兵庫県丹波市 石像寺
(Sekizoji Temple, Tanba City, Hyogo Pref.)
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General |
重森三玲の二つの庭、背後の磐座 | |
Nature |
のどかだが、砂防ダムに守られている。 | |
Water | ||
Flower | 桜がよいとか | |
Culture | 豪快な庭と繊細な庭 | |
Facility | ||
Food |
July 28, 2018 野崎順次 source movie
兵庫県丹波市市島町中竹田1003-1
正法山 石像寺
(Sekizoji Temple, Tanba City, Hyogo Pref.)
かつての文人墨客が訪れた寺には、参詣者の目を惹きつける日本庭園も。斉明天皇元年(655年)に創建。明智光秀の丹波攻めで焼失、本堂は1645年に再建されたものです。背山中腹にある磐座(いわくら)に連なる四神相応の寺域として、昭和47年、重森三玲氏によって本堂正面に石庭「四神相応の庭」が作庭されました。日本庭園史に特筆される石庭として高い評価を受けています。
(丹波市観光スポットウェブサイトより)
入口から山門まで
石像寺庭園
四神相応の庭としては本邦最初の創作であった。四神相応の思想は早く中国に起こり数千年前の古墳装飾壁画等に見られる。東は青竜であり、色は青であり、水である。西は白虎と称し、色は白で金であり、南は朱雀と称し大鵬であり色は赤で火であり、北は玄武と称して亀に長蛇を配し、色は黒で木である。これはいうまでもなく天界星座の表現である。京の都も、中国洛陽の都に因んで四神相応の地として選ばれたほどであるから、これは理想の地相である。
本寺の四神相応の庭は、東の青竜に対して、青石の長石を竜に因み、青豆石を敷く。西は
白色の虎に似た庭石を組み、白砂を敷く。南の朱雀は赤石を鵬の羽を広げた表現として、これに赤砂を敷き、北の玄武には黒石を亀石組とし、これに黒砂を敷いた。
(中略)
別に本庭の前方竹垣の裏には、続いて虚子先生親子三人の句碑を中心とした霧海の庭が作庭された。これまた著者の設計である。
さらに本寺には本堂裏から横にかけて江戸初期の池庭があり、庫裏の横にも江戸末期の池庭がある。
(重森三玲「日本庭園歴覧辞典」石像寺庭園より)
四神相応の庭(全景)
青竜
白虎
朱雀
玄武
霧海の庭
本堂裏から横にかけての江戸初期の池庭、赤茶けた池には無数のオタマジャクシ
庫裏の横の江戸末期の池庭
磐座、西北西に少し登った山の中腹にある。高さ十数メートルの巨岩が立ち並ぶ。近くまで行けそうだが、道に仕切りがあり立ち入り禁止のよう。
JR丹波竹田駅まで約2㎞まで歩く。
駅の辺り、石像寺の横の野球場が騒がしいと思ったら、全国高等学校女子硬式野球選手権大会だった。探し犬の特長で「びびりです」というのは大阪弁。
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