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兵庫県宝塚市 波豆八幡神社

(Hazu Hachimanjinja, Takarazuka City, Hyogo)

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宝塚市波豆字谷田東掛2 八幡神社本殿 重文 近世以前/神社 室町中期 応永10(1403) 三間社流造、こけら葺 19150326


April 18, 2020 野崎順次 source movie

兵庫県宝塚市波豆字谷田東掛2
波豆八幡神社


以前に見落としていた石造美術群を撮影に行った。バスの便の1日に数回で、行きしはJR武田尾から波豆、帰りしは波豆から宝塚、共に乗客は私を含めて二人だけだった。

現地説明板とパンフレット
     


道路側鳥居から石清水を経て
             


国重文 八幡神社本殿 室町中期 応永十年(1403)
三間社流造、こけら葺
 

全景
         


正面
      


向って左側
             


右側
             

その他境内、諏訪社、厄除け社、金毘羅社
          


県文 波豆八幡神社石鳥居 室町時代前期 高約375cm 石英粗面岩
国鉄福知山線「三田」駅東北六キロ。千刈水源地の池の北岸にある古社で、池畔に鎌倉末期の板碑をはじめ数々の石造美術がある。この石鳥居は、正面の石段下に南面し、円形繰形の沓石の上に立っている。左右に円柱を立て上端に笠木と島木をのせ、その下に貫を通して貫上に額束を掲げる明神鳥居である。笠木と島木は一石で彫成したものを中央でつぎ合わせたもので、笠木は中央部でも厚さがあり、島木とともに両端でゆるく反る。これは古制を保つものであるが、間口に対して背高くなっているのは、室町時代の傾向を示している。額束の背面に刻銘がある。「応永廿二(1425)乙巳四月四日」今も完全に保存されてよく旧態を示し、室町初期の貴重な在銘遺品である。
(川勝政太郎「新装版日本石像美術辞典」1998年より)
                


金福寺跡(現在は水源地湖底)より移設された石造術品群
      


県文 波豆八幡神社三尊種子自然石塔婆 鎌倉時代後期 高397cm 石英粗面岩
石鳥居西方の柵内にあるものの一つ。尖頭になる自然石割石状の石材を用い、厚さは約23cm、やや内側に曇曲しているのは、石面をならした結果である。三尊種子は雄大に薬研彫され、上から金剛界大日の「バン」、五点具足の胎蔵界大日の「アーンク」、弥陀の「キリーク」とする。ただし弥陀の種子が通常の梵字切継法から離れて、分解的・意匠的になっている。三種子の下方に三行にわたり、「為二親法界衆生、嘉暦三年(1328)戊辰初秋上旬、願主妙信合力衆等」と刻まれる。自然石塔婆の迫力は、やはり大形のものにある。
(川勝政太郎「新装版日本石像美術辞典」1998年より)
      


県文 波豆八幡神社五輪塔 南北朝時代前期 高183cm 石英粗面岩
池畔の石鳥居から西方の一隅、・柵内に中世の石造美術が集められている中に、この五輪塔が立っている。鎌倉時代の余風を残しながら温和な感じのする塔である。基壇は平板な切石の上に、一段を設けてその上に複弁反花座を置く丁重なものである。水輪はわずかに肩が張り裾ですぼまる壷形となっている。火輪の降棟の流れは強くなって軒の先端で反転するのが目立つ。空輪の曲線にも固さが加わるなど、各部の形式にのびやかさや迫力に欠けるものが感じられる。基礎の正面に二行の刻銘がある。「四十余人念仏衆、康永二(1343)癸未三月日敬白」40人余りの村人が集まって念仏講が組織され、往生極楽を願って供養のため造立されたものであろう。
(川勝政太郎「新装版日本石像美術辞典」1998年より)
         


県文 波豆八幡神社宝筐印塔 南北朝時代後期 高171cm 石英粗面岩
前記の自然石塔婆の向って右側に立ってる。細部は入念に彫刻されているが、全体に迫力を欠いている。同じ手法で彫刻された反花座と基礎上段の複弁反花は、上で強くふくれて南北朝の特色を示している。基礎側面三方は輪郭内格狭間とし、正面のみ近江文様の三茎蓮花を彫り、宝瓶は全形をあらわし、左右の両葉はその葉端を格狭間側線の外にはみ出している。塔身は各面線刻の蓮座上月輪に金剛界四仏の種子を配置している。その蓮座の中心弁と外弁は覆輪つきになっているが、基礎の蓮葉とともに注意すべき意匠である。銘文は基礎正面
左右の輪郭に陰刻している。「逆修一結衆等、明徳二(1391)辛未三月日」何人かの人たちが結集を作り、自分たちの逆修供養塔を造立したのである。
(川勝政太郎「新装版日本石像美術辞典」1998年より)

                     


その他石造品
    

波豆バス停近くのスミレの群落
         


帰りのバスは波豆から宝塚で、環境省により生物多様性保全上重要な里地里山に選定された西谷地区(宝塚市北西部)を通る。
               



January 9,2016 大野木康夫 source movie 

所在地 兵庫県宝塚市波豆字谷田東掛2

波豆八幡神社は宝塚市北部、神戸水道千刈水源池(ダム湖)の北側に鎮座しています。

旧波豆村の中心は水没しており、神社の参道はダム湖の方から伸びています。

本殿(重要文化財)

応永10(1403)年の建築

三間社流造、こけら葺

社寺保存法に基づき旧国宝に指定されたのが大正4(1915)年3月、千刈ダムの完成は昭和6(1931)年なので、指定されてから集落が水没したということになります。

覆屋の中ですが、比較的見やすい状態です。

                                               

千刈水源池

   


Nov.2011 野崎順次 source movie

兵庫県宝塚市波豆谷田東掛2

撮影日: 2011年12月11日

桜の名所として知られる千刈ダム湖の北岸中央に突き出た丘陵の大社叢に囲まれた神社で、誉田別尊(応神天皇)を祭神とし、多田源氏の祖、源満仲の弟光政が天延元年(973)に創建したと伝えられる。 本殿、石鳥居、ダム湖に沈んだ旧金福寺の石造物(宝篋印塔、五輪塔、三尊種子板碑)など指定文化財で知られている。

寒い朝、バスから見た生垣に霜が降りていた。神社の参道を進む。

         

国指定重要文化財 八幡神社本殿 室町中期 応永10年(1403)再建

柿葺の三間社流造りの大規模なもので、両妻に扉を開いた形態では、最古のものとされる。

本殿全景

               

本殿細部、前面(南面)

                     

本殿細部、東面・北面・西面

          

本殿周囲の境内

            

苔むした坂道を下って、ダム湖岸に向かう。

    

兵庫県指定重要文化財 石鳥居 室町中期 応永32年(1425)

千刈ダムに面して立つ石鳥居は、元はもっと低い位置にあったが、ダム底に水没するため、現在の位置まで引き上げられた。 流紋岩、高さ 約3.75m。

             

千刈ダム湖

         

宝塚市指定文化財 地蔵石龕 室町中期応永24年(1417)

三田市に向かう道路の脇にあった。

      

参考資料

プチたびHP

宝塚情報誌ヴォイラ

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