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兵庫県姫路市 野里 

Nozato,iImeji City,Hyogo

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February 14 and 21, 2026 野崎順次

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兵庫県姫路市
野里の町並み
(Nozato, Himeji City, Hyogo Pref.)


姫路の東北部にある野里は古くから山陽道や北方の但馬道を結ぶ交通の要路として集落が発達しました。
1581年に豊臣秀吉が姫路城を築いた際に、野里街道を基盤とした城下町が形成されました。
その後、池田輝政が築いた現在の連立式天守を擁する姫路城と新しい町割りによって野里は「外町」として多くの職人が住み江戸時代を通じて栄えました。
(古旅 日本の古い町並みサイト)

 

2月14日 威徳寺町、大野町の旧野里街道を経て。慶雲寺

 

梅ヶ枝町バス停から旧野里街道に入る。

         

国登文 魚橋家住宅主屋 明治/1900
木造2階建、瓦葺、建築面積137㎡
野里街道に東面する二階建町家。屋根はやや起らせた本瓦葺で下屋を桟瓦葺とする。一階正面は出格子や駒寄せを設け、出桁造の二階は黒漆喰塗とし、木瓜形の虫籠窓を並べる。通り土間沿いに居室を二列並べ、上手奥から座敷、仏間とする。野里の風格ある町家。
(文化遺産オンライン)

   

国登文 魚橋呉服店店舗兼主屋(うおはしごふくてんてんぽけんしゅおく) 大正/1925
木造2階建、瓦葺、建築面積147㎡
野里街道に西面する二階建町家で南主屋と並び建つ。正面二階は出桁造で軒蛇腹まで塗込め、ガラス窓を設ける。前寄りを土間のミセと畳敷のミセノマとして格天井を張り、中央はもと吹抜で二階に高欄を残す。商工業で栄えた野里の街並を伝える大型の商家建築。
(文化遺産オンライン)

国登文 魚橋呉服店南主屋 明治/1899
木造2階建、瓦葺、建築面積132㎡
北隣に接する店舗兼主屋より軒が低く、本瓦を葺く。正面二階は出桁造で、垂木まで塗込め、虫籠窓を並べる。一階南寄りに土間を通し、手前に車庫、奥にナカノマを配し、坪庭を挟んで後方に離れ座敷を接続する。店舗兼主屋とともに野里の歴史的景観を形成する。
(文化遺産オンライン)

   

南へ

                  

大野家住宅 (第33号 姫路市都市景観重要建築物) 建築年代 明治期以前
野里街道に面し、元禄時代から「鍋市」の屋号で鋳物屋を営ん でいた。主屋の間口は6間半と大きく奥行きも8間を測り、2階 のつし部分には3カ所の虫籠窓が設けられている。1階部分はギ ャラリーに改装され、様々なイベントの開催など、まちづくりの 拠点となっている。 第 第34 34 34 34 号号 加藤家住宅
(姫路市公式ウェブサイト)

      

さらに

           

慶雲寺

               

お夏清十郎比翼塚

   

その他

     

2月21日 雲松寺、芥田家住宅、ノコギリ横丁から野里門跡

 

国登文 雲松寺山門及び袖塀 江戸/1661~1751
山門 木造2階建、瓦葺、建築面積12㎡ 袖塀 土塀、総延長21m
境内入口に東面して建つ一間一戸入母屋造本瓦葺の鐘楼門と南北に続く土塀。山門下層は四隅に角柱と円柱を一対で立てる特異な形式。上層は円柱を立て組物は尾垂木付二手先、軒は二軒繫垂木、腰組付縁に高欄を付す。凝ったつくりの山門で境内の表構えを整える。
(文化遺産オンライン)

      

国登文 雲松寺玄関及び庫裏 昭和前/1930
木造平屋建、瓦葺、建築面積285㎡
本堂の東に南面して建つ玄関及び庫裏。入母屋造の東西棟の玄関棟に南北棟の庫裏が接続し全体にL字の平面。玄関は正面に唐破風屋根の式台を付し、庫裏は南西を土間、北に2列6室を配す。北・西庭を望む座敷は室境に雁・松・竹・梅の襖絵を建てる瀟洒な庫裏。
(文化遺産オンライン)

                

国登文 雲松寺本堂(うんしょうじほんどう) 江戸/1751
木造平屋建、瓦葺、建築面積242㎡
姫路城北方にある黄檗宗寺院の本堂。基壇上に建つ入母屋造本瓦葺の四周に裳階を付し、大棟に宝珠を飾る。身舎組物は平三斗で一軒扇垂木、妻飾は二重虹梁蟇股。六間取後列中央の内陣は格天井で須弥壇を配す。播磨地方の黄檗宗寺院の代表的な建築のひとつ。
(文化遺産オンライン)

     

開山堂兼位牌堂

       

北向き地蔵

      

その他境内

        

旧野里街道を南へ、古い町家が散在している。

                                

国登文 芥田家住宅主屋 (あくたけじゅうたくしゅおく) 大正/1912~1926
木造2階建、瓦葺、建築面積165㎡
野里街道に東面して表屋を構え、後方に玄関と坪庭を介して居住部を建てる。表屋の下屋に長い差鴨居を通してガラス戸をたて、二階は出桁造で塗込とし、虫籠窓と鉄格子窓を穿つ。居住部は南土間で、上手に二列に居室を配する。当地における表屋造町家の希少例。
(文化遺産オンライン)

 

国登文 芥田家住宅離れ座敷兼土蔵 大正/1920
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積12㎡
主屋後方に南北棟で建つ。土蔵造二階建、桁行三・七メートル梁間二・九メートル、切妻造桟瓦葺である。一階はトコ付の四畳半で、トコや軒に竹を多用するなど数寄屋風意匠とする。二階は日用品の蔵で、登梁形式の小屋を現す。離れと蔵を複合させた独特な建物。
(文化遺産オンライン)

 

国登文 芥田家住宅土蔵 江戸/1850
土蔵造2階建、瓦葺、建築面積15㎡
主屋の後方に裏庭を挟んで南北棟で建つ。土蔵造二階建、桁行三・九メートル梁間三・九メートル、切妻造本瓦葺で、東面に戸口を開き、下屋を設ける。外壁漆喰塗で鉢巻を廻らし、腰を海鼠壁とし、二階東面にも窓を開く。野里地区において近世に遡る希少な土蔵。
(文化遺産オンライン)

 

さらに南へ

              

旧野里街道から東に折れる。

         

金屋町のノコギリ横丁
家屋が道に対して斜に建ち、隣家との間に小三角状の空き地を生じ、町並みがノコギリ状に斜行けして形成された。形成の理由は軍事説、地割説、方位説があり、はっきりしない。

         

あてまげ

   

旧野里街道から野里門跡を経て中濠

                  


Nov.2009 撮影:高橋久美子

                                                 

 

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