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兵庫県神戸市垂水区 五色塚古墳・小壺古墳

(Goshikizuka & Kotsubo Tumuli, Kobe, Hyogo)

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February 23, 2014 野崎順次 source movie

兵庫県神戸市垂水区

五色塚古墳・小壺古墳

(Goshikizuka & Kotsubo Tumuli, Kobe, Hyogo)

五色塚古墳は千壷古墳とも呼ばれ、4世紀の終わりから5世紀のはじめにかけて築造された兵庫県下最大の前方後円墳。墳丘は前方部を南西に向けた三段構築で、全長194メートル、高さは前方部で11.5メートル、後円部で18メートルである。周囲に幅約10メートルの堀をめぐらしている。築造当時を想像すると、おそらく、緑の平野と青い海を背景に石で葺かれた灰色の巨大な人工物がそびえて、異様な景色をなしていただろう。それが築造者の権威の大きさを示していたのであろう。天気の良い日には、大阪湾をはさんで、東方に二上山が見え、約半世紀後に築かれた仁徳天皇陵もよく見えたと思われる。古代人の視力は4〜6位あったはずだから、予想以上にお互いを意識していたと思う。

パンフレット、現地説明板

西南から見る

西から見る

東から見る

東南から見る

西から墳丘に上る

後円部

前方部

墳丘からの眺め

小壺古墳

参考資料

五色塚古墳・大歳山遺跡website

ウィキペディア「五色塚古墳


Mar.2011 野崎順次

撮影日: 2011年3月6日

改修工事が終わりかけで五色塚の墳丘に埴輪が並んでいる。雨がちらほら降ってきたが、撮影しておいた。


Feb.2011 撮影/文: 野崎順次

兵庫県神戸市垂水区五色町4丁目

国史跡 五色塚古墳・小壺古墳

撮影日: 2011年2月5日

五色塚古墳は千壷古墳とも呼ばれ、4世紀の終わりから5世紀のはじめにかけて築造された兵庫県下最大の前方後円墳。

墳丘は前方部を南西に向けた三段構築で、全長194メートル、高さは前方部で11.5メートル、後円部で18メートルである。

周囲に幅約10メートルの堀をめぐらしている。

築造当時を想像すると、おそらく、緑の平野と青い海を背景に石で葺かれた灰色の巨大な人工物がそびえて、異様な景色をなしていただろう。

それが築造者の権威の大きさを示していたのであろう。

天気の良い日には、大阪湾をはさんで、東方に二上山が見え、約半世紀後に築かれた仁徳天皇陵もよく見えたと思われる。

古代人の視力は4〜6位あったはずだから、予想以上にお互いを意識していたと思う。

パンフレットおよび五色塚写真

五色塚管理事務展示 五色塚

 

五色塚管理事務所展示 垂水区の遺跡

 

五色塚古墳(あいにく工事中で、3月10日竣工予定)

三段に築かれた墳丘のうち、下段は、地山を前方後円形に掘り残し、中段および上段は盛土を行っている。下段の斜面には小さな石を葺き、中段および上段の斜面には大きな石を葺いている。築造当時の3段の斜面に使用した石の総数は、223万個・総重量2,784トンと推定される。小壷古墳とともに、1921(大正10)年3月3日に国の史跡に指定され、1965(昭和40)年から整備事業が始まり、1975(昭和50)年に完成した。

墳丘の周囲を回る。前方部西南角から後円部を回り、前方部東南角に至る。

五色塚の墳丘を上り、前方部南端に至る。明石海峡大橋が見える。

後円部に向かい、頂上に登る。頂上は神戸市屈指のパワースポットという人もいる。

元気な小学生女子4人が死神?らしき人とすれ違うのを見た。

小壺古墳

全面を芝生でおおわれたおまんじゅうのような古墳である。五色塚古墳とほぼ同じ時期に築造されたが、築造当時から斜面には石は葺かれていなかった。現在はよく分からないが、周囲は堀で囲まれ、きちんと二段に築かれていたそうだ。現在は、跡形もないが、この小壷古墳の西方500mのところには歌敷山東古墳、西古墳があり、ともに直径20〜25mの円墳だった。

眼付の悪いネコが日向ぼっこ。

参考資料

五色塚古墳・大歳山遺跡 web-site

ウィキペディア「五色塚古墳」

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