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兵庫県佐用町 平福

Hirafuku,Sayo town,Hyogo

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March 13, 2021 野崎順次 source movie

兵庫県佐用町平福
平福の街並み
(Hirafuku, Post Town on Inba Highway, Sayo-cho, Hyogo Pref.)

川端町屋群、因幡街道、本陣別邸庭園など見どころ多し

関ヶ原の合戦後、播磨国52万石を与えられた池田輝政は領内を統治するために六支城を置きましたが、その一つが平福の利神城で、甥の池田由之を派遣し、佐用郡内を治めさせることになりました。その年、佐用平福に赴いた由之は近世城下町の建設にとりかかり、別所時代の砦に修造を加えて、山頂に三層の天守を築き、山裾の佐用川と庵川に囲まれた地に武家の屋敷地を配備し、川向かいの街道に沿って町人地を建設しています。
その後、寛永8(1631)年に城主が転封し25年間の城下町としての歴史を閉じることになりました。
後に在郷町となっていた平福は、時期は明らかではありませんが、鳥取藩の専用本陣を置く宿場町となりました。
利神城は山城と平城の城趾が残るのみとなっており、武家屋敷地であった地域は現在、農地となっていますが、近世城下町時代に形成された町人地はその頃に形成された形で残っています。
このように、城下町として都市計画がなされ、後に宿場町として建物が更新された経緯から、その両方の景観を有する町並みが平福の特徴となっています。
(兵庫県景観ガイドライン「佐用町平福地区」より)

アプローチ、姫路からJR姫新線 で佐用まで。智頭急行に乗り換え、次の平福駅で降りる。
                   


パンフレットと現地説明板
       


平福駅、近畿の駅百選のひとつ
       


佐用川の景観、川端の町屋群に向かう。
                    


川面に映る平福の町屋群 - 兵庫県景観形成重要建物
(因幡)街道の東側に佐用川が並行して流れ、河川護岸の石垣の上に土蔵や川面を眺めることのできる川座敷などの建物が連続的に並んでします。各屋敷の中庭からは川へ直接降りるための石段があり、石垣中に川門と呼ばれる板戸が付けられているのが景観のアクセントです。
(中略)
今日、平福を代表する景観として価値が認められ、ここに連続する3軒の住宅が兵庫県景観形成重要建物に指定されています。中央の瓜生原家住宅は兵庫県登録文化財にもなっており、代々鋳物業を営み、屋号を吹屋と称しました。鋳物工場は吹屋小路を通って川を渡った左岸にあったといい、明治期まで続いていました。発掘調査では廃棄された鋳物片が出土しています。
(現地説明板)
                             


その裏に因幡街道がある。
   

瓜生原家住宅
              


因幡街道を北へ
          


私設の観光案内所らしい
             


本陣跡
鳥取池田藩の陣屋跡には陣屋門をイメージした木造本瓦葺きの建物が整備されている。白壁の門や回廊形式の塀を設け、庭園には休憩用のベンチも配置している。
        


さらに進む。
          


大庄屋神吉屋 長屋門
      

播州平福神吉氏本陣別邸跡庭園 「現,遠入邸」
庭園構成と特徴
池泉観賞池の現存する「播州平福神吉氏本陣別邸跡庭園」は兵庫県佐用町平福・岡山県美作市大原古町・鳥取県智頭町の三県を通る「因幡街道」に面した三つの宿場の一つ、平福宿の中ほどに「門長屋」を持ち、本邸は大庄屋・代官を務めた田住氏の下で台頭した神吉氏の下屋敷で「平福本陣別邸庭園」とし機能していたと考えられています。
当別邸書院は棟札(むねふだ)に「正徳二年建立(1712)」と記されていることから、建立から約300有余年になります。書院に付随する庭園も、同時期の江戸時代初期に作庭されたと思われます。庭園は利神山山頂の利神山城を背景にした「池泉鑑賞式庭園」です。
瓢箪形の池泉には枯滝を配し、中央出島を蓬莱山(ほうらいさん)としています。池泉に石橋を二基、木橋を一基架け、邸内をめぐることもできる庭園様式です。地割(ちわり)(平面構成)や護岸石組の配石がよく、庭園内の何処からでも優れた景観が鑑賞できるように配慮された庭園構成と言えます。また、要所に立石を用いた石組や力強い枯滝石組など江戸時代初期の特徴をよく備えており、この時代この地域を代表する庭園と評価されています。
兵庫県庭園史家 西 桂
(現地説明板)
                           


因幡街道をさらに北へ進む。
平福は城下町として町並みが形成されたが、25年でその用を終えた。その後、鳥取池田藩の陣屋が造られ、因幡街道随一の宿場町となる。播磨にありながら作州寄りに位置したため、播州系の意匠をもつ町家と作州系の意匠をもつ町家が混在するという特徴的な景観を形成している。
          


たつ乃屋醤油本店、元禄十年(1697)創業以来、ここに店を構え、醤油をつくり続けている老舗
     


街道は右(西)に大きくカーブする。
          


国道373号を通って平福駅に戻る。西側にお寺が並ぶ。
    

陣屋門代官所跡
徳川時代には、1万石以下の小藩の城を陣屋と呼び、その邸宅の入り口に造った長屋門を陣屋門といった。平福は、利神城廃城後、松平氏5千石の旗本領で代官支配となる。今の陣屋門は、元治元年(1864)に代官・佐々木平八郎が建築したものである。
      


国史跡 利神城跡 
山頂に本丸、二の丸、大坂丸などの石垣群が残り、山麓には武家屋敷などの石垣と土塁が見られる。
    


参考資料
兵庫県景観ガイドライン「佐用町平福地区」
佐用町、兵庫県ウェブサイト


May 2009 瀧山幸伸 source movie

宮本武蔵ゆかりの里

         

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