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兵庫県赤穂市 赤穂城跡
Ako Castle,Ako city,Hyogo

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July 20, 2019 野崎順次


兵庫県赤穂市上仮屋
赤穂城跡


国史跡

パンフレットと現地説明版
                   


大手門
門、隅櫓、土塀は昭和30年に復元。枡形を抜けると番所跡休憩所(ガイダンス施設)がある。
                  


国史跡 大石良雄宅跡
大石良雄宅跡長屋門
                  

大石邸庭園
                           

子宝陰陽石
       

大石邸庭園(続き)
    


市文 近藤源八宅跡長屋門
              


片岡源五右衛門宅跡、二之丸門跡、山鹿素行銅像
         


本丸パンフレットと本丸門
                


本丸櫓門 階上特別公開
                          


本丸御殿間取り復元と天守台
                    


国名勝 旧赤穂城庭園 本丸庭園
                            


中奥坪庭
   


暗渠排水遺構
         

大石頼母助屋敷門
      

国名勝 旧赤穂城庭園 二之丸庭園

                                                   


赤穂大石神社
欅材入母屋造四脚門の義芳門は、神戸湊川神社の神門として明治5年に建てられ、昭和十七年にこの地に移築され、神戸空襲を免れた。
                    

義士木像館
         

義士宝物殿
大正の初め湊川神社の宝物館として建設、神戸大空襲の被害を受けず、戦後、この地に移築された。
                                 




Feb.19/24,2017 瀧山幸伸 source movie

Feb.24
                                                                                                                                           

Feb.19
                                                         


Dec.10,2016 中山辰夫

赤穂市加里屋1278番地赤穂城跡公園内

12月は「忠臣蔵」の季節。赤穂四十七士の物語は、今や12月の風物詩として人々に愛されている。
「赤穂義士祭」を数日後に控えた赤穂を訪れた。祭の準備が方々で行われていた。駆け足で粗い取材で終わった。
     
市制施行60周年を記念して造られた、高さ4m程のからくり時計「義士あんどん」。忠臣蔵名場面「松の廊下」「はやかご」「勝どき」などを再現している。
赤穂市のマンホール−中心部の星状マークが赤穂市章、市木桜と市花ツツジ 及び清流千草川の流れを陣太鼓のギザギザの中にデザイン化した

1648(慶安元)年に浅野長直が新城構築を始めた平城で、忠臣蔵(赤穂事件)の舞台となった近世城郭。
 

三代続いた浅野家は刃傷事件により断絶し、その後は永井家、次いで森家の居城となり、明治の廃藩置県後、城は払い下げられ、屋敷地は民有地となった。
しかし城郭復興の気運が高まり、1912(大正元)年には三之丸に大石神社が建立、1925(大正14)年には二之丸に山鹿素行銅像が建立された。
1940(昭和15)年には城跡が風致地区に指定、昭和27年には都市公園の計画決定、さらに1971(昭和46)年には国史跡に指定、赤穂城整備が推進された。
また2002(平成14)年には、旧赤穂城庭園(本丸庭園・二之丸庭園)が国名勝に指定され、現在も計画的に整備が図られている。
  

三の丸大手門と北隅櫓周辺
    
赤穂城跡の玄関口 明治初期に門は失われたが、1955(昭和30)年に高麗門が大手櫓門とともに再建された。
大手隅櫓は、大手門の北にある二重櫓で、東西4間半、南北3間半の基底部を持つ。2002(平成14)年に復元された。

大石良雄宅跡長屋門・近藤源八郎八宅跡長屋門 さらに清水門から歴史博物館へとつながる
          
大石家は代々浅野家に仕えた重臣。大手門西側に屋敷を構えていた。間口役43m、奥行役90m、池泉も備えていた。屋敷地は1923(大正12)年国史跡指定

二之丸門跡〜大石頼母助屋敷跡〜山鹿素行像周辺
         
大石頼母助は大石内蔵助の大叔父にあたる。山鹿素行が赤穂に配流された際、頼母助屋敷で8年余過ごした。

二之丸庭園 12月13日より一部公開される
    

本丸門
             
赤穂城の玄関口である本丸門は、高麗門と櫓門の二門から構成されている。一の門(櫓門)は入母屋造、二の門(高麗門)は切妻造。
木造で復元。古い石垣が撤去され新たに組み直された。赤穂義士祭の義士行列はここから出る。
1997(平成9)年に放映されたNHK大河ドラマに合わせ全面的に再築された。

御殿跡〜本丸庭園〜天守台周辺
            
本丸の大部分は建物が占め、御殿は表・中奥・奥から構成され、表御殿で政務、中奥は藩主の私的な場、奥は女中達の部屋として使われた。
間取り図を礎石に刻んで平成元年に復元された。
天守台
 
1955(昭和30)年代に外観復古された。攻撃目標にならないように天守をあげなかった。

石組暗渠排水溝
    
江戸、福山と並び日本三大上水道の一つとされ、400年を経て今もその姿を留めている「赤穂上水道」。千種川の水を取水し、城下に水をもたらした。
城下に入った上水道は、地下を網の目のように走り給水された。その遺構や町屋の井戸(汲山桝)が残っている。

本丸厩口門〜刎橋門付近
厩口門
          

刎橋門
      
刎橋門は木橋、緊急時、二之丸が攻め込まれ、本丸が危機に陥ったときに、本丸南の刎橋門から逃れて橋を切り落とし、水手門から船で瀬戸内海へ逃れることができるようになっていた。

西仕切門・元禄花見広場付近
西仕切門
        

花見広場
     

米蔵跡・休憩所〜水手門跡〜舟着場付近
米蔵跡
    

水手門跡
    

舟着場
    
赤穂城では、随所に曲線を描く石垣が見られる。二之丸水手門脇の石垣、石垣がほぼ90度曲がっている部分ですが、見事な曲線を描く。


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