JAPAN-GEOGRAPHIC.TV

兵庫県西宮市 えびす宮総本社西宮神社
(Nishinomia Shrine, Nishinomiya, Hyogo)

Category
Rating
Comment
General
えびす様の総本社、福男選び競争
Nature
市指定天然記念物 社叢(えびすの森)
Water    
Flower
 菊花展
Culture
大練塀と表大門が重文
Facility
 
Food
 


西宮市社家町1-17 西宮神社大練塀 表大門の北 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 折曲り延長68.5m、築地塀、本瓦葺、北門を含む 19380704
西宮市社家町1-17 西宮神社大練塀 表大門南門間 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 折曲り延長82.2m、築地塀、本瓦葺 19380704
西宮市社家町1-17 西宮神社大練塀 南門の西 重文 近世以前/神社 室町中期 室町中期 折曲り延長96.3m、築地塀、本瓦葺 19380704
西宮市社家町1-17 西宮神社表大門 重文 近世以前/神社 桃山 桃山 四脚門、切妻造、本瓦葺 19260419


Nov.2010 撮影/文 野崎順次

撮影日: 2010年11月7日
兵庫県西宮市社家町1番17号

祭神
第一殿に「西宮大神」として蛭児命を祀り主祭神
第二殿に 天照大御神と大国主大神、
第三殿に 須佐之男大神

福の神「えびす様」の総本社として、全国から遍く崇敬を集めている西宮神社は、西宮市の中央に鎮座し、その地名の由来でもある。
御創建の年代は明らかではないが、平安時代には既に当社地に鎮座されていたことは、境内出土の蓮華文古瓦や伊呂波字類抄から明らかである。
鎌倉時代の正元年間(1250年代)には、既に十日えびすの祭典を厳粛に行うために「忌籠」が斎行されていた。
延文六年(1361年)の市場祭文によると門前は「夷三郎殿の浜の市」として賑わっていたようである。
室町時代になると七福神信仰によってえびす様が福の神の代表となり、また当社がその信仰の本拠地として人形操りや謡曲、狂言などの芸能をとおして、全国津々浦々にまで御神徳が広まっていった。
現在、国の重要無形文化財に指定されている大阪文楽や淡路島の人形浄瑠璃は、当社の「えびす舞」が源流となっている。
戦国時代には、後奈良天皇から御寄進をうけたのをはじめ、桃山時代には豊臣秀頼、江戸時代には四代将軍徳川家綱により社殿の御造営がなされた。
また徳川幕府からは御神像札の版権を得て独占的に全国に配布、ますます社勢が盛大になっていくと共に上方の商業経済の発達に伴って、福の神えびす様が商売繁盛の神として信仰されるようになっていった。
昭和になり、三連春日造の国宝本殿は戦火にあったが、昭和36年にその通り素木造で復元された。
室町時代建立の大練塀と桃山建築の表大門は国の重要文化財に、えびすの森は天然記念物に指定されている。

重要文化財 大練塀
室町時代初期再建、全長247m、日本最古の築地塀、日本三練塀の一つ。

重要文化財 表大門(赤門)
安土桃山時代(慶長9年)再建

年の始めに商売繁盛を祈願するお祭りとして知られている十日えびすの祭典は、古くは御狩神事(みかりしんじ)とか忌籠祭(いごもりさい)といわれていた。
市中の各戸も9日の夕刻に門を閉じ、静粛を守っていたことが室町時代の重篇応仁記(永正17年/1520年)に記されている。
今では宵えびすの1月9日の深夜12時に神社の全ての門を閉じて忌籠を行い、10日午前4時の十日えびす大祭を厳修した後、午前6時の大太鼓を合図に表大門が開かれると、待ち構えた参拝者が本殿までの走り参り(230m)を行い、到着順に一番福から三番までが福男として認証される。

表大門から本殿への福男競争のコースをたどる。

拝殿、本殿と七五三参り

将棋

沖恵美酒神社、南宮神社、市指定文化財 銅鐘

市指定天然記念物 社叢(えびすの森)など

第34回西宮菊花展、この間から各地の菊花展を見る機会があったが、ここは特にレベルが高そう。

参考資料
ウィキペディア「西宮神社」
西宮神社HP
神社辞典

All rights reserved 無断転用禁止 会員募集中