4間半、南北3間半の基底部を持つ。2002(平成14)年に復元された。

大石良雄宅跡長屋門・近藤源八郎八宅跡長屋門 さらに清水門から歴史博物館へとつながる
          
大石家は代々浅野家に仕えた重臣。大手門西側に屋敷を構えていた。間口役43m、奥行役90m、池泉も備えていた。屋敷地は1923(大正12)年国史跡指定

二之丸門跡〜大石頼母助屋敷跡〜山鹿素行像周辺
         
大石頼母助は大石内蔵助の大叔父にあたる。山鹿素行が赤穂に配流された際、頼母助屋敷で8年余過ごした。

二之丸庭園 12月13日より一部公開される
    

本丸門
             
赤穂城の玄関口である本丸門は、高麗門と櫓門の二門から構成されている。一の門(櫓門)は入母屋造、二の門(高麗門)は切妻造。
木造で復元。古い石垣が撤去され新たに組み直された。赤穂義士祭の義士行列はここから出る。
1997(平成9)年に放映されたNHK大河ドラマに合わせ全面的に再築された。

御殿跡〜本丸庭園〜天守台周辺
            
本丸の大部分は建物が占め、御殿は表・中奥・奥から構成され、表御殿で政務、中奥は藩主の私的な場、奥は女中達の部屋として使われた。
間取り図を礎石に刻んで平成元年に復元された。
天守台
 
1955(昭和30)年代に外観復古された。攻撃目標にならないように天守をあげなかった。

石組暗渠排水溝
    
江戸、福山と並び日本三大上水道の一つとされ、400年を経て今もその姿を留めている「赤穂上水道」。千種川の水を取水し、城下に水をもたらした。
城下に入った上水道は、地下を網の目のように走り給水された。その遺構や町屋の井戸(汲山桝)が残っている。

本丸厩口門〜刎橋門付近
厩口門
          

刎橋門
      
刎橋門は木橋、緊急時、二之丸が攻め込まれ、本丸が危機に陥ったときに、本丸南の刎橋門から逃れて橋を切り落とし、水手門から船で瀬戸内海へ逃れることができるようになっていた。

西仕切門・元禄花見広場付近
西仕切門
        

花見広場
     

米蔵跡・休憩所〜水手門跡〜舟着場付近
米蔵跡
    

水手門跡
    

舟着場
    
赤穂城では、随所に曲線を描く石垣が見られる。二之丸水手門脇の石垣、石垣がほぼ90度曲がっている部分ですが、見事な曲線を描く。


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