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兵庫県加西市 一乗寺

Ichijoji,Kasai city,Hyogo

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加西市坂本町821-17 一乗寺五輪塔 重文 近世以前/その他 鎌倉後期 元亨元(1321) 石造五輪塔 元亨元十月十七日の刻銘がある 19530829

加西市坂本町821-17 一乗寺護法堂 重文 近世以前/神社 鎌倉後期 鎌倉後期 一間社隅木入春日造、檜皮葺 棟札1枚 19130414

加西市坂本町821-17 一乗寺三重塔 国宝 近世以前/寺院 平安後期 承安元(1171) 三間三重塔婆、本瓦葺 19010327 19520329

加西市坂本町821-17 一乗寺弁天堂 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 一間社隅木入春日造、檜皮葺 棟札1枚 19130414

加西市坂本町821-17 一乗寺本堂 重文 近世以前/寺院 江戸前期 寛永5(1628) 懸造、桁行九間、梁間八間、一重、入母屋造、本瓦葺、背面閼伽棚附属 19831226

加西市坂本町821-17 一乗寺妙見堂 重文 近世以前/神社 室町後期 室町後期 三間社流造、檜皮葺 棟札1枚 19130414


Sep.16,2016 瀧山幸伸

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December 26,2015 大野木康夫 source movie

新しいパンフレット

    

境内入り口付近

       

五輪塔(重要文化財)

            

常行堂

 

三重塔(国宝)

                                                         

本堂(重要文化財)

                 

鐘楼

 

護法堂(重要文化財)

              

妙見堂、弁天堂(重要文化財)

   

妙見堂

                

弁天堂

       

帰路、曇天での三重塔を撮影

                     


Feb 3.2013 大野木康夫 source movie

所在地 兵庫県加西市坂本町821-17

境内入り口付近

     

五輪塔(重要文化財)

元亨元(1321)年の建立

石造五輪塔 元亨元十月十七日の刻銘がある

伽藍への石段の登り口右手にあります。

                 

三重塔への石段、常行堂

          

三重塔(国宝)

承安元(1171)年の建築

三間三重塔婆、本瓦葺

                                                   

本堂(重要文化財)

寛永5(1628)年の建築

懸造、桁行九間、梁間八間、一重、入母屋造、本瓦葺、背面閼伽棚附属

                      

鐘楼(兵庫県指定文化財)

本堂の右手にあります。

  

護法堂(重要文化財)

鎌倉後期の建築

一間社隅木入春日造、檜皮葺

本堂背後の斜面に張り付くように建っています。

        

妙見堂と弁天堂

護法堂登り口をさらに奥に行ったところに並んでいます。

     

妙見堂(重要文化財)

室町後期の建築

三間社流造、檜皮葺

         

弁天堂(重要文化財)

室町中期の建築

一間社隅木入春日造、檜皮葺

       


July 2010 野崎順次

兵庫県加西市坂本町821-17

法華山一乗寺

一乗寺(いちじょうじ)は、兵庫県加西市にある天台宗の寺院。西国三十三箇所第26番。山号は法華山、本尊は聖観音菩薩である。

寺伝では孝徳天皇の勅願で650年に創建、開基(創立者)は法道仙人とされる。 国宝に指定されている三重塔(1171年建立)は平安時代後期を代表する和様建築の塔であり、日本国内屈指の古塔である。 境内は山深く、春は桜、秋は紅葉の名所としても知られている。

一乗寺の開基とされる法道仙人は、天竺(インド)から紫の雲に乗って飛来したとされる伝説的人物である。『元亨釈書』等の記述によれば、法道はインドに住んでいたが、紫の雲に乗って中国、百済を経て日本へ飛来、播州賀茂郡(兵庫県加西市)に八葉蓮華(8枚の花弁をもつハスの花)の形をした霊山を見出したので、そこへ降り立ち、法華経の霊山という意味で「法華山」と号したという。法道は神通力で鉢を飛ばし、米などの供物を得ていたため、「空鉢仙人」と呼ばれていた。法道の評判は都へも広まり、白雉元年(650年)、時の帝である孝徳天皇の勅命により法道に建てさせたのが一乗寺であるという。

一乗寺には7世紀〜8世紀にさかのぼる金銅仏6躯が存在し(うち3躯は重要文化財)、付近には奈良時代にさかのぼる廃寺跡、石仏などが存在することからも、この地域一帯が早くから仏教文化の栄えた地であることは確かである。

創建当時の一乗寺は現在地のやや北に位置する笠松山にあったと推定されている。笠松山の山麓には古法華(ふるぼっけ)石仏と称される奈良時代の三尊石仏(重要文化財)があり、「古法華」とは「法華山一乗寺の旧地」の意味と思われる。現存する一乗寺三重塔は平安時代末期の承安元年(1171年)の建立であるところから、その年までには現在地において伽藍が整備されていたと思われるが、正確な移転時期は不明である。

文化財一覧(*印は写真あり)

国宝

最澄像(天台高僧像10幅のひとつ)平安時代(11世紀)

三重塔*

重要文化財

金堂(大悲閣、本堂)*

護法堂*

妙見堂*

弁天堂*

石造五輪塔*

絹本著色阿弥陀如来像

絹本著色五明王像

銅造観音菩薩立像 2躯 - 秘仏本尊像とその前立ち像。

銅造観音菩薩立像 1躯 - 像高48.0cm。7世紀にさかのぼる古像。

木造法道仙人立像

木造僧形坐像

県指定文化財

鐘楼*

石造宝塔2基*

石造笠塔婆*

三重塔古瓦

JR姫路駅から神姫バスで約40分。境内入口には山門はなく、正面に石造笠塔婆(県文)が立つ。鎌倉時代末期、正和5年(1316年)の銘がある。

              

右手奥に石造五輪塔(重文)、 鎌倉時代、元亨元年(1321年)の銘がある。

     

さらにその奥は公園風に整備され、太子堂、放生池、やや奥まったところに見子大明神の社がある。

                   

境内入口から最初の石段を上った狭い平地の左手に常行堂がある。

                   

次の石段を上ると左手に国宝の三重塔が立つ。伏鉢(屋根上、相輪の下部にある半球状の部材)の銘から、承安元年(1171年)の建立と判明する。平安時代にさかのぼり、建立年代の明らかな塔として日本でも稀有のものである。塔身部の逓減率(初重から三重に向かって小さくなる率)の大きいことが特色である。

                            

三重塔の直上、さらに階段を上った位置に懸崖造の本堂(重文)が建つ。 大悲閣または金堂とも称する。入母屋造、本瓦葺き、正面9間、側面8間。斜面にせり出した懸造とし、内部は広い外陣と、閉鎖的な内陣、脇陣、後陣からなる、密教仏堂の典型的な平面をもつ。『法華山諸堂記』の記載により、寛永5年(1628年)、藩主本多忠政の援助で再建されたことがわかる。内陣には三間の大厨子を置き、中央の間に本尊聖観音立像(重文)、左右の間には不動明王と毘沙門天像を安置するが、いずれも秘仏である。厨子外の左右には二十八部衆と風神・雷神像を安置する。

                         

本堂横に鐘楼(県文)、裏手には鎮守社の護法堂、妙見堂、弁天堂(以上重文)、行者堂がある。

                                 

本堂からさらに200メートルほど下って上がると、法道仙人を祀る奥の院開山堂があり、近くの斜面に、石造宝塔2基(県文、 鎌倉時代末期 )が立つ。

                           

薄暗い山道を真直ぐに下りると、始めに見た放生池の横に出る。

                   

バスで姫路に戻る。国宝姫路城は大改修工事中である。

    

参考資料

ウィキペディア「法華山一乗寺」

播磨古寺巡礼HP


Dec. 2006 瀧山幸伸 source movie

   

三重塔

                          

仮本堂

         

境内

     

    

   

   

  

門前

     

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